4. 【異】海水浴と女性の正体

「やっぱり嫌ああああああああ!」


 観念して水着に着替えたはずのキヨカは、砂浜まで出て来たがクソデカタオルを体に巻き付けて取り払おうとしない。最後の最後で羞恥心に負けてしまったのだ。


「キヨカさん、そうやって恥じらって隠すと逆にエロいですよ」

「ケイがエロいとか言っちゃダメ!」

「何でですか!」


 ケイには純粋培養の女の子で在って欲しいのだ。そんな無茶な。

 ちなみにケイは恥ずかしがることも無く女性ものの水着を着こなしている。恥ずかしいどころか、むしろ嬉しそうだ。


「ほらほら、こんなところでタオル着けたままだと目立ちますよ」

「あ、だめっ!」


 普段の関係とは真逆にケイがリードする。

 キヨカの巨大タオルを引っ張り強引にその身を太陽の元に晒し出した。

 本来ならば男が絶対にやってはならない行為であるが、この場の誰もがケイのことを女性だと思っているため咎める者はいない。


 恥ずかしさで思わずしゃがもうとするが、ケイがそれを注意する。


「しゃがまないで!」

「うう」


 それならばと胸や股間を手で隠そうとするが、それも注意する。


「隠そうとしないで!ってそれ本当にエロく感じるから止めた方が良いですよ」

「うう!」


 身を隠すことを封じられ、ついにキヨカは水着姿を全世界に晒した。

 水着売り場で出会った女性に勧められた、白いフリル付きのブルーの三角ビキニだ。


『っっっっっっっっ!』

『可愛いすぎんだろ』

『これフォトショ入ってるよね?』

『フォトショ入れてもこんなに可愛くなるか?』

『恥じらいの表情がホントたすかる』

『一生ものの映像だわ』

『一生ナニに使うんですかね』

『そりゃあナニだろ』

『男って……』

『でも女の目からしても似合ってるよね』

『男視点のあざとい水着かと思ったんだけどね。めっちゃ可愛い』

『露出多めでも案外えっちくないのね』

『騙されちゃダメ。あれは体が適度に引き締まってるから健康的に見えるのよ』

『ハッ!危なかったわ』

『そのまま騙されててくれよおおおお!』


 コメント欄は案外投稿ペースが落ちていた。何故ならば多くの人が録画やキャプチャに必死だったからである。


「わぁーキヨちゃん可愛い!」

「あ、ありがと」


 金ぴかウサギは興奮した様子でキヨカの周りをクルクル回って色々な角度からキヨカの水着姿を堪能する。


「こら、そっち行くな!」


 体の小ささを活かして後ろにまわり尻を堪能しようとしたが、それは流石に許されない。


「うわ、あの子めっちゃ可愛い」

「やっばー」

「一緒に居る子もレベルくっそ高いぜ」

「おい、お前声かけて来いよ」


 などなど、近くに居た人もキヨカの美少女水着に注目している。タオル星人で目立ってしまったがゆえに、見られていたのだ。


「ね、ねぇケイ、移動しよう?」

「……」


 その声が聞こえて来て更に顔が真っ赤になるキヨカは、これ以上視線で辱められることを嫌い、海へ入りたくなった。それゆえケイに声をかけたのだが、ケイは反応が無い。


「ケイ?」


 ケイは顔を赤らめてキヨカの水着姿を見てぼぉっとしている。その反応はまるで男の子のようだった。


「ケ、ケイ?」


 キヨカが再度ケイに声をかけると、ようやく再起動する。


「あ、うん、その、キヨカさん、とても似合ってます。その……か、かわいい、です」

「ひゃい!?」


 ガチ照れからの水着褒め。しかも可愛いとまで言われてキヨカは動揺する。

 普段のショッピングの時にケイから可愛いと何度も言われたことがあるので慣れているはずだが、この時ばかりはケイの男の子っぽい反応にキヨカにもガチ照れが連鎖した。


「さ、さぁ行きましょう。ポトフさんはもう先に行ってますよ!」

「う、うん。ひゃっ!」

「ボク、女の子と一緒に海水浴するの夢だったんです!」


 その照れを隠すかのようにケイはキヨカの手を取り、海に向かって走り出す。手が触れた瞬間に声をあげてしまう中学生女子のような反応を繰り出すキヨカは、ケイの後ろを着いて行くというレアな体験をした。


