第20話 シヴィリアーナさんは抑えたい

 三姉妹の皇女との戦いを終えた俺は、シヴィリアーナの喉元に突きつけていた魔力剣を闇の炎へと形状を戻すとともに、残りの姉妹を縛り付けていた拘束を解除した。

 というのも、この後の戦いに備えて少しでも魔力を温存したかったからである。

 だが、事実上降参したのはシヴィリアーナただ一人だけだ。

 残りの皇女の口から敗北の意を示してもらわない限り、油断することは決して許されない。

 でも、二人の自慢の槍と盾は、見るに堪えないほど無残な姿へと変わり果てていた。


 彼女たちがどう足搔こうと勝ち目は残されていない。

 シヴィリアーナの魔法「回復ヒール」もすでに打ち止めされているため、魔力が無限に使われることもない。

 つまり、三姉妹の皇女たちの完全敗北だ。

 そんな現状を理解できないほど、彼女たちは脳なしではない。

 まあ、警戒するだけ警戒して損はないだろう。

 

 注意を促しながらジッと彼女たちを見つめているが、地べたに座り込んだままその場から動こうとしない。

 どうやら杞憂だったようだ。

 俺とシヴィリアーナは、ゆっくりと彼女たちの元へと歩み寄っていく。

 それでも、二人は攻撃の姿勢を全く見せない。

 恐らく、彼女らは魔力を休むことなく連続して使い続けてしまったことが原因で陥ってしまった、身体に襲い掛かる脱力状態。

 

 すなわち、魔力の許容量を大幅に超えてしまったのだろう。


 魔力は、生を受けたその時から身についているものであり、成長と共に魔力量も比例するかのように増加していく。

 要するに、魔力量は常に身体に設けられた制限内の中で、成長と共にゆっくりと増加していくものということだ。


 彼女たちの場合、制限が決められている魔力量を大幅に超えてしまった膨大な精神的負荷が後から身体に襲い掛かってくるケースなのだろう。

 「回復ヒール」を使用して無限に使えると解釈したが、それは少し解釈違いがあったかもしれない。


 「回復ヒール」するから無限に使えるのではない。

 「回復ヒール」してるから無限に使えるのだ。


 身体の疲労を回復すれば魔力も回復すると説明したが聞いての通り、身体の疲労だけを回復しているから無限に使えるのだ。

 つまり、魔力を無限に使えるのは「身体だけを癒すことで生まれた、限界を超えた魔力消費量による最終奥義」ということに他ならない。


 身体に設けられている魔力制限は、身体に備わっている魔力量分の消費しか考慮されていないため、超えた場合のことなど身体の仕組みに配慮されていない。

 もし、限界を超えた人が「回復ヒール」という恵みを失ってしまったらどうなってしまうのか。


 答えはーーーー彼女たちそのものである。


 最終奥義の『魔力無制限』が解除された彼女たちは膨大な精神的負荷に耐え切ることができず、魂が抜けたようにぐったりとしていた。 


 「シヴィリアーナ~、助けて~」

 「うちもお願い~」

 「勝手に降参しちゃったけど、良かった?」

 「いいよいいよ、どうせもう戦う気力ないし~」

 「それに槍も盾も壊されちゃったしね~」

 「まあ、私が早く魔法を使っていればまだ勝機はあったかもしれないんだけどね」


 そういえば、降参する前に彼女は魔法を唱えようとしていた。

 それも「回復ヒール」ではない別の魔法だ。

 俺は最後に感じた違和感の正体を明かすべく彼女に尋ねてみた。


 「そういえば、シヴィリアーナ姉上は最後にどんな魔法を使おうとしていたのですか?」

 「あれ、全て見抜かれた上で仕留めに来たのかと思ってたんだけど、もしかして分からなかった?」

 「はい、本能が姉上に魔法を使わせちゃいけないと言ってるみたいだったので、直感に任せて突っ込みました」

 「ふふ、思考が野獣そのものだね」

 「いや、その言い方だと周囲に誤解を招くと思うので、野生の勘が優れているとかでいいかと」

 

