This is 疾走

QU0Nたむ

第1話 それがぼくの全力疾走


 僕は事故で脚を失った。


 運転手が急性心筋梗塞で倒れ、ハンドル操作が出来なくなって、車を歩道に乗り上げたのが原因の事故だった。相手方は死んでしまって怒りはぶつけようも無いし、そもそも随分と前の話である。

 怒りは既に風化している。


 あの時、あの道を通らなければなどの悔恨も一通り済ましてきた。

 膝から下の無い自分の脚も見慣れたものだ。


 それに『脚なんてただの飾りです』との言葉が古くからあるように、実際になくても何とかなるのだ。両手があってパソコンさえ動かせれば、今の時代は仕事が出来る。


 ベッドから足のない脚を伸ばして、昨晩から充電しておいた円筒の機械をてがった。


「よっこいしょ」


 ガチャリと金属質な接続音がして、脚の痛覚に痺れが走る。

 飾りかもしれないけれど、飾りでもあるに越したことはないと思うのでね。


『神経接続確認、電流値正常規定内、バッテリー100%です。検査項目チェック中……オールグリーン、動作可能です。』


 機械音声によるガイダンスが義足から聞こえる。どうやら今日も元気に働いてくれるようだ。


 頼むよ、相棒。


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「おはよーございまーす」


 出勤し、適当に挨拶をしながら机のパソコンを立ち上げる。


 宮城県にある小さな事務所。今の職場は、色んな人がいて機械の脚程度そこまで目立たない。

 普通にしてたら、些細なモーター音しかしないからひと目でそうとは気付かれないものである。


 この義足は親友のマッドサイエンティストからもらった。

 しかし、タダではなかった。対価は断裂した神経の機械置換式再構築の実験台。いわばモルモットになる事だった。虫歯を細い金属の棒でカチャカチャされるのを300倍にしたらこんな感じみたいな激痛を伴う実験だった。


 絶対にあいつは頭おかしい。


 その技術でアメリカでも特許を取ってきて巨万の富を築いたよ、と電話で聞いた時には思わずスマホを握り潰しそうになった。


 まぁ、あいつの普段の研究内容から外れた事をやってくれて、僕に脚をくれた事は評価するけど。


 だから、この脚を気に入ってる。


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 昼休み、食堂の型落ちしたテレビからニュースではテロの様子が流れてた。


「どこも物騒っすねー」


 のん気な後輩の声に、ぼくは返す余裕がなかった。


「……嘘だろ?」


 あいつの研究所がある東京の大学だ。

 テロリストの主張は『みんなに科学の力を広めるべきなのに、金儲けにばかり使う悪者共め!ぶっ殺す!』という八つ当たりに近いものだ。


 ふざけんな。あいつは俺の親友なんだぞ。



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「ひどい顔してるね?我が友よ」


 気取ったセリフを吐きながらやってきたは、僕の親友の科学者だ。


 なんとか賞を史上最年少の女性で取ったり、アメリカの大学を飛び級で卒業した本物の天才。


 幼なじみの腐れ縁でテレビ電話やメールでは繋がりがあったが、こうしてちゃんと対面するのは久しぶりだった。


「すまないが、あんまり余裕がないぞ」


「そうか……そういえば今度、面白い実験があるんだ。きっと気晴らしになるし、是非協力をお願いしたいんだ。」


「あぁ、わかったよ。きっと参加するよ、ありがとう……」


 僕はその時、窓の外に広がる曇天を眺めてた。彼女を長く見てると、なんだか泣き付いてしまいそうで。

 降り出しそうな空模様は、その時の僕にとてもよく似ていて今でも覚えている。


 まぁ、その実験はおもしろくはなかったし。実験台は僕なのだけどね。

 アメリカの大学から日本の大学に急にやってきて、そこからはとても早かったのは印象的だ。


 完成した僕の新しい脚を見て彼女は、


「これで私がセリヌンティウスになっても、君が駆けつけてくれるだろう!」


と笑っていた、その目元には涙があったのも覚えている。



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助けに行かなきゃ!


ガタリと椅子から立ち上がるも、遠すぎる距離に目眩がする。


その時、脚元から声が聞こえた。


『一定レベル以上の感情信号を受信しました、何処へ行きたいですか?』


淡々とした合成音声が珍しく自分から話しかけてきた。こんな事は無かった。


「何処へ?あいつの元へだ」


『個体識別の為に正式名称でお答えください』


融通の効かないやつだなと、苛立ちながら答える。


「工藤 芹那の所だ!急がないと、こんな問答してる場合じゃない!!」


『……命令オーダー受諾。秘匿機構シークレットコード、【RUN Meros!】発令、変形を開始します。』


「は?」


ビリビリとズボンの膝から下が破けていく。


『冷却機構の露出の為に障害物を撤去しました』


「おぉい?!」


 ガチャガチャと音を立てながらスマートなフォルムだった義足がメカニカルな形状へと変化する。


『充填率100% 通常電力86% 変形シークエンス完了、行けます。』


「あ、はい」


 社内の食堂で派手にガチャガチャしたから、それはもう目立ってしまった。


「せ、先輩?」


「悪いな、ちょっと行ってくる。」


上司に早退の旨のメールだけ送り、電源を切る。


そして、全力疾走した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日、多くの人が新幹線を追い越す人影を見たという。


 そして、ある大学で起きた立て籠もり事件は謎の男に鎮圧された。


 犯人グループは口を揃えて「スゲー速いやつにボコられた、我々は被害者だ」と意味不明な供述をしていたそうだ。


 さて、なんの話だろうね?頭でも強く蹴られたのかな?

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