7. 【異】船旅とレベル上げ

 南のブライツ王国と北のシュテイン王国。その丁度中間付近に位置する内海の街、ガト。

 海上都市のような華やかで夢のある街ではなく、単に内海にある大きめの島に作られた街。長い船旅の休憩所として作られた宿場町であり、街としての規模はそれほど大きくはないが数多くの船舶を停泊出来るようにと広大な港が作られている。


 キヨカ達は現在、ガトを拠点に近海の邪気溜まりへと向かって海の邪獣相手に鍛えている。


「これでトドメだよ。『断』!」


 筋肉ムキムキの男半魚人、マーマン。

 一メートル程度の長さの鋭い爪と水属性魔法で攻撃を仕掛けてくる典型的な海のモンスター


「船を攻撃してこないのなんでだろうね」

「キヨちゃん、それは言っちゃダメなやつ」


 邪獣達は何故か皆、海中というアドバンテージを捨てて船の甲板に登り、接近戦を挑んでくる。船を攻撃して沈めるという考えは誰も持っていない。いわゆるお約束、というやつである。


「みんな、次来るよ!」


 海中から勢い良く飛び出てきたのは一匹のマーマン。そしてそのマーマンの背にくっついて来た三体のコンブの邪獣。


「キヨカさん、毒魔法使っちゃダメですか?」

「ダメ!」


 邪獣の数が多いということで全体毒魔法を使いたがるケイ。だがケイは毒魔法を使うとヒャッハーになるため、キヨカは滅多なことでは許可を出さない。暴走したケイにより毒の剣で味方が斬られるかもしれないということが大きな理由である。また、裏の理由として可愛いケイにはヒャッハーは似合わないというキヨカの強い想いがある。


「お姉ちゃん、私も攻撃する?」


 ケイとキヨカが単体攻撃になるため、早く邪獣の数を減らすためにも攻撃の手数を増やしたい。それならば新たな攻撃手段を覚えたポトフも攻撃に参加した方が良いのではという意見だ。


「ありがとうポトフちゃん。でもまだ大丈夫だよ。『アレ』にやらせるから」


 だが相変わらず基本的にポトフは回復役だ。ポトフに大きな怪我をさせるのは嫌だと言う当初の理由では無く、単にここの相手であればMPを回復手段のみに費やした方が一度の冒険でより多くの経験を稼げることが分かっているからだ。


 そしてキヨカが『アレ』と評した存在。

 現在のキヨカパーティーの四人目。


「いつも通りに全体魔法を使いなさい」

「……」

「返事!」

「…………分かった」


 他の仲間には決してかけることのないキヨカの厳しい声。それを受けて最速で行動するのはツクヨミだ。


「ダークブレイズ」


 闇属性の全体攻撃魔法。

 闇の炎が敵全体を焼き尽くす。邪人エマも使っていた魔法である。


 ブライツ王国の王都でキヨカ達はセネールとマリーと別れた。セネールは船旅が苦手なためであり、マリーは家出した自国にまだ戻る気がないからだ。ゆえに三人での船旅になるところ、キヨカは国王にツクヨミを押し付けられた。

 ツクヨミに良い印象をもっていなかったキヨカは全力で断ったが、これからの邪人との戦いで必ず戦力になるからと強引に押し付けられてしまったのだ。実際、ツクヨミの実力は別れたセネールやマリーにも劣らなかったが、性格がキヨカと徹底的に合わない。とはいえ旅の間ずっと険悪な雰囲気というのはポトフやケイに申し訳ないし自分もつまらないため、キヨカはツクヨミの意識改革に努めているのだが、まだ結果は出ていない。


「後どれだけ魔法を使える?さっき攻撃二回受けたよね、残り体力は?ほら、報告しなさい!」

「……解せぬ」

「解して!」


 レオナがいる以上、自分の状態を詳細に報告してもらう必要は無いのだが、報告の癖をつけさせるためにキヨカはツクヨミに様々なことを報告させていた。だが未だに自分から報告する気配が全く無い。二人の仲が改善される日は遠い。


「うわ、カニかぁ」


 次に出現した邪獣はカニの邪獣。固い甲羅に覆われているため物理攻撃が通り辛い。しかも五体同時出現だ。


「今回こそ毒魔法ですね!」

「ぐぬぬ」


 ツクヨミのダークブレイズと合わせてベノムミストを放てば殲滅は容易だ。むしろそれ以外の手段を取るのは無駄ともいえる。


「もー肝心な時にいないんだからー!」


 海の邪獣はお約束通りに雷が弱点だ。全体雷攻撃を覚えたセネールがいればベノムミストを使わせるかどうか悩む必要はない。またしても本人の知らぬところでキヨカの評価が下がってしまうセネールであった。


