何回走るのがちょうどいい?

かなたろー

何回走るのがちょうどいい?

 我が家には子供がいない。多分、子供はもうできない。

 だが、我が家には愛娘まなむすめがいる。


 ちょうど今日、8歳の誕生日を迎えた愛娘まなむすめがいる。


 名前を「ハッサク」と言う。


 男らしい名前だ。


 愛娘まなむすめなのだが、つまりはメスなのだが、名前を「ハッサク」と言う。


 男らしい名前だ。


 8歳のハッサク、愛称は「ハッちゃん」。

 愛娘まなむすめは犬だ。犬種はフレンチブルドッグだ。


 我が家の愛娘まなむすめは散歩が好きだ。散歩が大好きだ。

 そして散歩の時にだけできる、ボール投げが大好きだ。大大好きだ。


 我が家の愛娘まなむすめはボールを投げると一目散に走る。

 それはもう一目散に走る。フレンチブルドッグの脚力を舐めてはいけない。

 愛娘まなむすめは、アホほど走るのが速い。


 以前、何かの番組で、犬の走る速さを検証する番組があった。

 100メートルのタイムを、様々な犬種で測定していた。

 フレンチブルドッグのタイムは、100メートル9.9だった。

 そう、昭和だったら世界タイ記録だ。


 なんか、マラソンでやたらと選手のプライベートに詳しい人が、なぜが解説をしてくれた。フレンチブルドッグは全身バネみたいだと解説をしてくれた。


 話がそれた。


 要するに、フレンチブルドッグはその風貌からはあんまりイメージできないかもしれないけれども、なかなかに運動量が抱負なのだ。

 だから我が家の愛娘まなむすめも、なかなかに運動量が抱負なのだ。


 走るのだ。


 めっちゃ走るのだ。近所の土手でボールを投げると、めっちゃ走るのだ。一目散に走るのだ。

 そしてボールを華麗にキャッチ……はしない。キャッチは下手くそだ。めっちゃキャチは下手くそだ。

 大抵ボールを4、5回お手玉して、十分にお手玉遊びをした後に、ボールをくわえて戻ってくる。


 戻ってくるが、なぜが僕の元には戻ってこない。


 走るのだ。


 愛娘まなむすめは、なんでか僕の横を華麗にすり抜けて、僕の後ろを5メートルほど駆け抜けた後、悠々と金メダルをとった後のトラック競技の選手みたいにビクトリーランをしてから、ようやく僕の元に戻る。そしてようやく僕にボールを返さない。


 返さないのだ。


 愛娘まなむすめは、投げられたボールを走って拾いに行くのも大好きだが、くわえたボールを返さない遊びも大好きなのだ。

 引っ張りっこも大大好きなのだ。

 フレンチブルドッグは、あの風貌に違わず、アゴの力が強い。めっちゃ強い。


 アゴが強いのだ。


 なので、しばらく引っ張りあいに付き合わされる。

 ボールを引っ張ると、愛娘まなむすめは宙に浮く。

 ボールをくわえたまま、愛娘まなむすめは宙に浮く。


 返さないのだ。


 ボールを一向に返さないのだ。

 軟式の野球ボールにガッツリと歯を立てて、ボールを一向に返さないのだ。

 愛娘まなむすめからボールを奪うには、愛娘まなむすめを引っ張って、宙ぶらりんにしたまま、その場で4、5周グルグルと回らなければいけない。


 回るのだ。


 グルグル回って、遠心力を利用しないと、ガッツリと歯を立てたボールを一向に離さないのだ。

 でもって、ようやくボールを離したら、今度は投げろと催促する。

 そして僕は、愛娘まなむすめの言われるままに投げるのだ。


 繰り返すのだ。


 愛娘まなむすめはボールを追いかけ、ボールをお手玉し、僕の元に走ってきてすり抜けてビクトリーランをして、ボールの引っ張り合いっこで宙に浮く。これを繰り返すのだ。で、それを何回かすると飽きるのだ。


 飽きるのだ。


 突然、飽きるのだ。

 突然、「スンッ」とテンションが下がるのだ。

 投げられたボールを喜び勇んで追いかけたと思ったら、突然、「スンッ」とテンションが下がって、ボールの前でたたずむのだ。


 たたずむのだ。


 だから僕は、目の前にボールがあるのに、「スンッ」とこちらを見ている愛娘まなむすめのところまで歩いて行ってボールを回収し、肩で息をする愛娘まなむすめに水を飲んでもらって、クールダウンをしてもらい、一緒に家路へと向かうのだ。


 愛娘まなむすめは、今日、ちょうど8歳の誕生日を迎える。


 つまりは、僕はもう8年近く、愛娘まなむすめの、ボールを追いかけ、ボールをお手玉し、僕の元に走ってきてすり抜けてビクトリーランをして、ボールの引っ張り合いっこで宙に浮く遊びに付き合っているのだ。


 僕はわからない。


 もう、8年近く、愛娘まなむすめのボール投げに付き合っているのに、いまだに、「スンッ」てなるタイミングがわからない。


 何回投げても難解で、何年経ってもわからない。


「何回走るのがちょうどいい?」


 質問しても、我が家の愛娘まなむすめは、ニヤリと口角をあげるだけなのだ。

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