36. 【地】灰化8 スーパーマーケット

「店長!また灰化が起きました!」

「またか……場所は?」

「惣菜コーナーです」

「生鮮で無かっただけマシか……にしてもなぁ……はぁ……」


 時間はそこそこ遡って、灰化が始まってから一か月後。

 灰化という未知の現象に対して、灰化する理由が大まかに分かり、暫定的な対処方法が浸透し始めた頃のこと。


 都内にある、とある中堅スーパーマーケットのチェーン店の店長は、度重なる灰化の報告に頭を抱えていた。


「対処は終わっていますか?」

「はい。総菜コーナーを締め、飛び散り防止の衝立も設置しました。現在灰の回収作業中です」

「分かりました。それじゃあ引き続き対応お願いね。あ、看板は出した?」

「看板も出しました」


 コンビニと同じく、スーパーでも店内で灰化が発生したことを示す看板を店頭に掲示していた。灰化が発生するたびに店を閉めていたら簡単に潰れてしまうから、灰がかかっているかもしれないけどごめんなさいねをするのだ。


 しかしスーパーマーケットでの灰化はコンビニよりも厄介だ。その最たる理由は、包装していない商品が多いこと。野菜や果物やお魚、コロッケや天ぷらなどの自分で取り分けるお惣菜など、包まれていない商品に灰が被ったら流石に販売するわけには行かない。地方では野菜コーナーで灰化が発生し、そのまま閉店に追い込まれた店舗もある。


「ほんと、やんなっちゃうよね」

「打ち止めにならないですよねー」


 ただでさえ忙しいスーパーマーケットの店長という仕事。白髪交じりの四十代男性店長は、ストレスにより白髪の量が日に日に増えている。一方、本部から送られてきた若い女性の副店長は、店長と同等の作業量があるにもかかわらずケロっとしていて、むしろこの状況を楽しんでいる風ですらある。若いって体力があって良いな、と店長は内心羨んでいる。


「目立つポップも用意したんだけど、効果無いなぁ」

「あはは、アレを見て反省するような人はそもそも灰になんかならないって言ってたじゃないですかー」

「そうなんだけどさ」


 失敗する可能性が高いと分かっていても、作戦の結果が良い物であって欲しいと思うのは自然なことだ。


 ちなみにこの店では、入り口の自動ドアに巨大なポスターを張ってある。


『みなさま、店内では灰にならないような行動を心がけるようお願いいたします』

『普通に買い物をしましょう』

『他人を思いやらない行為は慎みましょう』

『灰になる条件を知らない方は入店しないでください』

『そんなに灰になりたいんですか?』

『お願いです!灰にならないでください!』

『灰を片付けるの大変なんです!』

『誰か助けて!灰化が止まらないの!』


 などなど、最初は真面目なポスターだったにも関わらず、変な言い回しに変化していた。店長が段々と冷静な判断が出来なくなっている証拠なのだが、副店長は面白いから分かっていて指摘しない。


「まぁ、今日はこの時間だったからまだマシかな」


 時刻は夜の八時を回ったところだ。

 惣菜コーナーは殆どの商品が売り切れで、残ったものもそろそろ半額シールを張って少しでも回収しようという時間帯。


 この場所なら廃棄一択なので商品から灰を取り除く作業も不要で掃除がしやすい。この日の徹夜は回避できそうだ。


「あの店長……」

「なんだい?」


 副店長と話をしながら作業をしていた店長の元に、一人のバイトがやってくる。その顔色を見て、店長は内容を察し、またかと思った。


 案の定、話の内容は店長の読み通り、バイトを辞める報告であった。どうやらこのバイトが対応していた人が灰になり、顔が青ざめ精神的に参っているようだ。


 灰化によるメンタル面でのフォローは、駆け付けてくれる灰対の人がやってくれる。故に、そのバイトを仲の良い人と一緒に休憩室で休ませたら後はやることがない。新しいバイトを雇うことに頭を切り替える。


