第4話 捨てるカメあれば、拾う神あり

「……なるほど」カルテを眺めながら医者は続けた。


「つまり……あなたは昨日、溝にはまってひっくり返っていたカメを助けてやった。するとその晩、夢にカメが出てきて、『私は普段はカメの姿をしているが実は神様だ。昨日助けてもらったお礼に一つだけ願いをかなえてやる』と言われたと。そういうことですかな?」


「ええ、そうです」


「それで――、あなたはカメに願い事をした、と」


「そうなんです……」


「ということは、この状況を見る限り……、カメは本物の神様だったわけですな」


「ううぅ……そうなんです。先生、お願いですから何とかしてください」


 男は泣き崩れた。私は状況だけでも整理しようと、もう一度問いただす。


「結局、あなたはどんな願い事をしたんでしたっけ?」


「……今週は、その、仕事がすごく忙しくて……。ホントは今日だってこんなことしている場合じゃないんですけど。とにかく、なんだか変な夢を見ちゃってるみたいだし、何が欲しいって言われたから私、答えたんです。とりあえず『人手』が欲しいって」


「そして、カメ……いや、神様は了承したわけですな」


「ええ、そうです。それも『オマケしておいた』、とも言っていました」


「結果、今、こうなっていると」


「そうなんです……どうにかなりますでしょうか」


 男は着ていたTシャツをぬいでおり、上半身裸の状態だ。こちらを向いている男の前面には何の問題もない。しかしその背中からは翼のような2本と、その真ん中からもう1本。合計3本の腕が生えていた。男は一夜にして腕が5本になってしまったようだ。


「『人手が欲しい』と言われて、腕だけくれるとは、ちょっとせっかちな神様ですな。ちなみに、その腕は動くんですかな?」


「動きます。自由自在です」


「……そうですか。わかりました。では全力で処置いたしましょう。危険ですので動かないでくださいね」


 医者はそう言って、大きなハサミを取り出し男の後ろに回り込む。


「え、先生……麻酔とかは?」


「いらないいらない。あー動かないで、前向いてて」


「はいっ」


 時間にして、わずかに5分ほど。「はい、できましたよ」という声がかかり、男はあわてて背中を見る。腕は……ある。


「先生! どういうことですか!」


「ちゃんとやっときました。ここです」


 医者が指さした先は、男が着てきたTシャツ。その背中の部分に3つの大きな穴が開いていた。


「頭から生えてれば、切る必要なかったんですけどね。ちゃんと穴開けときましたから、ここから腕出してください。神様のはからいを無下にしちゃいかんしね。ま……人手、足りないんだから丁度いいでしょう。お仕事がんばってくださいね」

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