37. 【地】灰化6 障『害』者

「それではインタビューを開始します。よろしくお願いします」

「(よろしくお願いします)」


 とあるビルの個室にて、二人の男性が面と向かって話を始める。


 彼らの後ろではインタビューの様子を記録しておくためのビデオカメラがセッティングされ、一人の女性が問題なく機器が稼働していることを確認するために立っていた。


「本日はお話をして頂けるということで、誠にありがとうございます」

「(お気になさらずに。それよりも良くこのご時世で記事を書こうと思いましたね)」


 マスコミ関連が壊滅して以降、テレビや新聞はもとより、ネット上で記事が更新されることすら稀となってしまった。ちょっとした表現の問題で灰化してしまうことを恐れているためだ。


「今の世の中だからこそ、社会の様子を伝えることが我々ジャーナリストが本来やるべきことなんです。灰化は確かに怖いですが、それよりも自分が何も出来ずに人々の命がただ失われるだけと言うのも結構堪えるものでして」

「(なるほど。立派な志だと思います。テレビもそろそろ復活するらしいですし、次第に元通りの生活が戻ってくるのかもしれませんね。と、私の話を聞きたいんでしたっけ、失礼)」

「確かに、これでは私がインタビューに答えているみたいですな」

「(あははは)」

「あははは」


 ちょっとした世間話から入り、本題へと突入する。


「それでは改めて今回のインタビューの趣旨を説明致します。私は昨今の灰化についての情報を集め、少しでも多くの人が安心して暮らせる世の中になることを目指しております。その中で、今回は体が不自由な方をテーマにしました」

「(はい、それで私に話を聞きたいと伺っております)」

「まずは失礼ですが、レイジさんの体の状態について説明して頂いてもよろしいでしょうか」

「(分かりました。私は生まれつき足が弱く、車椅子で生活しております。また、声帯も未成熟で声を発することが出来ません)」


 何故このインタビューはボイスレコーダーではなくビデオカメラで映像まで保存しているのか。それはインタビュー相手のレイジと呼ばれた人物が言葉を発せず、手話で受け答えしているからだ。


「ということは三十二年間ずっと車椅子と手話で生活なさっていたということでしょうか」

「(ええ、といっても赤ちゃんの時は寝てましたが)」

「あはは、確かに。ですがそれだけ長い間、車椅子生活が続き、会話が出来ないとなると苦労も多かったのではないでしょうか、と素人目には感じるのですが」

「(もちろん、苦労は多かったですよ)」


 現代社会は、いわゆる健常者が住みやすい作りになっている。もちろん、スロープや車椅子用エレベータなども存在するが、特例と言っても良いくらい限られた場所にしかない。そのため、この世の中で体が不自由な人が生活するのは大変だろうと健常者視点で考えてしまうのは当然のことである。


「(ですが、私はもう慣れましたからね。特に気にすることはございません)」

「もう慣れた、ですか?」

「(はい。生まれた時から三十年以上もずっと付き合ってきた体ですから)」

「ですがレイジさんと同じように生まれてからずっと車椅子で生活なさっていた方が、社会の不自由さに問題提起をしている場面を何度か見かけたことがあります。この点はどう思われますか?」


 もっと車椅子ユーザーのための、目が見えない方のための、言葉を発せられない方のための、社会づくりをすべきだ。このような意見は途切れることなくいつの時代もクローズアップされるテーマである。


「(これは私個人の考えですが、人それぞれとしか言いようがないかと思います。もちろん社会全体に常に問題提起して考えることを止めないことは重要だと思います。ですがそれはあくまでも社会問題についてちゃんと考えなければならないですよ、という大きな考え方であって、フードロスをどうすべきか、世界の水問題を考えよう、というのと同じレベルのことだと思うんです)」

「ということは、彼らはそのような大きな思想を掲げている立派な人物ということなのでしょうか?」

「(そうとも限りません。政治的な手段として自らの体の弱さを活用している人もいますし、心の底から不満が溜まっている人もいます)」

「中々に直球なご意見ですね」


 結局のところ、その人が何を思って声を上げているのかなど、その人の人間性や人間関係などを調べないと本当のところは分からないのである。


「(こういう生活をしていると同じ境遇の人と話をする機会が多いですから。自然と知りたくもないことも耳にしてしまうんですよ)」

「あはは、それは私の業界と同じですね。さて、政治的な云々は後程聞くとして、世の中が不便かどうかですが、レイジさんがお会いした方々の中に、今もまだとても不便だと考えている方はいらっしゃいますか?」

「(ええ、何人もいますよ。ただ、最初に申し上げた通りに、そこはやはり人それぞれなんだと思います。私のように生まれつきのケースと成長してから事故に遭ったケースは全く別でしょうし、それに性格や好みも関係してきます)」

「性格や好みですか?」

「(はい、例えば左利きの人って不便なことが時々あるじゃないですか。駅の自動改札が右利き用になってるとか。でもそれを不便だって強く感じる人もいれば、慣れたから平気だって思う人もいるはずです。私としてはその程度の差だと考えてます。もちろん、便利になれば嬉しいですけどね)」


 レイジとしても、社会で改善して欲しいことはある。だがそれは自分が行動するにあたり健常者に迷惑をかけてしまうのを防ぎたいと思うことに対してだ。例えばスロープの無い階段を登るために多くの人の力を借りて力業で持ち上げてもらうのは申し訳ないと感じていた。


「レイジさんは世の中のバリアフリー化についてそれほど積極的では無いと聞いておりましたが、便利になるのはレイジさん的にはアリだったんですね」

「(それはもう大歓迎です。ただ、それをすることで皆さんに迷惑をかけるのであれば、やらない方が良いと考えてます。そもそもこの社会は健常者の方が大半なのですから、彼らが住みやすい世の中を優先するのは当たり前じゃないですか。私達のことは無視されなければそれで良いのです)」

