5. 【地】世界変革を受け入れられない人達
『ウェエエエエイ』
陽気な酔っ払い男子大学生が肩を組みながら千鳥足で街中をぶらついている。陽キャの支配から解放された隠キャ達は、それまでのうっ憤を晴らすかのように人生を満喫している。
酒の力もあり気分爽快な彼らが夜の繁華街を彷徨っていると、正面から歩いて来た美人の女性にぶつかりそうになった。
「あ、すみません」
「いえいえ」
だがそこは本来チキンな陰キャ達。真面目な表情に戻り女性に道を譲った。その女性に絡むことなどありえない。人畜無害とまでは言わなくとも、見知らぬ人、しかも異性に声をかけることなど出来るはずの無い人見知りなのだから。一緒に飲んでいた女性達に対しても連れまわすことなく一次会終了後にタクシーで送らせていた。紳士だからではなくチキンだからである。
異性やら恋愛やら、そんなことは気にせずに気の合う仲間と楽しいひと時を過ごす彼らの表情は、誰が見ても幸せ一色であった。
「チッ」
そんな彼らを見て不快に感じるスーツ姿の中年男性。その男性の頭上にはどす黒い数字が浮かんでいる。人通りの多い繁華街を歩いているにも関わらず、その男性の周囲にはぽっかりと空間が出来ていた。
「どいつもこいつも!」
他人を罵倒する言葉を大声で叫べば灰になるかもしれないため、怒りの気持ちと共に小声で吐き出した。だがその程度では気分は晴れない。むしろ中途半端に怒りを口にしたため、よりストレスが溜まる結果になった。
頭上の数字故か、あるいは男性が外目からでも明らかにイライラしているように見えるからか、繁華街を歩く人々は露骨に男性から距離を取る。
「あぁ?どこ見てんだよ!?」
などと灰化現象が始まる前であれば手当たり次第に絡んでいたかもしれない。
だがそんなことが出来るはずもなく、このままこの場所を歩き続けるだけでイライラが暴発してしまいそうな男性が取れる手段は一つしか無かった。
「仕方ねぇ。帰るか」
灰化現象が発生する前、この男性は毎日のように繁華街に訪れ、酒浸りの日々を過ごしていた。男性の酒癖はお世辞にも良いとは言えず、満足するほど飲んでしまったならば間違いなく灰になる行為をするだろうと男性本人も気付いていた。かといって大好きな酒を断つのは考えられず、どうにか自制可能な一杯だけを求めて繁華街に足を運んでいた。当然、酔ったのかどうかも分からない舐めるような量の酒で満足出来るわけもなく、ストレスが溜まる原因にもなっていた。
「クソが!」
夜遅く、人気のない住宅街を歩き、落ちていた空き缶を力いっぱい蹴り飛ばす。
会社で部下をいびることも出来ず、上司からは仕事の不備を毎日のように指摘され、大好きな酒も飲むことが出来ない。しまいには、頭上に浮かぶ数字のせいでどこに行っても腫物扱い。街中を歩いていれば露骨に距離を取られ、飯屋に入れば店員や客が顔を顰め、買い物に行けばレジのバイトがケダモノを見るかのような態度で接して来る。死にたくないという一心で、それらすべてに耐えてきたが、元来クズオブクズの男性はストレスで精神的に限界ギリギリであった。
他人を罵倒してストレスを発散させたい。
例え世の中がディストピアになろうが、地獄と化そうが、クズが変わることは無いのかもしれない。
――――――――
今の世の中に不満を抱いているのは、クズ人間だけではない。何故自分が命の危険を犯さなければならないのか、そう開き直って何もしない人間も一定数いた。
「はよーございまーす」
「うぃーっす」
「はよーっす」
とある中小企業。
この企業はテレワークを推進しておらず、毎朝全ての社員が出社している。決してテレワーク出来ない業務という訳ではなく、役員も社員も変わることを良しとしない典型的な日本人タイプだからである。通勤中に灰になったのならば、それはその社員が悪く社会人としての自覚が無いからであると本気で思っているような企業だ。
台風が来たら会社に泊まって業務を続け、若い時は寝る間を惜しんで会社のために働き、サービス残業は当たり前。いわゆるブラック企業なのではあるが、不幸なことにブラック気質な社員だけが集まってしまったが故、問題が表立っていなかった企業だ。
