第2話 転生したら第十皇子だった件
俺の意識は、突如暗闇の中で覚醒を果たした。
辺りを見渡しても黒の海で満たされており、手を伸ばしても何かに触れることはない。
だが、手が届かない場所に一つだけ存在しているものがある。
それは『聖霊魂』だと断言できる、黄金に光り輝く球体をした物体だった。
中央部には炎が円を描いているような模様が刻まれており、その球体から漏れ出ている気配は神に近しい聖なる力で間違いない。
ここまでの情報を突きつけられて分からない奴の方が数少ないだろう。
そう、今俺は自分自身の意識の中に閉じ込められているのだ。
天界から理不尽にも追放された堕天使の心は真っ黒に染まっているが、『聖霊魂』だけが光を失わずに居続けているーーということなのだろうか?
まあ、今はそんなことどうでも良い。
とりあえずは、自身の意識の中から抜け出すのを最優先にすべきだ。
でないと、大天使に復讐など夢のまた夢になってしまうから。
「思い出すだけでも気分が悪いな・・・」
あの大天使共の、まるで汚物でも見ているかのような視線が脳裏に酷く焼き付いていた。
なぜ、何もしていないのにそんな視線を送られなければならないのか?
そもそも、なんで俺だけこんな不愉快な気持ちにならなきゃいけないのか?
脳内にインプットされた光景を無理やりにでも振り払おうとしたのだが、気分が良くなる気配はこれっぽっちも感じられない。
それどころか、悪化の一方を辿る始末だった。
その原因は明白ーーこの暗黒空間が俺自身の意識の中だからだ。
裏切り者の大天使たちに向けた憎悪を忘れようにも忘れることはできないし、自分の内に秘められた爆発寸前の負の感情が関節的ではなくダイレクトに伝わってくるから気分が悪くなる一方なのだろう。
つまり、この空間にいる以上、あの大天使たちを忘れることはできないということだ。
「ふざけるな・・・、どうして俺がわざわざこんな惨めな気持ちにならなきゃいけない・・・? 殺してやる・・・。あの裏切り者共の存在そのものをこの世からかき消してやる・・・」
考えないようにしているつもりなのに、この空間にいるせいで余計に考えてしまう。
『聖霊魂』から放っていた黄金の輝きは感情に支配されるよう、次第に邪悪な紫色へと浸食し始めている。
しかし、そんな事今さらどうなったって構わない。
『聖霊魂』がどうなろうと俺の知ったことじゃない。
「大天使共を皆殺しにする」ーーその目的さえ無事に遂行できればそれだけでいいのだ。
「後悔させてやる・・・! 理不尽にも仲間を殺した裏切り者共の行く末は・・・『地獄』だ!」
『聖霊魂』を完全に呑み込んだ邪悪な気配が留まることなくついに漏れ出した。
いや、漏れ出したというよりも「負の感情が爆発した」と言った方が正確だろう。
唇を噛みしめ「怒り」を露わにする俺を中心に、気配が渦を巻くように呑み込んでいく。
そして、俺の意識はそこで途絶えた。
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目が覚めると、そこには「シャンデリア」と呼ばれる豪華な室内灯が辺りを照らすようにキラキラと輝きを放っていた。
ーーここは・・・どこだ・・・?
身体を起こして状況の確認をしようにも、することができない。
その答えは、「腰」に力が入らないという至ってシンプルなものだった。
「腰」に力が入らない以上、起き上がることは決して叶わない。
ーー俺はどうしたんだ・・・? どうなってるんだ・・・?
耳を澄ましているわけでもないのに、こちらの方へと歩み寄ってくる足音が一つだけ聞こえてきた。
スタスタと、裸足では到底出せそうのない音を立てながら。
足音が止み、そしてシャンデリアを隠すように現れたのは一人の女性だった。
長い黒髪をポニーテールにし、落ち着きのある雰囲気がとても印象的だ。
まあそんな話はさておき、これはかなり良い状況だと言えるだろう。
理由は当然、「「腰」が重くて上がらない以上、「情報収集」は誰かに聞くしか手段が残されていないから」というものに他ならない。
俺はその女性に「ここはどこか?」と尋ねたのだが、何かがおかしいことにすぐさま気が付いた。
女性は微笑んでいるばかりで、いつまで経っても問いかけに答えようともしない。
ようやく動いたかと思いきや、女性の行動に俺は衝撃を隠しきれなかった。
ーー・・・え、ちょっ・・・!
俺の頭の後ろに彼女の熱を直に感じるーーそう、今俺は女性に「抱っこ」されているのだ。
体を揺らしながら子守歌を歌っている女性の瞳には俺の姿が鮮明に映し出されている。
普通なら驚くべきことなのだろうが、
ーーどうやら、俺は・・・転生したらしいな。
地獄で永遠と彷徨い続けることがなくてよかった。
そう安堵しながら眠りに着こうとする俺を女性が優しく見守り続けるーーその時だった。
「あら~、まだそんなダメな子を育ててるの~?」
俺を小馬鹿にするような内容が鼓膜に伝わってきたが、きっと気のせいだろう。
だが、「優しさ」に満ち溢れていた女性の腕は、いつの間にか「恐怖」に染まっていた。
「この子は・・・、わ、私の息子です・・・。奥様には関係ないはず・・・です・・・」
「それもそうね、平凡育ちのあなたの息子ですもの。正直第十皇子などどうでも良いわね、だけど・・・」
突如現れたおばさんは、女性の美しい髪を引っ張り、
「あなただけは別ね、魔神王様の第一皇子を受け持つ私に歯向かうのは関心しないわ」
「そ、そんなつもりは・・・」
「まあ寛大な心で今回だけは許してあげますが、次はないと思いなさい」
女性の言葉を無視して、突如現れたおばさんという台風は去っていた。
にしても、俺は魔神族の・・・しかも第十皇子という何の権力も持っていなさそうな立場で生を受けてしまったようだ。
まあそんなことは正直どうでもよく、大天使たちを皆殺しにするにはちょうど良かった。
昔から、魔の者は聖の者と対立する宿命。
もしかしたら、俺が大天使に対して強い負の感情を抱いていたから「魔神族」に転生をしたのかもしれない。
まあ、これでようやく大天使たちの虐殺計画の足掛かりが得られたわけだ。
だが、その前にーーーー
プルプルと震える腕で、何とか俺をベッドの上に寝かしつける。
そして、すぐさま俺の頬に一筋の涙が伝った。
俺のものではないーー女性のものだ。
「ごめんね・・・。あなたまで嫌な思いさせて・・・、ごめんね・・・」
俺の頭を撫でながら押し潰すような声で涙をポロポロと流す女性。
そんな女性の涙を見て、俺の心に靄が掛かる。
その靄の正体は、女性ーーいや他人事のように女性と呼ぶのは流石にもう限界だろう。
この靄の正体ーー激しい「怒り」の感情で間違いない。
こんなに優しくも思いやりのある『母親』が、平凡だからと馬鹿にされたからだ。
息子としては今すぐにでもあのババアを粛正してやりたいところだが、一人で体を起こせない以上、現実的に厳しいと言わざるを得ない。
それに、向こうには魔神王の第一皇子が付いている。
第十皇子ごときがどうにかできる問題ではないのも、また事実。
粛正の機会を伺いつつも月日が流れていき、俺が人間の歳でいう十の歳になった頃、チャンスという名の悲劇が訪れた。
ーー
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