黄金の能力者

火雪

第1話 転送

「アンタ! なにッすんのよ!」


男子トイレで鷹茶綾たかちゃあやが叫び散らす。

怒号を通り越し、悲鳴に近い。この状況下で言葉を捻り出せるポテンシャルは、凄いの一言に尽きる。

さすが鷹茶綾と、知らしめる所以だ。

学業成績は、常に上位をキープ。

運動神経も抜群に良い。

容姿端麗。

胸も大き過ぎず、小さ過ぎず。手の中でこねくり回すには申し分無い。

禁断の果実と名付けても、文句は言わせない。

ウエストも細く、ヒップはプリっとして噛み付けと言わんばかりの安産型だ。

「スパーキング!!!」と言いながら叩くのも良い! 鞭打つのも快感に違いない! 鞭の痕が付いたヒップを眺めながら酒を飲めば、夢心地とボクが保証しよう。

身長は高過ぎず、小さ過ぎず。全国平均身長以下の男子たちに、思いやり仕様だ。隣に置き、優越感も感じられる。ヒールを履かせれば、劣等感も感じられる両方イケる身長だ。

以上の理由から鷹茶には隠れファンクラブも存在するという。ボク如きが知ってるので隠れているのか微妙だが、これでファンクラブに抹殺されるのは確定した。抹殺されるなら、安楽死を希望しよう。


しかし、参った。本当と書いて、マジと読むくらい参った。

降参だ。

お手上げだ。犬だったら、腹を見せて舌を出すポーズだ。猫だったら………どうするのか知りたい所だ。

ボクは、現在進行形で彼女に睨まれている。血走った目で射殺されそうな視線がとても痛い。痛過ぎて、現実逃避に移行したい。

断言する。ボクが悪い訳ではない。

悪者を今、決めなくてはいけないなら、神様が悪い。

ボクをこの世に産み落とし、鷹茶と出逢わせた事が罪で悪だ。

あんな可愛らしい顔が、怒りで頬を赤らめている。

妖麗だ。

ピンク色の唇。

二重の瞳。

パーフェクトJKとは彼女の事だ。

誰もが恋焦がれる。

誰もが自分の物にしたいと願う筈だ。

ボクだってそうだ。

恋に焦がれ、踊らされている。廊下ですれ違うだけで、ビニール袋に空気を集めたい。彼女の纏った空気を集めたら、頭だけをそのビニール袋に突っ込み、酸欠になるまで堪能したい。

彼女の座る椅子はヤスリで削り、鰹節状態になったら、切り屑を白ご飯にまぶす。ご飯の熱で踊り狂う切り屑を、数秒間は目で楽しむ。悦に浸った後は彼女の写メを用意し、彼女を脳裏で浮かべてから一気に口へ掻き込む。

その後は恍惚とした時間だ。

数秒後には喪失感が襲う事だろうけど。


「アンッタァ! 聞ぃいてんのぉ? コレ何とかしなさいよぉ!」


彼女の声がボクの耳に届く。

天使が演奏している様だ。

アレ? 嘘っ!? ここ天国だっけ? ヘブンズ・ドアーだっけ? あーそうだ。生きている間に、しかもボクの目の前で彼女が濡れ濡れのスケスケになる訳がない。スケベ一直線状態の彼女がボクみたいな下等生物に話し掛ける訳が無い。

ボクは彼女を見た瞬間、天に召されたのだ。

天使に出逢った瞬間、天に召される。良いじゃないか! ロマンティックでメルヘン爆発だ。

天国では、鷹茶綾とダンスを踊ろう。踊れないボクでも天国だったら許される。

手拍子でリズムを取り、ステップを踏もう。鷹茶の腰に手を回そう。派手にその場で、回転して決めたって許される。

罪も罰も、身長が小さいことも全てが許される筈。


「現実逃避すんなぁ!!!!!」


超音波を喰らった様に耳がキーンとなった。

若干だが、後ろによろめいた。

大声の力とは侮ってはいけない。下手をすれば聴覚を失う所だった。昼寝用に使っている耳栓をしよう。そうすれば鼓膜は潰れない筈だ。

あ、でもその前に。


「ごめん」


謝罪をする。

誠心誠意の謝罪だ。

ボクは確かに現実逃避していた。

謝罪をしないといけないのに、逃げていた。ボクの意思で彼女はこんな事になってしまった。ボクの汚い体液で濡れてしまい、制服を汚してしまった。

自分が情け無い。

本能のまま。欲望のまま。衝動的に起こってしまい、本当に申し訳ない。

生理現象だったけど、理性で止める事は出来た筈だ。我慢は禁物だけど、止められたと確信が持てる。

人間は本能を抑え込める生き物だ。ボクはそれをしなかった。出来なかった。もう獣だ。害獣だ。駆除して欲しい!