「お、チーさんの数字上がってますね」
「だろ?これでお前のダブルスコアだ」
「マジっすか。俺まだ一桁っすよ」
「ゆー坊の相手、毎回自衛隊に瞬殺されてるもんな」
ほとんどの社員の頭上には数字が表示されており、むしろ数字が無い社員にはハラスメントと呼ばれるレベルの悪意ある対応が為されている。しかもあろうことか、頭上の数字についてネガティブに思うどころか大小を競っている節もある。
もちろん彼らはその数字が人死の数であると言うことを理解している。道中で倒れている人がいれば救急車を呼んだり、仲が良い人が辛そうにしていれば人生相談に乗るくらいは、他人に対して手を差し伸べることもある人間だ。
数字が表示されるようになった当初、彼らもどうすべきか悩み苦しんでいた。だが、そんな彼らに悪魔が囁いた。
『俺は何もしないよ?というか、なんで俺が命かけなきゃならんのよ。政府や自衛隊がやるべきことだろ』
という社長による社員に向けたありがたいお言葉。『自分が悪い』とは思いたくない社員たちは、その言葉を支えに開き直ってしまった。そして一旦開き直ってしまえば、邪獣と自衛隊の戦いは遠いどこかでやっていることだろうと現実感が無くなり、気にならなくなってしまったのである。
「課長、今日金曜ですし、『俺義(おれよし)』に行きませんか?」
「おう、いいぜ。パーっとやるか」
『俺義』とは居酒屋の名前である。
この居酒屋に訪れる客は皆頭上に数字が浮かんでいる。社会から爪弾きにされそうな彼らのための居酒屋なのだ。この店では何があっても不問とするという暗黙のルールがあり、酒癖が悪い人も遠慮なく弾けている。
この居酒屋のように、社会からの風当たりが悪くなってきた数字が消えない人々は、彼らなりに今の社会で生きるための道を模索していた。
「せっかくだからお前の嫁さん連れて来いよ」
「いいんですか?」
「ああ、最近疲れてるって言ってただろ」
「ありがとうございます。あいつもきっと喜びます」
専業主婦であるその嫁もカプセル邪獣を倒しておらず頭上に数字が浮かんでいる。だが旦那程、図太い神経を持っているわけでは無く、世間からの非難の目を受けてストレスが溜まっていた。買い物に出かけるにも、保育園に子供を送り迎えするにも、まるでゴミを見るかのような目で見続けられ、精神が病みかけていた。
『ノーマル』を爆発的に増加させた小さなボムとの戦いを、嫁もやろうと考えていた。だが旦那が『そんなことをする必要が無い、もしお前がノーマルになったら会社での俺の立場はどうなる』と半ば脅しのような形で止めさせたのだ。
その結果、精神が病みそうになっているのだが、旦那は自分が間違っているとは思っていないため、いや、思いたくはないため、しばらくは解決には至らないだろう。
この女性の例はやや特殊であるが、世の中には『死にたくない』『自分が命をかける意味が分からない』『国や自衛隊がなんとかしろ』という考えの元、何もしない人が一定数いた。そんな彼らの事をネット上では『ノーマル』と比較して『トラッシュ』つまり『クズ』と評され始めた。
明らかに相手を侮辱する言葉であるため使うだけで灰になりそうなものだが、不思議とそうはならなかった。とはいえ、灰になる不安は拭えないためノーマルほど浸透はしていない。だが、『トラッシュ』と呼び非難しても灰にならない事実に気付いた人々の中には、声を大にして『トラッシュ』と侮蔑する人も現れた。
小さなボムのカプセル邪獣。
命の危険がそれほどなく、倒しやすいこのカプセル邪獣の出現により、世の中に『ノーマル』が爆発的に増加した。その結果、軍隊はそれほど苦労することなく新たな邪獣を駆逐し、世界が良い方向へと向かい始めているように思えた。
だが、人間とは差別する存在だ。
『ノーマル』と『トラッシュ』という大きな区別がつけられた人類は、お互いを嫌悪し、社会の雰囲気が目に見えない悪化の一途を辿っていた。
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