32. 【地】エピローグ

『かんぱーい!』


 レオナサポート室のリビングにて、第四章クリアの打ち上げパーティーが開始された。料理は出前と香苗&凛による手作りのものが半分ずつ、飲み物は外で購入した。『外で』と言っても、まだ外が安全とは限らないので灰対のスタッフにお願いして買って来て貰ったものだ。


「ん~おいしい~」

「凛ちゃん良い飲みっぷりだね」

「ヒデくんこそ、ビールは一気に飲まないと美味しくないよ」

「う~ん、炭酸が苦手なんだよね」

「うう……こんなところで好みの違いが、およよ」

「あはは、そのくらいのこととっくに知ってるくせに」

「だよねー」


 凛はカクテル系が好きかと思いきやお酒なら何でもいける酒豪だ。中ジョッキを二回で飲み干したビールはもちろんのこと、日本酒焼酎ワインウィスキー、国内外のあらゆるお酒を日常的に嗜んでいる。酔って記憶が無くなるようなことは無く、どれだけ飲んでも気持ち良く酔える日本人らしからぬアルコール耐性を持つ。

 ヒデも凛についていける程度にはお酒に強いが日本酒やワインを特に好んで飲むタイプだ。お酒の相性という点でもお似合いのカップルである。


「う゛う゛ー苦いのは苦手です」

「無理しないで良いのよ」


 遥はお酒をほとんど飲まず強くも無い。ビールは苦みが苦手であり、甘いカクテル系のものを二本も飲めば限界だ。

 また、香苗はレオナサポート室のメンバーと飲むときはいつもお酒を飲まずウーロン茶やジュースを飲んでいる。


「なっさけなーい」

「うっさい。ビールなんて苦いだけで美味しくもなんともないんだよ。お前だって大人になれば分かるさ」

「ちょーっと遥くん、その言葉は聞き捨てならないなー」


 酒好きとしては遥の暴言は見過ごせず、思わず遥とレオナの絡み合いに混じってしまった。


「あっあっ、ご、ごご、ごめんなさい!」

「……酒飲んでも普通にお話してくれない方がショックかなー」

「ううっ、ぜ、善処します」

「あはは、僕の方が一歩進んでるね」

「ヒデくんばっかりずーるーいー」


 しかしお酒のことよりも相変わらず自分にだけてんぱっている遥の態度の方ががっかりだった。デモや第四章ボス戦という苦難を共に乗り越えたことで心の障壁が取り払われたかと期待したが、まだまだ分厚い壁が残っていた。


「そうだ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 ヒデや凛がやってきたことで、レオナが香苗に聞こえないように小声で三人にある質問をした。


「苗ちゃんってお酒飲めないの?」

「それが分からないんだよねー、聞くといつも誤魔化されちゃうの」

「僕はいつもお茶やジュースだから飲めないと勘違いしてました。確かに飲めないって聞いてませんね」

「香苗さんがお酒飲んでる姿ってイメージ出来ないですね……」


 不思議そうにこちらを眺めてパスタを食べながらウーロン茶をストローでチューチュー飲む姿からは、お酒好きな雰囲気は微塵も感じられなかった。


「みんなどうしたの?」

「なんでもないですー」


 香苗の言葉を合図に三人は元の席に戻り、食事を再開する。


「楓ちゃんもたくさん食べてねー」

「は、はぁ……」


 そして今日はスペシャルゲストが香苗の隣に座っている。

 ビルの別フロアで保護されていた遥の妹、楓を打ち上げの場に呼んでいるのだ。もちろん発案は香苗で断る楓を無理矢理連れて来た。デモの旗頭としてレオナサポート室を追い詰めた張本人。騙されていたとはいえ彼女を呼ぶというあまりにも大胆な発想にヒデ達は驚いた。だが、トラブルを起こすからと強く反対するかと思った遥や、精神的な苦痛を受けたレオナが何も言わなかったため、その案が通ってしまったのだ。


「……」


 その楓はウーロン茶が入った紙コップを持ったまま俯いて微動だにしない。自分がとてつもなく迷惑をかけてしまった相手先に御呼ばれして平気で食事が出来るような人は多くは居ないだろう。


「ほらほら、何か好きなものある?ピザとかあるよ?私がとってあげるから」

「い、いえ……おかまいなく」


 隣で甲斐甲斐しく香苗が世話を焼こうとしているが効果は無さそうだ。だが香苗は諦めずに楓に話しかける。凛も場が暗くならないように大声で会話を続けて楽しそうな雰囲気を生み出している。


