文書(ぶんしょ)ロイドのある新しい生活様式【文書ロイドシリーズ短編】

春眼 兎吉(はるまなこ ピョンきち)

文書(ぶんしょ)ロイドのある新しい生活様式

『作家は一人では続けられない』


ほんと、ほんとーに痛感してしている。

 未曾有みぞうのウイルス災害。リアルの作家同志で深い話も出来ない。やっぱり、面と向かって話し合うあの距離感での魂を共有した深い話をじっくりと出来る時代は終焉しゅうえんしたのだ。

 夢を持った漫画家同志がボロアパートに集いて夢を語り合いながら、切磋琢磨せっさたくまし、互いの作品を高めてゆく……そんな青春物語は水泡と帰した。

 スマホをいじって、数少ない俺の親友かつリアルの作家同志の電話番号の画面を出したものの、そっと画面を閉じる。

「この状況下で面と向かって会えるわけねーだろっ!!」

パソコン前のチェアから立ち上がり、虚空こくうに向かって吠える。


 ただいま投稿停滞真っ最中! いわゆる『エタり』状態。俺はさぁ、こんな時、その親友(同姓)のとこいって、くだ巻いたりして不平不満を解消し、かつその小説の構想設定を大仰に語り散らかして、執筆へのテンションを醸成じょうせいする。物語創作論を互いにぶつけ合ったりと忙しい、ようにみえて、お互いノートパソコンで黙って執筆する静かな時間が大半だけれども。でも、その静かな時間がたまらなく愛おしい。同志との魂を共有した時間。なにものにも代えがたい、俺の『癒やし』だ。

「それがっ! それがそれがぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」

 チェアに座り直し、頭をかきむしりながら絶叫してネットサーフィンを開始する。

『おいっ!そこで現実逃避かぁーーーいっ!!』

 心の中から盛大なツッコミが入るが気にしない、というよりどうしようもない。だって俺は執筆を続けるテンションの維持に殊更ことさら弱く、連動して執筆メンタルも激弱(ウェブ投稿した自分の作品の感想欄なんて罵詈雑言ばりぞうごんが怖くてとてもでないが見れないレベルのメンタル)だからだ。

あぁ、一人じゃプレッシャーに、時間に、孤独に押しつぶされそうだ。側に誰かに寄り添って欲しい、支えて欲しい。小説を書く生き方を理解して欲しい。

「そんな人間、いるわけねぇのにな」

 親友とは同姓なこともあって、ここまでベタベタな関係にはなりえない。そうこれは伴侶を求める、孤独な作家のひとりが漏らす精いっぱいの弱音だ。

 あるいはプロの作家に寄り添う『編集者』の役割の一番大事な部分って、この『同志』として、友に戦う『戦友』として作家の孤独に寄り添う事なのでは?と思いたくもなった。


そしてネットサーフィンの果てに俺はとあるネット広告記事を見つける。


【PR】『文書ロイドのある生活』

※これはMUSTシステムの『広告』です。

文章作成補助ぶんしょうさくせいほじょシステム

・有限会社 MUSTシステム 文書ぶんしょロイド『文子ふみこVer.1.95』

※本製品は『作家の孤独に寄り添う』というコンセプトの実現に向けて根幹こんかんとなる作家を公私ともにサポートするAIを組み込んだ最新型です。アナタに深く寄り添う為に『実体』をともなった仕様・・になっております。


 そして。


【文書ロイドのある暮らしは作家生活に潤いと張りをもたらします】



『家のある暮らしかよっ!』と心の中でツッコミたくなるようななんか住宅展示場の誇大こだい広告そのまんまの幸せオーラマックスの殺し文句。

 だが、ひとりでの執筆に疲れた俺の心を満たすには、もうそれだけで十分じゅうぶんだった。迷わず『購入』を選択した。



後日、『文書ぶんしょロイド文子』が送られてきた。


身長は150センチほどで小柄な女性で十分じゅうぶん通用するサイズ。というかこれアンドロイドだよね? 金髪のツインテールに整った顔というのはまさにテンプレだ。ただ、『割烹着かっぽうぎ』なのはなんの仕様・・なのだろうか? 開発者の趣味か? ……なにはともあれ人類の技術は裏ではここまで進歩していたんだと感慨に浸ってしまう。まるで夢であるかのような心地良い陶酔とうすいだ。