誰かこのボクを踏んでくれ!

土の付いた汚らしい靴底でボクの頬を蹴ってくれ!

いや! 違う!

ボクは頭を振る! ついでに下半身も。


「あ! おい! コラッ! 止めろ!」


耳栓をしているので、若干の声しか聞こえないけど、彼女が慌てている。

あ、ヤバっ。

また彼女にボクの体液が掛かってしまった。


「……もう良い! 先生に……いや警察に言ってやるから!」

「それ嫌だ」


ボクは真顔で言う。


「無理! 制服も弁償! 慰謝料5億! 無期懲役でも許さない。末代まで恨んで恨んで恨んでやる!」

「ピロリーン」


ボクはスマホを向けカメラアプリのシャッターを切った。


「ピロリーン。ピロリーン。ピロリーン。ピロリーン。こっちの加工アプリでカシャ! カシャ! 動画でもピッ。連写でもピロロロロリーン。SNOWでもピロリーン。念の為にクラウドへ保存」

「アンタッ何やってんのよ! 状況理解してんの?」

「今、撮影した写真をネットの海に放流する。ボクが知り得る全てのSNSにバラ撒く! 出費は痛いけどマッチングアプリに女性サイドで有料登録して、飢えた独身男性たちに救済の花束を届ける。無理かもしれないけど、有名YouTuberになって、今撮影した写メを視聴者サービスでプレゼントする。先に言っておくがボクは本気だ。本気と書いてマジだ。警察に捕まるその一瞬までバラ撒きを止めるつもりはない。絶対。絶対にだ!」


カッコよく決める。

腕組みをして、ゴミ虫を見る様に彼女を見下した。

警察? 先生? 親? ボクを脅すのにそんなワードを出す必要があるのか? 否! 必要無い。

ボクの親は警察と先生だ。

親に言えば事足りる。

ボクは普通に捕まる。

ジ・エンド。終わりの始まり。絶望から絶望。死から灰。クソからクソだ。

無罪でも有罪だ。懲役刑でも死刑だ。


「アンタ! 開き直ってんじゃないわ!」

「君は股を開いているけどね?」


赤面する彼女。

スカートで純白の下着を隠そうとするが無理の様だ。

体勢が抜群に悪いからだ。

滑稽。

まさに滑稽。

ボクは先程まで追い詰められていると錯覚してしまったが、違う様だ。主導権はこのボクに有り!

ゲームマスターと呼んでも良いだろう。所詮この世は、死ぬまでの暇潰しゲーム。搾取する側とされる側しか存在しない。

では、今、搾取する側は誰か?

ボクだ!

ボクだ!

ボクなんだ!

ボクが神だ!

そして、そして、鷹茶綾は搾取される側! 

絶対的の負け犬。

グフフフッ。

ボクは恐ろしく悪い顔をしているに違いない。現に彼女が引きに引きまくっている。後方へ永遠に下がれるなら、銀河系を脱出している位だ。

いや、僕は先程から何をやっているんだ? こんなの無意味だ。どんだけ心で頭の中で、正当化しようと無駄だ。

もう辞めよう。

どんな視点から見ても、ボクが悪い。

大人しく逮捕されて、罪を償おうじゃないか。そして綺麗な身体になって世間に恩返しをしよう。街を常に清掃する人になり、雨にも負けず、夏の暑さにも負けず。丈夫な身体を持ち、西に喧嘩する人があればくだらないと止め。東に悲しみの海に沈む人が居れば、大丈夫だと言い、唐変木と言われ、そんな人にボクはなりたい。


「もう! いい! 早く助けてよ。こんな所に1秒でも長く居たくないわ! お願いだから」


彼女の態度が一変した。

確かにそうだ。

彼女じゃなくても、こんな所にいつまでも居るのは嫌に決まっている。

強気だった彼女も今は、諦めた様に涙を瞳に溜めていた。ボクが小人だったら、涙の泉で泳ぎたい衝動に勝てただろうか?