「(やっぱり帰ろう)」


 しかしそれらは全て逆効果。気を遣わせてしまっていることが申し訳なく、かといって無理して笑顔で過ごすことなど到底出来ず、楓は帰ることを決意した。その行動に待ったをかけたのはレオナだった。


「みんなに聞いてもらいたいことがあるの」


 タイミング良く話を切り出し、楓は帰るタイミングを逸してしまった。重要な話は宴がある程度盛り上がった後にやるものだがレオナはこういう場の経験が少ないから仕方ない。むしろ言いたいことを後回しにして楽しめないくらいなら最初にぶちまけたいというのも、人の心情としては当然だろうか。


 凛とヒデも話を止め、レオナの話に耳を傾けるモードに入った。場が静まったのを見計らって、レオナは頭を下げる。


「ごめんなさい。私、間違ってました」


 それは予期せぬ謝罪だった。

 今回の騒動の結果、遥の意見によりレオナが間違っていないと世界中で認識され、みんなで協力してキヨカを応援しようという流れになったはずだ。楓に怒ったり不満を漏らすことはあっても、謝罪する必要は無い。


「こっちで起きてること、私に関係ないことなんかじゃ無いんだよね」

「え?」


 デモの直接の発端となった『私には関係ない』発言。それをここに来て撤回する流れになり楓は思わず声を上げてしまう。あの言葉を引き出してしまったことでデモが起きたことを理解し、反省していたからだ。


 撤回するとなるとレオナは楓にそのことを特に謝罪するのかと思えば話は全く別方向に向かう。そもそもあの時の話ではレオナが地球の状況を鑑みずにキヨカの旅を止めなかったことが悪と糾弾され、それは自分には関係ないことだと断言したのだ。だが、その訴えとは別でレオナは地球のことを考えなければならなかったのだ。


「今回のボス戦でキヨちゃんがまた死にそうになっちゃった。でも、あれってこっちでみんなが頑張れば避けられたんだよね」


 カプセル邪獣を倒す人が少なくハードモードだったからこそ起きた苦戦。それはこれからも起こりうる事態だ。


「だから私もこっちの世界の事を考えて、みんなが頑張れるように何かしなきゃダメなんだよね」


 それもまた、大切な親友を守るために自分が本来やるべきことだ。第四章ボス戦での激戦を経験して、レオナはそのことに気が付いた。


 何故頑張らなかったのかと糾弾するのではなく、自分も一緒に頑張らないといけない。


 この気持ちの芽生えこそが、レオナが今回の事件で成長した証なのだろう。


 香苗達は何も言わずに。レオナの言葉を笑顔で受け入れた。遥の目には、あの時言葉で漏らしたように尊敬のまなざしが浮かんでおり、そのことに気が付いたレオナは真っ赤になる。


「なんだ?突然」

「なんでもない!ばーか!」

「おい、今のは流石に怒られる流れじゃなかっただろ!」

「うっさい!うっさい!」


 じゃれ合う二人を見て楓は衝撃を受けた。レオナが居る場所は、昔自分が居た場所なのだと気付いたからだ。存在を無視することで自ら手放した立ち位置に、別の人が収まっていた。

 しかもその人は親友を傷つける原因となった地球の人々に怒るのではなく、自らが行動しなかったことが原因だと言ってのけた。ただ他人に対して憤りをぶつけただけの自分とは大違いだ。


「とりあえずそんだけだから!」


 レオナは強制的に話を終わらせる。そして苦渋の表情を浮かべていた楓に話しかける。


「あんたも暗い顔してないでなんか食べたら?」


 レオナはあの時の事をぶり返して怒ることは決してしなかった。それどころか格の違いを見せつけられて、楓はまるで敗者が勝者に情けをかけられているような気分になった。そしてそんなことを考えてしまっている自分に気づきより惨めになる。