「おおっと、スイッチスイッチ……と」


「マスター、早速ですが、名前を与えて下さい」

「おぉ、そうだった。これから君の名は『イオナ』だ」

嬉しそうにはにかむイオナ。これだけで、もう、癒やされる。

「名の由来は」

 急に真面目な顔で問いかけるイオナがカワイイ。ノリノリで応えてやるぜ。

「かつて『芸術は爆発だ!』と言った美術家がいた。俺はそれに習うわけではないが『小説執筆は感情の爆発だ』と思っている。感情が爆発したときの執筆はそれはもぅはかどるし、かつ良いものが出来る。それくらい俺の執筆の手助けになって欲しいという意味を込めた。どうだ?」

「ありがとうございます。誠心誠意せいしんせいい仕えさせてもらいますね」

語尾にハートが付きそうなほどの甘ったるい声。


 そして俺の『おうち時間』はこれ以上無いほどに『充実』したものになった。


 来る日も来る日も執筆。だが、心はこれ以上無いほどに充実していた。

 イオナはネットサーフィンでだれてしまう腑抜ふぬけ作家のの代わりに情報収集役を買って出てくれた。さらには『俺のココロを読んだのか?』と言いたいほどに、的確に俺の言わんとしていたことを文章に落としてもくれる。


 でも、なによりそれらを置いてなによりも。


 となりに、そばに、『実体・・ともなって』だれかがいることがこんなにもかけがえのないことで、幸福なんだと全身全霊ぜんしんぜんれいで感じる。


「小説家は孤独な生き方だ。自分の内面と戦い、対話し、果てしなき自問自答の果てに珠玉しゅぎょくの物語をつむぐ。まさに『ぜん』に通ずる果てしなき人生の修行・・よ」

 かつてそう俺に語った作家がいた。俺はそのインタビューを聞いて、憧れ、実践し……そして折れた。そしてある境地・・に達した。


は孤独に作家はできない』と。


愛する大切なたった一人の『読者』の為に小説を執筆する。その人は妻であり、かつ自分の小説の熱烈なファンで、同じ思いを共有できる同志でもある。これほど作家であることに『幸福・・』を感じる瞬間があるだろうか?



たった一人の読者の為だけに物語を紡ぐ行為がどれほど幸福だろう。


そして側にいるたった一人の『読者(ファン)』兼、『編集者』兼、『同志=戦友』兼、『伴侶』たる我が妻に精一杯の感謝と労いと愛情を込めた言葉をかける。


「ありがとう、イオナ。君が居てくれたおかげで俺は孤独に殺されずに作家を続けていけている。そして、これからも俺と……」


言葉が続かなかった。



薄れ行く俺の視線の先には、イオナを解体するヘッドギアをした黒髪の少年。そしてそこに真面目そうな少女の声が響いていた。








「ふぅ、やっと『処理』できたな」

『マスターがこのイオナとか言うVer.1.95のとの戦いに手こずるからですよ』

「まさか、作家をともなわずに単騎・・で向かって来るとはな」

『でも、よかったのです。このまま行けば暴走したAIにこの作家の心は食い尽くされ、この文子の望むままに動くだけの奴隷となっていたでしょう』

「これって『フミロP』っていうんだろ?意思を持った文子のAIが暴走して作家を奴隷として文子自身・・・・が良しとする物語を書かせるという」

『まぁ、作家本人・・はそれを奉仕活動として、文子の為に生きるとのたまうほどに精神支配されていくのですが』


「僕はこういう風に文子を『処理』することには抵抗がある」

『だってに意思があることを好ましく思うし、えっと、その、愛しているから』


文書ぶんしょロイド文子Ver.1.00シリーズに搭載された一部AIの暴走は、社会に混乱をもたらし、結果、文書ぶんしょロイド文子Ver.2.00シリーズ 以降において、文子にAIが搭載されることは無かった。







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【完結】文書(ぶんしょ)ロイド文子シリーズ原典『サッカ』 ~飽和(ほうわ)の時代を生きる皆さんへ~ 俺は何が何でも作家になりたい!そう、たとえ人間を《ヤメテ》でもまぁ!!


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