 思考回路が野獣そのものなんて知られたら、羞恥のあまり自室に引き籠ってしまうだろう。

 それだけじゃない、ディアルナとも二度と顔を合わせられなくなってしまう。

 年頃の男児にとって、羞恥は耐えることのできない苦痛でしかないのだ。

 そんな悲惨な結末を回避するためにも、事細かくシヴィリアーナに訂正を入れておく。

 

 「それじゃあ、野生の勘が優れているルシフェオスに教えてあげる」


 そう言うと、シヴィリアーナは戦闘で破壊された槍と盾に向けて魔法を唱えた。

 

 「「復元リストレイション」!」


 彼女によって唱えられた魔法は、空気の弾丸のように槍と盾の元へと一直線に飛んでいく。

 そして、空気の弾丸を受けた槍と盾はというと驚きの修復力を見せつけてきた。

 要するに、彼女があの時唱えようとしていた魔法は攻撃魔法でも防御魔法でもなく、一番厄介な修復魔法だったわけだ。

 武器を修復されていたら、再び魔力無限の嵐に蹂躙される未来は確定していただろう。

 あの時、本能のままに動いてよかったと心から思った。


 「「復元リストレイション」ですか・・・、確かに使われていたら負けていたかもしれませんね」

 「さっき勝機があるかもって言ったけど、それでも多分私たちは負けていたよ」

 「どういうことですか?」

 「簡単な話、私の魔力がもう少しで底をつきそうなんだよ。それに比べてルシフェオスの魔力量はまだ私たちの元の魔力量より上回ってる。これが負けを認めざるを得ない決定的な証拠だよ」


 彼女の体現される魔力量を確認してみると、確かに魔力量が元の三分の一程度しか残っていないようだ。

 残りの姉妹たちの魔力量も同時に確認してみると、彼女たちはシヴィリアーナとは違って魔力が空っぽの状態だった。

 これこそが、彼女の言う敗因なのだろう。


 しかし、彼女の言う敗因は残念ながら俺が勝利できた理由にはならない。

 なぜなら、何か予想外なイレギュラーが発生していたかもしれなかったからだ。

 単純に、本能のまま行動を起こしたことによって付いてきた運が良かっただけ。

 そのぐらい、彼女たちとの戦いは苦戦を強いられるものだった。


 「そんなことありませんよ、戦いに絶対なんてないです。だから姉上たちにも勝機はきっとあったはずです」

 「嬉しいこと言ってくれるけど、やっぱり勝てるイメージがこれっぽっちも湧かないや」


 気の抜けた笑い方をする彼女に何と声をかけてればいいのかわからない。

 これ以上褒めたとしても、恐らく嫌味にしか聞こえないだろう。


 俺が慎重に言葉を選んでいる反面、彼女たちに苦言する者がシヴィリアーナの背後に現れた。

 薄暗い緑色の髪色を目元まで隠した彼女たちと同い年ぐらいの男。

 そう、次の挑戦者であるセモンである。


 セモンが所有する武器は、破壊力のある斧を片手で使えるように設計された片手斧だ。

 片手斧にはすでに魔力が十分に宿されており、戦闘準備万端といったように窺えた。

 彼からすれば、いつまでも戦場で俺と談笑している彼女らの存在は邪魔でしかない。

 