「ダメダメ、あんなやつに話しかけたって意味ねーよ。ゆっけちゃんがいなきゃなーんも出来ないやつだもん」

「え?」


 あろうことか、各人が楓をフォローする雰囲気を無視して、遥が楓に追い打ちをかける。


「遥!?」

「ちょっと遥くん!?」

「うっわ、きっつー」


 あまりにも残酷な言葉に、ヒデと凛が憤り立ち上がる。


「だってそうだろ。ゆっけちゃんがいなけりゃ自分で考えることすら出来やしない。そんな馬鹿だからデモなんて起こしたんだよ」


 楓の心の傷をむき出しの刃で無神経に遠慮なく抉る。楓は顔面蒼白になり、それを見たヒデが遥の暴言を止めようと胸倉を掴みにかかる。


「もう止め」

「でもしゃーないよな。だってお前俺の妹だもん・・・・・・


 出来損ないでダメ人間でクズな遥の妹。心の底から嫌悪していた最低最悪の存在の妹なのだから、仕方の無いことだと。お前も結局俺と同じなのだと、遥は煽る。


「ふざけんなああああああああ!てめぇと同じなわけねーだろうがああああああああ!」


 今回のことについてはどれだけ責められようが詰られようが自業自得だと考えていた。だが、長年自分をずっと苦しめる原因となったこの男と同じだなどと言われて怒りを感じないわけには行かなかった。


 立ち上がり激昂する楓に、遥も立ち上がって応戦する。


「はっ同じだろ。自分のことは自分で出来ず、人様に迷惑をかけて、面倒見て貰わなくちゃ一人で生きることすら出来ない。まるで俺の生き写しみたいだぜ」

「違う!違う違う違う違う!私はあんたみたいなクズじゃない!」

「い~やクズだな。クズだからこんなこと起こしたんじゃないか!」

「あんたなんかに私の何が分かる!」

「分かるさ!同じクズだからな!ゆっけちゃんもお前みたいな奴に人生狂わせて可哀想だよな」

「てめぇええええええええ!」


 ゆっけの事を馬鹿にされ、テーブルの上の料理を踏みつぶして楓は遥に詰め寄った。そのまま胸倉を掴み、躊躇うことなく顔面にパンチを食らわせる。


「っへ、なんだ随分よわっちくなっちまったじゃねーか。その程度かよっ!」


 遥は楓の体を持ち上げてソファーに叩きつけた。

 そこからはもう見れたもんじゃない。お互いを口汚く罵り合いながら楓が遥を殴り、遥が楓を投げ飛ばす。テーブルの上の紙コップを掴んでは相手の頭からぶっかけ、辺りは料理と飲み物が散乱する。


「大体お前は昔っから……」

「全部あんたの……」


 突然始まった兄妹ゲンカ。

 唖然としていたヒデだったが、正気に戻ると遥を止めようとした。


「待って」

「でも香苗さん」

「大丈夫だから。遥くんを信じて」


 いつの間にか傍に寄っていた香苗がヒデを止めた。このまま好きにやらせるようにと、成り行きを見守ろうとする。


 遥と楓はそのまま十数分間、息を切らして力が入らなくなるまで全力でケンカを続けた。


「はぁっはぁっはぁっはぁっ」

「はぁっはぁっはぁっはぁっ」


 体はもう動かないが視線だけで相手を殴りつけているのかと思える程の睨み合い。


 そしてそれは唐突に終わる。


「帰る」


 楓が突然その場を離れて部屋の入り口へと向かい扉に手をかけた。そのまますぐには外に出ずに、足を止める。




「兄貴、ありがとう」




 聞こえるかどうかも分からない程の小さな小さな声だった。

 存在すら抹消してしまいたくなるほどの兄の存在を認め、ゆっけの死と自責の念でがんじがらめになっていた自分の心を敢えて怒らせて解いてくれたことを感謝する。


 楓の背に向けて、遥もまた背を向けたまま言葉を投げかける。


「お父さんとお母さんに顔を見せてあげろよ」

「うん」


 楓は小さく頷くと部屋を出て行った。




「さぁ~て、お片付けしてまた準備しましょう」

「でも香苗さん、ほとんどダメになっちゃいましたよ」

「ぐちゃぐちゃだ~」

「まだまだ時間はあるから大丈夫よ。ヒデくんは灰対の人に連絡して買い出し、凛ちゃんは片づけをお願いできる?私は残ったもので何か作れないか考えてみる」


 ダメになった打ち上げパーティーはまだまだ終わらない。


 失敗しても、もう一度やり直せば良い。それだけのことだ。


「ねぇ苗ちゃん、私も手伝うよ」

「ううん、レオナちゃんはあそこ」

「で、でも……」

「お願い、傍にいるだけで良いから、ね」

「…………………………うん」


 ダメ人間と蔑まれ、家族に大きな迷惑をかけたことを悔いていた青年は、ただ一人涙を流して立ち尽くす。その隣には、小さな女の子が心配そうに寄り添っていた。

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