多分、耐えれない。心が壊れる可能性を危惧して、彼女の瞳に触れ「泣かないで」とキザなセリフを吐こう。

これはそういうシチュエーションだ。

場面ってヤツでやらなきゃいけないシーンなんだ。


そっと、彼女に手を伸ばす。

ロミオとジュリエットの様なシーンだ。記念に1枚、撮影して欲しい。

しかし何を勘違いしたのか、彼女はボクの手を掴もうとした。

違う。そうじゃない。全然分かっていない。ボクは君の手に触れたいんじゃない。涙を拭う為に手を差し出したんだ。


「ペシっ」


空中で彼女の手を叩き落として、頬に触れる。


「泣かないで」


言ってやった!

これが令和バージョンのロミジュリだ。

興奮が抑え切れない! もうキスをしようじゃないか! キスシーンに移行しよう。

口付けする為に顔を彼女に近付ける。


「いい加減にしろやぁぁぁぁこのボケがぁあぁぁ!」


突然、彼女の両手がボクの首に伸びて来た。向こうからキスと思った瞬間、思い切り引き寄せられた。

首が千切れるかと思ったその時、顔面に衝撃が入り、後方に吹き飛ぶ。自分の身体が若干、浮いた? と、感覚的認知後、視界に赤い何かが見え、激痛が走った。ボクは見事に彼女の膝を顔面で受け、鼻血ブーになっていた。


「イタタッ。何をするんだよ? 痛いじゃないか? 鼻血なんてエロ本を読んだ以来だよ」

「どんなバカよアンタ! 私をこんな目に合わすなんてイカれてるんじゃない? 説明しなさい! そして服を脱ぎなさい!」


彼女は立ち上がっている。ボクに攻撃を入れると同時に体勢を立て直したみたいだ。

それより………。


「え? 服? なんでさ? まっ、まさか! ここで弄り合うって事?」

「表現の言い回しが最高に笑えないわよ。ヘドが出るわ。アンタのせいで汚れたから着替えたいの! でも、このまま外も歩けないからアンタの服を借りるだけよ。勿論、激烈にゲロ嫌だけど仕方ないでしょ? だから可及的速やかに脱いで」


彼女の言い分は最もなので、仕方なく脱ぎ始めることにした。


「パンツは?」

「いらないわよ! 頭、大丈夫? ホンット、バカなの?」


優しさで言ったつもりだったのに、相当怒っている様だった。

正直、悪いと思っている。ボクの所為で彼女は濡れている。しかもボクの体液で。好きでも無い男の体液なんてボクだったら、自害する。彼女はそれでも凛としている。良く出来た人間なんだろう。ボクには到底、敵わない。

天国と地獄があるなら、彼女の様な人物が天国に行き、ボクの様な人間が地獄にも天国にも行けず、現世を一生彷徨うんだ。

それは地獄より寂しく、孤独な事だと思う。


ボクのセンチメンタルな気分を気にも止めないで彼女は制服を脱ぐ。

濡れているので脱ぎ辛そうだ。

ここは手伝うべきか?


「アンタ?」

「はい?」

「はい? じゃないわよ! 出て行ってよ。私、脱ぐの? 分かってると思うけど服、早くよこしなさいよ」


言われるがまま、手早く服を脱ぎ、手渡した。


「アンタ、体臭は………無臭ね。助かるわ。これで臭いがあったら地獄だったわ。何してるの? 早く出てって!」


ドンと背中を押され、ボクはパンツ姿のままトイレを出た。


「うむ」


事件だろこれ? もう大事件だ。

男子トイレの外で、パンツ姿の男子高校生。

まぁ、今は放課後。

使用頻度が少ないトイレで生徒は来ない。

大丈夫なんだけど、なんか惨めだ。イジメられた子に見えないかコレ? 鼻血姿でパンツ姿。先生に見られたら、全校朝礼で吊し上げられる。

想像しただけでも地獄だ。まさに生き地獄。卒業までパンツ野郎と言われ続ける。まさに人生の汚点。

ダメだ。

それはダメだ。

ボクはトイレへ戻る事にした。


「やっぱ、外は……あ」


ミロのヴィーナス宜しく。

裸の名画に乾杯。

天使の降臨。

彫刻よりも生々しく、映像よりも卑猥な裸体。

奇跡があるなら、今がそうだ。創造主とは、何故に女性を作ったのか理解出来た。

制服の上からは分からなかった2つの秘宝。

柔らかそうな曲線美の先に登山家が目指す頂上が存在して、そこは桜色の桃源郷だ。触れなくても、吸い付く様な肌感でピチピチとした鮮度が分かる。漁師なら「大漁祭りだ! わっしょい」と喜ぶだろう。

