走らないと生き残れないとは知らない

橋本洋一

走らないと生き残れないとは知らない

 私――信司という――は走っている。

 呼吸の荒いのは走っているからだ。

 両脚が痛いのは走っているからだ。


 走るのをやめたい。でもやめられない。

 どうしてだろう、周りの人間も必死になって走っている。

 決死の形相となって、走っている――


 見知らぬ土地、見慣れぬ風景。どんどん過ぎていく。

 さっきまで山道だったのに、今は海岸沿いだ。

 なんで私がこんな目に、なんで、なんで、なんで――


 目の前の名も知らぬ女が倒れた。

 その途端、動かなくなる。

 走るのをやめたからだと、確証はないが感じる。

 知ってもないし、分かってもいないが、直感で分かった。


 それを見た走る者たちは、一斉にスピードを上げる。

 無理をすれば、ばててしまうのに。

 私もつられてではなく、自らスピードを上げた――怖かったから。


 倒れた女がずぶずぶとなって腐り始める――通り過ぎる。

 恐ろしい、なんて恐ろしいのだろう。そんな死に方はしたくない。

 まだまだ生きたいのだ。家に帰れば妻と子供がいる。そんな生活を、世界を望んでいるだけなのに。


 きっかけは些細なことだった。休日、一人で歩いていると、みんなが走ってこっちにやってきたのだ。何か災害があったのかと思い、私は――走った。

 もしもあのとき、走らなければ、私はそこで死んでいたかもしれない。


 とにかく、走って走って走って――逃げなければ。

 ただその一心で走るしかない。


「見ろ! あそこがゴールだ!」


 後ろからとてつもない大きな声が響く。

 振り返らないが、前を真っ直ぐ見る。


 何故か徒競走のゴールテープが張られていた。

 あそこに行けば、助かるかもしれない――


 全員、必死になってゴールを目指す。

 他人なんか気にしない。自分だけが助かればいい。

 急げ焦れ負けたくない死にたくない――走る!


 自分でも信じられないほど、力が湧く。

 次々と追い抜いて、先頭をひた走る。

 走って走って走って――ゴールテープを切った!


「おめでとう、君が一位だ!」


 文字が何故か、空中に浮かぶ。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 私は、勝ったんだ! 生き残れたんだ!



◆◇◆◇



「あーあ、お前の信司強くね? また一位かよ」

「うん。成長させたからね。きちんとステータス強化できる『家族』も作らせたし」

「そうなのか。それにしても、ただ走るだけのゲームがこんなに人気出るとは思わなかった」

「でもまあ、このキャラはここで限界かな。リセットして作り直すよ」

「まだ強くすんの? ストイックだねえ」

「そのくらいしか暇潰しがないんだよ。だってさ、地球は馬鹿な争いで滅んじゃったから、新しく生命できるまでは、こうして電子生命体を弄ぶしかないんだよ」



◆◇◆◇



 私は、知らなかった。

 自分の存在が架空のものであると。

 家族が作り物であるということを。

 どんどん『信司』という存在が消えていく。

 身体が崩壊していく――


 もしも次の『信司』がいるのなら。

 後悔のないように生きてほしい。

 いや、それは無理だろう。

 走らないと生き残れないとは知らないのは、次の『信司』も一緒だ。


 消えたくない死にたくない淋しい虚しい嫌だ非無。


 こうして、私という存在は、いなくなってしまった――

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走らないと生き残れないとは知らない 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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