26. 【異】王都創立記念祭 3日目 王城突入

「ありがとうございます。助かりました」

 ガシャリ。


 助けに来てくれた全身鎧の人物にキヨカがお礼を伝えると、その人物は言葉を発することなく小さく頷いた。


 その人物は、以前に邪獣対策センターでキヨカが見かけた姿と一致する。頭のてっぺんからつま先まで鎧に覆われており、表情も全く見えない。


「先ほどの攻撃、凄まじい威力だったな。貴殿も王城に救助に向かっているのだろうか?」

 ガシャリ。


 セネールの問いかけにも、先程と同様に言葉は無く頷くだけ。


 奥の方からやってきたので王城から避難してきた人なのか、それとも先に入ったという人物なのか判断がつかなかったが、どうやら後者のようだ。


 だがそうなると一つ疑問が生まれる。


「でもどうして先の方から?まさかこの先通れないとか?」


 この人物がやってきたのはキヨカ達の前方から。

 つまり引き返してきたということになる。

 王城へ急ぎ救助に向かっていたのならば引き返すのはおかしい。もしかしたらこの先は崩れ落ちて通れないなどの状況なのかと不安に思った。


「タタカウ、オト、キコエタ、シンパイ」


 全身鎧の人物は、抑揚が無く低く抑えたカタコト言葉で、途切れ途切れに言葉を返す。

 言葉を発することが不自由というよりも、意図的に声色を変えているような不自然さを感じた。


「(女性?)」


 だが、声質からこの人物が女性であることは分かった。

 二メートル近くもある巨大な甲冑を動かしているのが女性としり、キヨカは驚いた。


「(羨まし……じゃなかった。私もあのくらい力が欲しいなぁ)」

「キヨちゃん、目線が怖いよ」


 軽々と巨大な戦斧を担いでいる人物を見て脳筋のサガがうずくキヨカであった。


「なるほど、クリスタルのことくらいは公表すべきだったな」

「これが原因だと分かっていたら、この方でしたら軽々壊しそうですもんね」


 セネールとケイが言うように、この人物はクリスタルが何なのか分からず、下手に手を出すと危ないと思いスルーしたのだ。前々から設置されていてこの隠し通路を保存する物だったら危ないと思った可能性すらある。


 国は、世界的に混乱をもたらさないようにと、どの範囲を公表すべきか悩んでいたが、邪獣を生み出すクリスタルが存在することくらいは素早く公表すべきだったのかもしれない。今回の事件で、クリスタルがクレイラの街だけではなく他の地域でも発生する可能性があると判明したため、恐らくすぐに公開することになるだろう。世の中の不安は大きくなるが、分かっていれば避難の開始が早くなるし、今回のようなケースで適切な対処が可能となるからだ。