『キマシ?』

『タワー?』

『いや、普通の男女だろ』

『だよな、でも???』

『混乱してて草』

『むしろケイはキヨカに気があったんだっけか』

『これまではそんなそぶり全く無かったよ』

『仲の良い姉妹って感じだったよね』

『もしかして水着を見て落ちた?』

『男の本能が刺激されたか』

『でも単に女の本能が刺激されて可愛く思っただけにも見える』

『そこんところ男子諸君はどう思うのよ』

『俺らが年頃の女性の気持ちなんて分かるわけないだろ(断言』

『いや、男だから』

『あ、そうだった』

『でも男の感覚に当てはめて良いのか?』

『むしろ女性の感性を信じた方が良さそうだ』

『いや、でも相手も女性だぞ』

『やっぱりキマシ?』

『???』

『男の娘に意見を聞くべきでは』

『いや、現実にはいねーから!』

『あらん、呼んだかしらん』

『オネェは帰れ』

『ああ!?なんだワレ!?』

『ひいっ!?』


 一旦海に入ってしまえば、そこからは全力ではしゃぐだけ。

 キヨカは恥ずかしがることを忘れ、ポトフとケイと目いっぱい遊び尽くした。

 海で泳ぎ、海水を浴びせ合い、ビーチボールを投げ、砂浜で砂遊びし、磯で海の生物を探す。この世界にスイカは無いのでスイカ割りは無かったが、それ以外は王道の遊び方だ。


「お姉ちゃん、砂に埋めて」

「まっかせなさい」


 砂浜に横になるポトフの上に、たっぷり砂を乗せる。『ぽとふ』と名前が書かれた白スクはすぐに砂で覆われてしまった。


「あはは、うごけなーい」

「よーし、いたずらしちゃうぞー」

「きゃー」


 ケイがビーチパラソルの下で休憩し、キヨカがポトフを埋めて遊んでいたら、声がかけられる。


「あら、やはり似合ってるじゃないの」

「あなたは先ほどの……!?」


 その人物は水着選びの時に出会った女性であり、キヨカは驚きで目を丸くした。

 それはその人物の後ろに二名のメイドさんが水着に着替えることも無くメイド服のまま付き添っている場違い感によるものではなく、その女性の水着があまりにも攻めたものであるからだ。


「あ、あか……」


 ほぼ紐ビキニ。キヨカがケンカ腰に渡して気に入られたそれの色違いバージョン。灼熱に燃えるような赤いビキニが、彼女のスレンダーな体型と勝気な表情に良く似合っていた。


「ろうかしら」

「めっちゃ似合ってる」

「れしょう?」


 あまりの布面積の小ささに、最初見た時は同じ女でありながら胸がドキリとしそうになったが、よくよく見ると性的な印象は不思議と抑えられていた。


「これれキヨカさん・・・・・もファッションセンスが磨かれたわね」

「どうして私の名前を?」

「ろうしても何も、お仲間さんが何度なんろも呼んれいたれしょう」

「……」


 確かに水着売り場でケイがキヨカのことを名前で呼んでいた。

 だが、この女性は明らかに名前のところを強調して発言した。元からキヨカを知っていたことを伝えるかのように。


「ふふふ、冗談じょうらんれすわ。私はあなたのことを知ってましたわ。と言っても、先ほろ名前を聞いて気が付いたのれすけれろも」


 つまり彼女はキヨカのことを名前だけ知っていたということになる。良いとこのお嬢様風であり独特の口調・・・・・。思い浮かぶ関係者は一人しか居なかった。


「まさかマリーのお姉さん?」

「マリー……まさかマーガレットのことを知っているのかしら!?」

「わわっ!近い近い!」

「失礼しました」


 キヨカの予想は正しかったようだ。

 シュテイン王国の第四王女、マーガレット・シュテイン。目の前の女性は家出娘の姉であった。


「あれ、マリーから私の事を聞いたんじゃな……いのでしょうか?」


 相手が王族であることを思い出し、かしこまった言葉遣いに変えたキヨカは、てっきりマリーが家族と連絡を取り、その際にキヨカのことを知ったのかと思っていた。


「公式の場で無ければ話し方はこれまれろおりれ構いませんわ」

「うん」

「あなたのことはべつれ知っていたのよ。それよりマーガレットについて教えてくれないかしら」


 キヨカは王都でのマリーとのあれこれについてかいつまんで説明した。


「ごめんなさい、今マリーが何処に居るのか分からないのよ」

「いいえ、あの子が無事ならそれれ良いわ。教えてくれてありがとう」


 彼女はマーガレットのことを心配してか切なげな顔を浮かべている。てっきりキヨカが連れ戻さなかったことやブライツ王国の対応を批判するかと思いきやそのつもりは無さそうだ。