そしてあのくびれ。

横に倒せば、本でも並べられるんじゃないか? ボクだったら、六法全書を並べる。自分の罪深さを忘れない様に。でも六法全書を手に取る度にボクは欲望の獣に負けてしまうんだ。

最後はお尻。

何かに例える事は愚かで時間の無駄だ。

お尻はお尻だ。

お尻から人類が放出され、され続ける。

その響きだけで、美しく、神秘的だ。それをボクみたいな矮小な脳で、例えるなんて畏れ多い。

彼女のお尻は、まさに神の御業。

光を放っている様に、綺麗だ。先程、噛み付きたいと思った感情が再燃する。

ダメだ。

ダメだ。

神も恐れる行為。


「ねぇ? アンタ日本語分かる? もう一度、言うわよ? 私は着替えてるの!」


突き飛ばされ、廊下の床に頭部をぶつける。

かなり痛い。

存在も頭も。だが、裸の女性に突き飛ばされるのは、嫌ではない。ボクが劣勢ではあるという位置は揺るが無い。しかし、裸という所がポイントだ。

女性を裸にさせたという事実は、大いなる前進では無いのか?

男は元来、女を裸にする事に人生の大半を注ぐ。ボクはそれを達成させた。形はどうあれ。

同性に言えば、勝ち組と表されるに違いない。


「グッフフフ」


自然と笑顔になる。

それにボクには先程、撮影した写真もある。

動画もある。


「ガチャ」


唐突に男子トイレの扉が開いた。

着替えが終わったという事か。

ボクの制服を着る彼女。

何とも素晴らしい。彼女に自分のシャツを着せる性癖を理解出来ないでいたが、もう共感出来る。素晴らしいじゃないか!

自分の服を着る彼女。

衣服を共有するという概念から、1つになったと錯覚してしまう。

同じ服をシェアする。つまりこれは家族だ。彼女彼氏では、どうしても到達出来ないシェア。同棲をしていれば可能だが、大概は出来ない。だが、しかし! 自分の服を着せるだけでここはもう家であり、マイホームだ。ゆったりと寛げる。


「アンタ、恥ずかしいわ。とりあえずこっち来て」


ボクの理想論を打ち壊すように、げんなりした彼女に招き入れられた。

彼女の部屋だったら良いけど、ここは男子トイレ。

場所の事はどうでも良いが、やはり自分の制服を着る彼女を見ると興奮してしまう。

ダボダボのズボン。

ダボダボのワイシャツ。

ここまで可愛い生き物はいない。


「で、話してくれる? これはどういう事? 私は下校途中だったわ。友達と帰ってるところだったの。それがなんで、男子トイレの………男子トイレの便器にハマって……」

「ん? ちゃんと言ってよ? 分からないじゃないか?」

「ボソボソ」

「え? 聞こえないよ?」

「だーかーらーどうして、男子トレイの便器にハマって、アンタにオシッコぶっかけられているのよ!!」


彼女は大きな声で言う。

あ! そうか。ボクは耳栓をしていたから、聞こえづらかったんだな。

なんか悪い事をした。

声が小さいぞ? みたいな聞き返し方してしまった。

やっぱり、言わないとダメなんだろうなぁ。

ボクは頭を掻き、口を開いた。


「転送だよ」

「転送? 嘘でしょ?」


彼女は当然、聞き返す。

もちろん、そうだ。

SFではない。リアルに起きているんだ。

それは聞き直すだろう。


「ボクのオシッコが掛かったところに、頭に浮かんだ特定の条件を満たした人物と物体が転送される。でもオシッコを急に止めれないから転送された人や物はボクのオシッコが掛かる。これで分かるよね?」

「アンタ、頭、おかしいんじゃない! 意味わかんないし。やっぱ、警察に電話するわよ?」

「はぁ〜じゃ、見せるよ。何を転送させる? そのかわりボクのオシッコまみれになるからそこを考慮してよ?」

「キモっ。何を言ってるのよ。見せないでよ。もう警察を呼ぶわよ」


彼女はスマホを取り出し、電話する。


「はぁ」


ボクは身体を震わせ、小便器に放尿する。

すると「カラン」と音と共にスマホが転送された。


「嘘! いやぁぁぁぁぁぁぁあ。最低最低! なんで私のスマホが! あー便器にそしてオシッコがぁあ」


彼女は項垂れる。

そしてボクは尿意から解放された。

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