第9話 初クエスト

 森の獣道を歩きながら、クエストを受注したときのランドルフを思い出した。


 ホワイト竜神ドラゴンギルドのクエスト掲示板は、依頼だらけだった。古い依頼が埋まって見えなくなるぐらい。


 げんなりしたランドルフは俺に、ひら謝りした。




「ごめん。高額クエストどころか、パーティーメンバーも組ませてやれる状態じゃない。ギルドからすべての冒険者を送り込んでも、人手が足りない状態だ。はぁ」


 ため息までついていた。殴ってやろうかと普段なら絶対思うところなんだけど、あんなにしょんぼりされてたらな。


 ギルド総出で出向いても、クエストが消化しきれずに溜まっていくみたいだ。


 俺がステータスを鑑定しなかった例の勇者候補の約三十名が、適正武器が分からず武器を破損したのが原因らしい。


 おまけに、約三十人はクエストを放棄。


 三十人分のクエストが未消化のままだ。それで宮廷に追い返したと。だから、俺に鑑定させておけばいいものを。


「高額、低額、今ならどんなクエストでもあるから、全部やってくれ」


「うわ、やった! 俺たちが稼ぎ放題だな! 勇者候補のあいつらには悪いけど」


 てなわけで、受注したクエスト、採取、納品系を先にこなす。討伐クエストは獄炎エシュトアダンジョンに行かないといけないからな。


 採取系はステフの固有スキル【発達はったつ嗅覚きゅうかく】で植物の位置も特定できるから、あっという間に終わったな。


 木の実に、きのこに、松やに。だけど、これぐらいじゃステフのレベルは上がらないか。


 俺こいつのためなら経験値を、みついでもいい。


「俺、もっと集めてきてやるよ」


「ちょっとクラン。そのクエストもう終わってるよ」


 はっ。そうだった。俺は俺のレベルを上げ、女湯を透視するという目標に向かわなければ。


「じゃ、ステフがランドルフに届けて報酬も受け取ってくれ」


「え? 私が先にもらっていいの?」


「ランドルフから、討伐クエストの報酬ちゃんと人数分もらうからな」


「それなら戻ってくるまで待っててよ。私もやらないと、働かないで報酬受け取ることになるじゃない」


「いいのいいの。お前いっつも安い給料で、頑張ってたんだからさ。俺とコウタで、ちょっともぐってくるだけだから」


 戦闘力やレベルで考えても一番強いのは、ステフだ。でも、俺には怖いものなどない。ステータスが敵の全てを俺に教えてくれる。


 ステフにクエスト討伐の、みやげものもプレゼントできるしな。討伐クエスト大イノシシ。


 あいつの肉を切り取って持って帰れば、報酬だけじゃなくてイノシシ鍋も食べられるぞ。臭いきついけど。




 獄炎エシュトアダンジョンの入り口は、入江の横穴から入る。


 潮の臭いで満ちている。日差しも強いから、海で泳ぎたくなるよな。


 どうして獄炎エシュトアなどという名がつくのか不思議なくらい、涼しくて気持ちのいい洞窟が入口になっている。


 洞窟にイノシシと思うかもれないが、獄炎エシュトアダンジョンの恐ろしいところは、本来そこに生息するはずのない魔物やモンスターが転移してくることだ。


 魔物生態学者の一説によると、磁場が不安定で空間がゆがんでいるらしい。


 だから、魔物やモンスターといった魔力を持つ生物が意図せず転送されてくるそうだ。


 人間でも知能指数が極端に低いと、無意識に魔法を使ったりして危ないって、イブリン魔法学園でも習った。赤ちゃんとかは立ち入り禁止だな。


 あ、俺の頭の知能指数は赤ちゃんよりは上だけど、極秘ってことで。


「クランさん。俺の装備は斧で、本当にだいじょうぶなんでしょうか?」


「お前の攻撃力は間違ってないぞ。裏ステも見たけど完璧だった。なんで俺より攻撃力が高いんだよ」


 ちょっとむかつくよな。


「お、スライムが出てきた。おい、勇者候補なんだから強さを見せつけてやれよ」


 なお、俺は戦わない。他力たりき本願ほんがんっと。でも、俺はもう裏ステをのぞくのが趣味になっているので飛び出してきた赤いスライムの裏ステを、カード化して収集する。


「かわいいね。こりゃ、メスのスライムだ」


 スライムの体当たり。俺に? 


「コウタにすればいいのに、なんで俺? 死ね」


八咫やたがらすのブーツ』で蹴る。威力が強すぎてスライムのジェル状の体液がまき散る。白い眼のあったところはタマゴの白身みたいに、ぬり広がる。


「さすがクランさん」


「バカ、そっちにも行ったぞ」


 出たな、大イノシシ。いきなり見つかってよかった。会えないときはとことん会えないダンジョンだからな。最下層なんかで、たむろされていたら作戦を立てないといけないところだ。


 こっちに突進してきたので、ひょいとかわす。速さ250の俺でも余裕。八咫やたがらすのブーツの速さが500だから実際は750あるけど。


「うわああ! 斧なんかどうやって当てればいいんですか、クランさん!」


「【強制ステータスオープン】【ステータスカード回収】」


 スィン。ヒュン。


「こいつもメスじゃん。お前、【魅了】スキルを使え」


「ええ? イノシシ相手にですか?」


「俺はイノシシの言葉分かるんだよ。今、発情期だ」


「発情期?」


「恋の季節なんだよ」


「えっと、クランさんの言うことは分かるんですけど。その、恋愛の相手は俺みたいな人間でもいいんですかそれ?」


 うなずく。


「ほら、あいつを誘惑しろ」


「クランさん。いくらなんでも気持ち悪すぎ」


「俺だって見たくないぞ」


 俺は戦わずして勝つ。これ基本。さっきスライム蹴っちゃって、ブーツがべとべとだし。


「えーっと、とりあえず。かっこつけて立ってみます。海の男風に」


 その辺に転がる岩に片足を乗せて、たそがれているようなポーズを決めたコウタ。なにやってるんだか。え? イノシシが大人しくなった。


「それが【魅了】スキルか。うらやましい。俺の【透視】と合わせて使うことができたらなら。俺は、女湯で……」


 あんなことや、こんなこと――妄想がふくらむよな。


 まあ。夢ばかり見てないで、殺すか。


石墨せきぼくの弓』の矢じりで、イノシシの首を突く。イノシシは、身もだえこそしたが美味しそうな図体を残して天に召した。


「勇者候補なら持ってるだろナイフ?」


 俺は手を汚したくないので一切手伝わない。コウタに無属性のナイフでイノシシの内臓を取り出してもらう。


 あと、いらない骨も捨てて。肉は小分けにして。常備している皮の袋に詰められるだけ詰める。


「け、けっこうグロテスクですね……。俺、日本の田舎でもこんな作業見たことないです。クランさんは、肉の解体のやり方も知ってるんですね」


「ダンジョンで食事は不可欠だ。ほら、見てみろ」


 じゃじゃーん。懐に入れているのは、見ておどろけ! 塩、コショウに、炒めるとき用のモンスターのガマの油。


「うわ、クランさん。さすが」


「調味料は常に持ち歩いてる。これは、冒険者なら誰でも料理ができるということだぞ」


「へー。じゃあ、俺も明日から調味料持ち歩きますね。でも、なんでステータスカードまだいじってるんですか?」


 片手でステータスカードを持ち歩くのが俺のくせ。


「俺、メスだって女子だからさ。愛せるんだよな。さよならのキスだ」


 ステータス画面にキスをした瞬間、ステータス画面は砕け散った。まあ、死んでるんだから当然だよな。

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