 そんなこんなで、この日も無事に鍛錬を終えて帰る時間がやってきた。


「船長さん、それじゃあ街までお願いします」

「おうよ」


 この船もまた、国王から譲られたものだ。キヨカとしては定期便で何ら問題は無かったのだが、自由に使える船があれば内海で戦闘が可能であり、また、定期便も渦潮問題で本数が大幅に減っていることから申し訳なく思いつつもシュテイン王国に着くまでという条件で受け取った。


 受け取った船はキヨカが自分で操船するわけではなくスタッフも完備。進路を船長に伝えるだけで諸々全てやってくれるどころか食堂で料理まで用意してもらえる至れり尽くせりの環境だ。


 また、この船に乗っているのはキヨカ達と船員だけではない。


「お姉ちゃん、おつかれさま。今日もすっごい格好良かった!」

「ふふ、シィくんありがと」


 ブライツ王国の孤児院に居た子供であるシィも乗船していたのだ。


「おじさんのところに行ってくる」

「気を付けてね」

「うん!」


 この船の船長は亡くなったシィの父親の親友であり、小さい頃からシィのことを可愛がっていた。シィパパが亡くなった時にシィを船長が引き取りたかったのだが、船旅で家を空けることが多く嫁に全てを任せるのは大変だろうと考えた。また、自分が居ることで両親を思い出しシィに辛い気持ちを思い出させるかもしれないとも思い、泣く泣く孤児院に預けることに決めた。結果としてそれが正解でありシィは元気を取り戻した。

 その後、キヨカが旅立つ話をきっかけに船長とシィは以前のような関係に元通り。しかもシィが船に乗りたいと希望したことから、今回の航海に連れて行くことが決まったのだ。シィパパ同様に船長が船のイロハを親バカ丸出しでシィに叩き込んでいるのを見かけたキヨカは、将来シィはとんでもない海の大物になるのではと予感した。


「シィくんが居ると負けちゃダメって気合が入りますよね」

「あはは、確かにね。私としてはやっぱり街に残っていて欲しいけど」


 邪獣との戦いに赴くのにシィを連れて行くなどありえないとキヨカは猛反対したが、船長は問題ないとキヨカの訴えを一蹴した。例えキヨカが邪獣に敗れたとしても、この船の船員はみな強者揃いであり邪獣を倒しつつ街に戻ることなど造作もない。邪気の中に居る時だけ船室に避難してもらえれば何ら危険が無いと考えていたのだ。それでも万が一があるからと食い下がるキヨカに向けて『俺らが信じられないなら船を降りろ』の一言で封じ込めた。


 当時のやりとりを思い出していたキヨカに、海を眺めていたポトフが声をかける。


「お姉ちゃん、遺跡が見えるよ」

「ほんとだ、この辺りは少し浅いんだね」


 内海の中央付近には海底遺跡が眠っている。


 透き通る程に濁りが無く、やや浅い場所では船上からでもその姿をはっきりと目視することができる。コケに覆われたその人工物の正体が何なのか、まだ明らかにはなっていない。近年の研究結果で未知の金属で作られている可能性が高いと分かり研究者が殺到したのだが、突如渦潮の発生という危険な現象が発生したため研究中断を余儀なくされていた。


「キヨちゃん、確か海底遺跡って沖縄にもあるんだよね」

「そういえばそんな話聞いたことあるかも」

「案外この内海に巨大な大陸が沈んでるなんてこともあるかもよ?」

「あはは、まっさかー」


 いや、ファンタジー世界ならありえなくはない。キヨカもレオナも笑い飛ばしているが、頭の片隅ではその可能性もあるかも、と思っていたりする。




 これが現在のキヨカ達の日常。

 まだ新たな物語は始まっていない。

 フラグがまだ揃っていないからだ。


 だがこれまでと同様であるならば、そう遠くないうちに新章が開始され、キヨカ達は命をかけた戦いに巻き込まれるのであろう。


 今はまだ平穏な一時。

 キヨカ達も、地球も(・・・)。


 このまま変わらなければ良いのに。


 誰かが抱いたこの想いが、人知れず毒のように広まって行く。

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