「なんというか、灰化前であればとても叩かれそうなことを平気でおっしゃりますね。だからこそ、レイジさんは色々と問題視されていたのでしょうが」

「(だってそうじゃないですか。もし私のことを考えてくれるなら大金下さい。もしくは胸が大きくて美人の彼女でも良いですよ。便利な世の中どころか、体が治るよりそっちの方が嬉しいです。結局価値観なんて人それぞれで、声の大きい人の話が皆さんの耳に入ってしまうってだけの事なんですよ)」

「あははは、私もそれ欲しいです」


 レイジはいわゆる障碍者の敵として各方面から徹底的に叩かれた人物であった。障碍者でありながら健常者の味方をすることで、障碍者の社会進出を阻む敵だと週刊誌に書かれたこともあるくらいだ。


 だがそれはひとえに、障碍者という立場を利用した悪質な人物を牽制し、普通に生きている障碍者のイメージを守るための活動だった。そしてその活動が報われたのが、灰化現象である。


「それでは先ほども少し話に出た政治的な意味での問題行動についてですが、先日車椅子に乗っている某政治家がカメラの前で見事に灰化しました」

「(はい、私もその配信は見てました)」


 今の世の中、テレビは無いがネットでの配信は可能だ。下手に配信すると灰化するため、数は少ないが、自らの行いに自信を持っている人による配信は止まることが無い。


 そしてとある問題行動を起こしたことで有名な車椅子に乗った政治家が、配信途中に灰になったという事件があった。


「あの人はレイジさんの天敵のような人物でしたが、今のお気持ちは?」

「(ざまあみろって感じですね)」

「言いますね」

「(そりゃあ私だって人間ですから。嫌いな人とかいますよ。あの女はあまりにもやりすぎです。政治家という立場を使って弱者アピールして強引に事実を捻じ曲げて自らの犯罪を正当化したクズです。そんな人間が我々の代表みたいな顔をして、しかもそれを正そうとした人達を潰しにかかって来てるんですから、そりゃあ灰になったくらいじゃ収まらないくらい腸が煮えくり返る思いです)」

「おお……滅茶苦茶怒ってますね」

「(はい、怒ってます。みなさんが思う車椅子ユーザーのイメージくらいは怒ってます。いつも怒ってて優先させろ!って叫んでるアレです)」


 その政治家も、駅でエレベータの列待ちを無視して無理矢理先頭に特攻してトラブルを起こしたことで有名な人物であった。


「いえいえ、流石にそこまでは思ってませんよ。一部の人はそう思ってるかもしれませんが」

「(でもそう思わせるようにマスコミの皆さんも結託してましたよね?)」

「あ~その空気はありましたね。私も当時まともな記事を書いたら上司にボツ喰らった上に、誤って流出したら大事だからって目の前でデータを消せって強く言われましたね。あいつも速攻灰になってざまみろって感じでしたよ。ああ、こういう気持ちですか」

「(あはは、あなたも言いますね。こんなこと言っちゃって大丈夫ですか?カットしてくれて良いですよ)」

「いえ、面白いので、じゃなかった重要なので公開します」

「(こらこら)」

「あははは」


 お互い同じ悩みを抱えており、憎しみ以上の念を抱いていた天敵が悪と断じられて消え去ったことの感情を共感しあっている。


「(結局のところ、あの女もあなたの上司も『障害者』ってことですよ)」

「お、出ましたね。レイジさんの十八番」


 レイジは懐から『障害者』と書かれた紙を取り出し、その部分だけは手話では無くそれを見せた。

 これはレイジが提唱している言葉の一つ。


 『障害者』が『障がい者』や『障碍者』と表現されるようになって何年経っただろうか。『障害者』という表現が問題視されることが一般常識として認知されている今、レイジは敢えて『障害者』という言葉を持ち出した。


 もちろんそれが手足などが不自由な人間を指すわけでは無い。


「(これも不要になっちゃったかもしれませんけどね)」

「何故ですか?」

「(だって灰になっちゃいますもん)」

「ああ、確かに」


 障碍者であっても、人格者がいれば犯罪者もいる。そして障碍者を自ら弱者と定義して自分を徹底的に優遇することが当たり前だと主張するような人間もいる。それは誤った女性優遇と同じようなものであり、健常者の中にも同類が存在しているのだとレイジは考えている。


 そしてその異常な考え方を持つ人物と障碍を結びつけるようなマスコミのやり方が気に食わなかったレイジは、健常者と障害者、という区分を敢えて定義して広めようとしていたのだ。


 その表現はとても分かりやすいもので、SNSを通じて広く普及した。政治的な力でもみ消そうとする動きがあってなお、強烈に広まる程には世の中に不満が溜まっていたのだろう。


「社会に差し障り、害をなす者。障害者、ですか。一時期流行って社会問題にもなりましたね」

「(当時はかなり責められまして、正直なところ命の危機を感じたこともありますよ)」

「ええ、そうなんですか」

「(はい、例えば……)」


 店員に悪態をついたり、自分が優遇されるのが当たり前だと思い込んでいたり、相手の話を聞かずに自分の考えを押し付けることしかしない。それらの人物の振る舞いが我慢できずに思わず障害者という言葉を使ってしまいトラブルとなることが頻発した。殺人未遂にまで発展したことがあるくらいだ。


 だがこの問題が今語られることは全くない。


 何故ならば障害者はすべからく灰になってしまうのだから。


 インタビューは程なくして終わる。


 彼がこれから執筆する記事には、障碍者の立場は世の中全体でこれからも考えなければならないという無難な結論と、灰化によって消えるのは彼が提唱する障害者であったのだろうという事実が載せられることになる。

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