 「お前らは負けたんだ・・・さっさと引き下がって鍛錬を積んで出直した方がいい・・・」

 「兄上、そんな言い方ないんじゃ・・・」

 「いいんだよ、セモンの言う通り私たちは負けたんだから。負け犬はさっさとおさらばしないとね」


 そう言って、カレアマキナとサイスノールカを回収してすぐさま戦場から立ち去ろうとするシヴィリアーナ。

 そんな彼女に何を思ったのか、苦言までしたセモンが突如彼女を呼び止めた。


 「おい、ちょっと待て・・・」

 「何? 私たちは君の言う通り鍛錬しに行くんだけど、邪魔する気?」


 笑顔でセモンに告げているのだが、完全にお怒りの様子だ。

 それもそうだろう、セモンからすれば何てことのないただのアドバイスをしただけなのに、彼女たちからすればただの嫌味にしか聞こえないから。

 だが、セモンもセモンで大した男だ。

 お怒りの様子のシルヴィアーナに、平然とした態度で普通に頼み事をしている。

 その頼み事の内容はというとーーーーーー


 「ルシフェオスの魔力を回復させてくれ・・・」

 「えっと・・・兄上? なんでそんなことを?」

 「私も何を言ってるかわからない。敵に塩を送る真似をして何がしたいわけ?」


 シルヴィアーナの言う通り、わざわざ俺にハンデをする真似をしてセモンは何を考えているのか。

 彼が行おうとしている行為は、魔神王の座を手放すことと同じことだ。

 彼は魔神王の座を捨てたとでも言うのだろうか。

 いや、それならとっくに辞退しているはずだ。

 だとしたら、彼は一体何を考えているのか。

 そして彼の口から告げられたのは、何の変哲も無い至って単純な理由だった。


 「本気のルシフェオスに勝たなければ・・・何の意味も無い・・・。最善の状態で勝利しなくは意味が無いのだ・・・」

 「ふーん」

 

 彼の言葉にまるで興味がなさそうに返事をするシルヴィアーナ。

 そんな彼女が一体何を思ったのか、なぜか俺に「回復ヒール」を施したのだ。

 突然のことで訳がわかっていない俺に、彼女は柔らかい笑顔をしながらとんでもないことを口にした。

 

 「ルシフェオス? セモンはズタズタのボロボロになって死にたいみたいだから手加減しちゃダメよ?」

 「いや、セモン兄上はそんなこと言って・・・」

 「わかった? 返事は?」

 「・・・はい」

 「うん、良い子ね♪」


 言えない・・・言えるはずがない・・・。


 本当は無駄に殺したくないなんて言えるはずがない。

 彼女の笑顔が怖すぎて、拒否することができなかったのだ。

 目の前にいるセモンの方が彼女より実力が上のはずなのに、なぜか彼女の方が怖かった。

 消費された魔力が回復したわけでもないのに、彼女がとてつもなく恐ろしく見えるのはなぜなのか。

 そんな彼女を目の前にしておきながら、セモンはすました顔で告げた。


 「ありがとう・・・それじゃあ鍛錬しに行っていいぞ・・・」

 「ええ、行ってきますね♪」


 笑っているはずなのに、顔が全く笑っていない。

 それでも動じないセモンのメンタルは鋼でできているのだろうか?

 どちらにせよ、彼女たちが立ち去ったことで『次世代魔神王決定戦』の三回戦がようやく始まる。


 「それじゃあ・・・腰の剣を抜け・・・」

 「腰の剣は、非常事態の時にしか使わないと決めてるので」

 「なるほど・・・お前の剣はどう見ても魔剣だ・・・。確かに非常事態で使った方が魔剣でも役に立つだろう・・・」

 「それって、つまり魔剣は兄上たちのような『魔吸武器』に劣ると?」

 「そういうことだ・・・」


 確かに、魔剣のような劣化品は『魔吸武器』の足元にも及ばないだろう。

 自身の最小限の魔力で絶大な威力を発揮できる『魔吸武器』は魔界で最強の代物と言っても過言ではない。

 それでも、俺はセモンの発言を許すことができなかった。

 この鋼の剣は、大切な人の大事な人から貰った特別な剣だ。

 それを劣化品のように侮辱されたままの男になっていいのか。

 いや、そんなことは決して許されない。


 俺は腰に備え付けてる鋼の剣を勢い良く引き抜いた。


 「非常事態に使うんじゃなかったのか・・・?」

 「気が変わった。兄上、あんたには特別にーーーー」


 鋼の剣の剣先をセモンの顔に差し向けながら宣言する。


 

 「魔剣を使ってやろう」



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