「ジャキ、キエタ?」


 全身鎧の人物が不思議そうに周囲を見回す。

 クリスタルから生まれた邪獣を撃破したことで、隠し通路内部の邪気が消え去ったのだ。地球側の予想通り、ここの邪気は王城のものとは原因が違ったらしい。


「よろしければ、一緒に王城に向かいませんか?その間に私達が知っていることをお伝えします」

 ガシャリ。


 強力なパワーの持ち主であるこの人物は大きな戦力となる。王城を取り戻すためには心強い。

 今王城で起きていると思われている出来事を、クレイラの街の話も含めて説明しながら一行は王城へと足を運ぶ。


「(あんなに重そうなのに私達の走りについてきてる)」


 疲れない程度に小走りで進んでいるが、ガシャリガシャリと大きな音をたてながらも余裕でついてくる。体力はかなり自信がありそうだ。


 邪気の消えた隠し通路をまっすぐ進むと終点に辿り着いた。


「おいおい、まさかこれを登るのかい?」

「疲れちゃいますよー」


 そこは遥か上空まで続く螺旋階段になっていた。降りるならまだしも、登るのは骨が折れそうだ。


『キヨちゃん、あの真ん中のってエレベーターじゃないかな』

「あのポールのあるところ?」


 螺旋階段の中央部には一本の太い棒がこれまた上空まで伸びていた。

 また、階段の入り口付近に制御パネルのようなものが置かれている。それぞれのボタンにランプがついていて稼働しているように見える。


「『降ろす』だって。ポチっと」


 キヨカが制御パネルに書かれていたボタンを押すと上から機械音が鳴り響く。少し待つと棒をつたって転落防止の柵付きの足場が降りて来た。


「なるほど、エレベーターがあるんだね」

「助かったよ。こんなところで体力を消費したくは無かったからね」

「もしかしたら階段はこれが壊れていた場合に使うのかもしれませんね」

「うん(コクコク)」


 いざ隠し通路を使う時になってエレベーターが動かないなんてことになったら避難路の意味が無くなってしまう。ケイの言う通り、階段は念のために用意してあるのだろう。


 足場の中にも制御パネルがあり、そこで上昇下降を指定できるようになっている。上昇ボタンを押すと足場が上昇し、ようやく王城への出入口であろう扉の前に辿り着いた。


「みんなこの先は王城の邪気が充満しているかもしれないから気を付けて」


 扉に取っ手のようなものは無いが、いかにもなボタンが脇の壁に設置されている。

 それを押すと重低音が響き扉が横にスライドする。


 キヨカ達は突然の襲撃に備えて扉の正面には立たず、横からこっそりと中を覗く。


「誰だ!」


 騎士団らしき人物が三名こちらを警戒していた。

 一名は自分の体すら隠す程の巨大な盾を構えて前方に座り、二名は後ろで弓や杖を構えている。


「王都からの救援です!」


 このまま攻撃されてはたまらないと、キヨカは自分達が味方であることをアピールする。


「なんと!」


 彼らが安心したようで緊迫した空気が多少緩んだので、キヨカは彼らの前に姿を晒す。

 それでようやく彼らは武器を降ろした。


 改めて部屋の様子を確認すると、そこはキヨカも観光時に見に来た国王陛下の寝室であった。

 騎士団の三名だけではなく、部屋の隅に家族連れやメイドなど複数人が縮こまって身を守っていた。恐らくは避難が間に合わなかった観光客やイベントの準備をしていた人達なのだろう。


「こちらにいらしたのは貴方達だけでしょうか?」


 救援と聞いて喜んだ騎士団員であったが、キヨカ達が全員姿を現すと不安げな様子になる。それもそのはず、強いとは思えない見た目の若い連中であり、一人は幼い子供であるのだから。フルプレートの人物だけは圧倒的な強者のオーラを発していたが、その人物がいなければ騎士団員はキヨカ達のことを敵が幻術でもしかけてきた偽物だと思っていたかもしれない。


 キヨカは王都の騎士団員がマヒで動けないこと。

 王都にも邪獣が出たが弱いのでマヒした騎士団員でも倒せていること。

 まともに戦える自分達が代わりに来たこと。

 邪人イルバースを倒した経験があるからそれなりには実力を信頼して欲しいことを告げた。


「なんと、貴殿たちがあの有名な英雄殿でございましたか!」


 キヨカ達のことは騎士団の中では知らない人は居ないというくらい有名になっているようで、不安そうな表情が少し和らいだ。


「この中の邪気は消えましたので、避難してください」

「なんと、流石英雄殿!」


 英雄は止めて下さい!

 などと言えないキヨカである。

 ここで士気を下げるわけにはいかないからだ。


「皆様、ひとまず隠し通路の中にお入りください。護衛の人員が戻ってきたら王都までお連れ致します」


 騎士団員は非難民を隠し通路の中に移動させた。弓を装備した団員も一緒に中に入り、一旦扉を閉じる。


「ここも邪気が充満してますので、いつ邪獣が出現するか分からない状況なんです。実際二体ほど出現しました」


 隠し通路の方は邪気が無かったので、そちらに避難してもらうことにしたようだ。

 そのまま逃げてもらっても良いのだが、念のため護衛の人をつけたい。


「フレイは弓の名手ではありますが護衛には向いていないのです。現在城内に逃げ遅れの人が居ないか探している団員がおりまして、彼らの中に護衛が得意な人物がおりますので戻ってくるのを待とうと思います」

「護衛が得意ならこの部屋に居た方が良かったんじゃない?」


 守るべき人がいた上に、部屋の中に唐突に邪獣が発生する可能性があるのだからキヨカの疑問はもっともだ。


「いえ、籠城する場合は私達三人で十分なのです。ただし一人での護衛となるとそうもいかず……」


 強力な守備を誇る盾の団員と、遠距離で攻撃する物理魔法それぞれが得意な団員。

 確かにこの組み合わせであれば守りやすそうだ。ただし、彼らの誰か一人だけとなると護衛に向いていないと言われればそうかもしれない。盾だけでは攻撃が不足し、遠距離攻撃だけでは近距離に詰め寄られたら苦しいからだ。


「なるほど、確かに鉄壁の組み合わせに見えますね」

「あはは、本来ならばバフ要員が加わって我々のフォーメーションは完成するのですが、残念ながら彼は王都にいましてね」


 盾の守備を固めて物理防御と魔法防御をどちらも高めてしまえば、このパーティーは簡単には崩れないだろう。前衛は居ないが守ることに特化していると考えるならば実にバランスの取れたパーティーだ。


「戻ったぞ」


 コンコンと部屋をノックする音がする。

 逃げ遅れを探しに行っている騎士団員が戻ってきたようだ。

 すぐに中に入らないのは、中が邪獣との戦闘中であったり、運が悪く全滅して中に邪獣が居る場合などを考慮して、中の様子を確認しているのだ。


「こちらは無事です。どうぞお入りください」


 部屋の中の応答を聞いてガチャリと扉が開く。

 入ってきたのは数人の騎士団員と、逃げ遅れと思われる一組の男女。そして……

 

「陛下!?」


 鋭いレイピアを装備したブライツ王国の国王であった。

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