第7話 この世でもっとも怖い映画

「この世でもっとも怖い映画とは、どんな映画だと思うかね?」


 教授は集まった生徒たちに問いかける。手始めとばかりに、一番前に座っていた生徒にこたえるよう促す。


「そうですね……。やはり圧倒的な敵の存在ではないでしょうか。人類の英知をもってしても何の歯もたたないとわかったときに、大いなる恐怖を感じると思います」


 教授はふむふむとうなずきながら答える。


「そうだな、大いなる敵――それも恐怖の形だろう。他にはどうだ?」


「怖いと言っても様々な形式があるとは思いますが、未知との遭遇というか……『理解できない存在』に相対することこそが恐怖の源泉なのではないでしょうか」


 他の生徒が追従する。


「そういう要素もあると思います。でも、私はそれ以上に心理的な落差が大切だと考えます。希望にあふれ、これで生き残ることができる、と夢をみたその瞬間、影から出てきた何ものかによって無残にもその未来をうち捨てられる。この『落差』こそが恐怖を生むのだと思います」


 議論は活況をきわめ、様々な意見が次から次へと出てくる。教授は何も言わず、それらをただじっと聞いていた。そして、意見が一通り出尽くしたと思われたときに、片手をあげ一同の視線を集め、教授は続けた。


「貴重な意見をありがとう。君たちの意見は間違ってはいない。だがもっとも大事な要素が抜けているといっていいだろう。映画の中で行われていることに恐怖を感じるためにもっとも必要なのは、――共感だ」


 生徒たちの反応をうかがうように、教授は部屋中を見わたす。


「つまり、映画の中で行われていることが、次の瞬間には、自分の身に降りかかるのではないか……そう思わせて初めて人は恐怖するんだ。どんなに恐ろしいことが行われていても、それが画面の中で行われていると安心されているうちは、どこまでも他人事のままというわけだよ。映画を見ているのか、はたまた映画に見られているのか。わからなくさせてからが勝負であり、そういうときに人は真に恐怖を感じるということさ」


 それまで生徒たちの顔を見ていた教授は、すっ……と視線をあげる。

 そして……こちらを見つめた。


「そうじゃないかな? そこでディスプレイを見ているあなた。画面に映る顔が見えているよ。高みの見物はこれまでだ。君も議論に参加したまえ」

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