「どうしてマリーは家出したの?」

「あら、マーガレットは教えてくれなかったのかしら」

「うん」


 言いにくい事なのかと思い、キヨカはマリーに家出の理由を聞いていなかった。マリーの姉に聞いたのも答えが貰えると思ってでは無く、話の流れでなんとなく聞いただけだ。


「その前に自己紹介を忘れてましたわ。わたくしはシュテイン王国の第三らいさん王女、ノースポール・シュテイン。以後お見知りおきを」

「ご丁寧にどうも」


 マリーはとてもちんまいが、ノースポールはキヨカよりやや背が高いくらいなので体格は全く似ていない。王族ではあるあるな異母姉妹なのかしら、ともキヨカは思ったが違った場合に超失礼なため決して口にはしない。


「それれマーガレットが国をた理由れすが、音楽の才能が無かったかられすわ」

「音楽の才能?」

「そう。この国れは音楽が盛んなことはご存じでしょう?」

「うん」


 まだこの国に降り立った初日であるが、すでに音楽が社会に根付いていることを実感していた。この海水浴場でも音楽が流れている。


「王族としても音楽を嗜むことは必須教育れすわ。年に一度いちろ、王族が民に向けて音楽を奏れる恒例行事もございます。れすがあの子は演奏も歌もすべて壊滅的れしたのよ」

「壊滅的?」

「聞いている人が気分を悪くして倒れる、といえば分かるかしら」

「うげ」


 単なる下手ではなく、凶器となり得るレベルだとノースポールは言う。確かに音楽を尊ぶこの国で音楽が苦手となれば逃げだしたくなるのも当然だろう。


「れすが、勘違いしないれ欲しいれす」

「と言うと?」

「あの子はこの国れは合わなかったらけのこと。自分に出来れきることを探して国をたのれすよ」

「出来る事なんて山ほどありそうだけどね」


 あの人外の怪力は何処でも重宝するだろう。それがマリーの求めている幸せなのかは分からないが。


「そうね、あの子は音楽以外は優秀れすから。その点は心配してませんわ」

「何が何でも連れ戻すってスタンスなのかと思ってた」

「王族が国をたまま行方不明らなんて、国の恥れすから。対外的には探して連れもろす体を取るのは当然のことれすわ」


 家族はマリーの苦悩を知っており、このままこの国で過ごすことは酷であることに気付いていた。だが、マリーだけを特別扱いしてもマリーは居た堪れなくなるだけだろう。ゆえにマリーの家出を黙認することでマリーの人生を遠くからサポートすると決めたのだ。


「それじゃあ戻って来ても大丈夫なんだ」

「もちろん怒る体はとりますが、喜んで迎えるれしょうね」


 マリーが家族と仲違いしていたわけでは無いことを知り、一緒に冒険をした仲間としてキヨカは安堵した。今度マリーと会った時には、この国に戻るように話をしても良いかもしれない。日本だって、一人暮らししている人は盆と正月の年に二回は実家に帰るのが一般的だったのだから。


「マリーのことは分かったけれど、結局何処で私の事知ったの?」


 元々はキヨカのことを何故知っているか、という話だったことをキヨカは思い出した。


「スミカからよ」

「おね……姉から!?」


 キヨカはシュテイン王国に来ていきなり、目的である姉の情報を入手した。幸先の良いスタートだが、問題はその情報の内容だ。


「姉のことについても教えてくれる?」

「良いけろ条件があるわ」

「条件?」


 マリーのことは素直に教えてくれたのに、キヨカの姉については何故か情報を出し渋るノースポール。そしてその条件は、またしてもキヨカを辱めるものであった。


「次の音楽祭にあなたも出場することよ」

「なんでそうなるのおおおおおおおお!?」

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