「そんなに必死になってまで半額総菜が欲しいかね」

「あーいうおばちゃんにはなりたくないですね」


 店長以外に誰も見ていないからか、オブラートに包むこともせずに灰化した人を否定する副店長。店長は一瞬顔を顰めたが、そう思うのも仕方ないかと気にしないことにした。


 今日の灰化の原因は『半額シール』だった。


 半額シールを張る数分前だったにも関わらず、確保してあった総菜に半額シールを張るようにバイトに強制し、服を掴みかかったところでアウトになった。


「いつものおばちゃんでしょ。灰化が始まってから見なかったから止めたのかと思ったのに」

「あの人、時間になるまで店員を睨みながらずっと店内をウロウロしててキモかったから、死んで良かったですよ」

「お、おう……」


 流石に言いすぎだと叱ろうかと思ったが、はっきりと言うのは若者だからなのか、むしろ自分の考えの方が老害なのかもしれない、などと考えてしまい言えなくなってしまう店長であった。このチキンっぷりが副店長が態度を増長させる原因にもなっていることを店長は気付いていない。


「でもこれで、厄介なお客様は全員灰になっちゃったかな」

「店長も変なところで律儀ですよね。あんなん客でも何でもない犯罪者ですよ」

「犯罪者って……別に法律違反してるわけでは……ってあれ、そういえば万引きでの灰化が起きてないなぁ」


 万引き


 物を売るお店ではどの業界でも悩まされる『窃盗』事件。

 このスーパーでも性別年齢問わず多くの万引きが毎日のように行われていた。れっきとした犯罪行為なのだが、未成年の扱い、逆切れ、万引きの事実の証明など、様々な理由で扱いづらい問題である。


 しかし灰化現象が発生してから、その万引きがぴたりと止んだのだ。


「犯罪だって分かってるからじゃないですか?」

「これまでみんな分かっててやってたのか。凄い度胸だな」


 店長が出会った万引き犯の中には罪の意識が極端に薄い人も多かったため、実は万引きする人は悪いことをしていると心の底から思っていないのではと想像していたのだ。


 だが罪の意識がどれほど薄かろうとも、それが犯罪だと分かっていることには違いは無い。灰になりたくないためピタリと止んだのだろう。


「『見つかってもなんとかなるかも』と『見つかったら即☆死亡』は別ですからねー」

「そういうもんなのかねー」


 それなら万引き見つけたら即射殺する世の中の方が正しいということになるのでは、という物騒な考えが頭をよぎり、この考えはまずいと強引に頭から追い出した。


「カゴごとパクるような人を見て爆笑出来ないのが残念ですけどねー」

「おいおい、副店長の立場でそれは無いだろう」

「あはは、オフレコってことでよろしく。んじゃちょっと締めいってきまー」

「まったくもう」


 副店長が部屋を出たのを合図に、店長もまた自分が担当する仕事へと没頭する。


 実は最後の会話がスーパーマーケットでの灰化について的を得ていたことに、店長はしばらくしてから気付くことになる。


 灰化の対象となる行為は、罪の意識が無い行為なのだ。

 だからこそ、どれだけ入口のポスターで啓蒙活動しようが灰化は止まらない。


 本人たちは『悪いことをしていると思っていない』のだから。


 当然自分が受けるべきサービスであり、自分が望む形で提供されないのは店側が悪い。

 自分の考えは間違いなく正しくて、その考えに反する行動をする人が灰になるべきなのだ。


 そう思い込んでいるがゆえに社会に迷惑をかける社会不適合者が世の中には山のように存在しており、それがスーパーマーケットという人との触れ合いの可能性がある場で顕在化していたのだ。


 そうとは知らない者達がまた、今日も灰になっている。



「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」



 灰化前であればSNSで話題になりそうなおじさんもまた、正義を執行しただけであるにも関わらず何故自分が灰になるのか分からない、といった愕然とした表情でこの世からドロップアウトしていた。


「なんでスーパーで他人にケンカ売ってるんだよー!」


 店長の苦難は続く。

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