18. 【地】灰化3 会社編1

 世界が灰化の恐怖に怯え始めてからおよそ一月。


 メディアや政界といった特定の業界だけではなく、一般の企業にも灰化の嵐が吹き荒れていた。

 ブラック企業と呼ばれる悪質な会社がほぼ壊滅状態なのはもちろんのこと、学生からの人気が高い大企業であっても灰化の影響を免れることは出来なかった。


「システム開発事業部の岡部部長が灰化したらしいぜ」

「今さら?性格悪いって噂聞いてたからとっくに灰化してるかと思ったよ」


 社員食堂で昼飯を食べているのはIT関連企業に勤めている二人の男性社員。彼らは時々こうして食堂でご飯を食べながら社内の灰化について雑談をしている。


「んで、お前んとこの新しい上司決まった?」

「まだまだ。やっぱり人が居ないらしいよ」

「ちょっと前までは管理職だらけで昇給させ辛いなんて話があったのにな」

「管理職から先に灰化するのホント笑えるよな。どんだけ問題児だらけだったんだよって」


 この会社では管理職を中心に2割程度の社員が灰化していた。


「神山さんも人は良かったんだけどなぁ」


 男はつい先日灰化してしまった直属の上司のことを思い出す。


「上からの指示に従わなかったんだろ?」

「そうそう、何で頑なに変えようとしなかったのか分からないんだよね。他のことは割と柔軟に対応してくれる人だったのに。勿体ないなぁ」


――――――――


 会議のやり方を変えること。


 日本では灰化前から政府主導で働き方改革の一環として推奨されていた。


 報告書を読めばわかる情報共有だけの無駄な会議。

 結論を出そうとせずただ発言力のある人達が好き勝手話をするだけの会議。

 問題をあら捜しして叱責して貶めるだけの会議。

 参加者が無駄に多く、ほとんどの人が内職をしている会議。


 このような無駄な会議ばかりで本当に必要な会議をやりたい場合に会議室が空いていない、なんて話も良くあること。


 だが、いざこのような会議を無くそうという動きがあったとしても、現場は簡単には変えてくれない。


 どうしたら良いか分からない。

 やり方を変更して慣れる時間がもったいない。

 みんなで一緒に会議をすることが重要だ、などと独自の感情論で抵抗する。

 理由は無いけど面倒臭いから変えたくない。


 変化が苦手な日本人、という特性が分かりやすく発揮されているのであった。

 もちろん、だからといって外国人が問題なく出来ているかと言われるとそうとは限らないのだが。


 男達が勤める企業では灰化の前から会議改革と称して管理職以上に1年以上もかけた大規模な研修を実施してきた。様々なパターンの会議をどのように運営すれば無駄なく効率的に出来るのかを会社全体で考えて訓練を積まされていたのだ。


 悲しいことにそれをただの無駄な研修としか捉えられない人が多く、現場で実現しようとする人は少なかった。


「神山さん、この進捗会議って次回からやり方変えます?」

「変えないよ?なんで?」

「例の会議改革関連で、会議の方法を変更するように指示が出てましたよね。特にこういう週次の進捗会議は無駄だから無くせって」

「あ~出てたな。でも…………まぁ来週はこのままで。ちょっと考えるよ」

「神山さん!」

「ん?え!?うわっ!あああああああああ」


 考える、と言いつつそのまま何もやらない典型的なパターン。

 やるべきことをやろうとせずに濁すだけの上司は灰化の罰を受けてしまった。


――――――――


「お前の部署は指示通りに会議やってるんだろ?どんな感じ?」

「最初は面倒臭かったけど上手く行ってるぞ。漠然と参加してる感が減って良かった気がする。その分大変だけどな」

「会議室取りやすくなった?」

「あ~なったと言えばなったんだが、今はテレワークが多いからなぁ」

「それもそうだな」


 テレワーク。


 これまた働き方改革として推進されてきたこと。

 移動時間の無駄を減らすだけではなく、朝晩の満員電車の解消や、プライベートの時間を多く取れるようにするなど、様々な効果が見込まれている。


 これについてもまた、設備の準備コストや勤務時間の管理の大変さ、出社しないと絶対仕事出来ないマンなどの課題により普及率は低かった。


 だが今はそんなことは言ってられない。

 通勤するということは外出して移動するということ。

 その時間が長ければ長いほど他人に接触する時間が長く、灰化のリスクも高まるのだ。


 そんな裏事情もあり企業は積極的にテレワークを推進する方向に舵を切り出していた。

 これ以上社員が減ったらヤバイのだ。


「お前はテレワークしないの?」

「来週テレワーク用のノートPCが届くから、そしたらやるつもり」

「マジか良いなー俺んとこはまだ準備が出来てないんだよ」

「みんなテレワークやりだしたからノートPC品薄だもんな。仕方ないさ」


 灰化により世界的に人が減っているのに加え、激増したノートPC需要。大企業であっても入手が困難になっている。


「テレワークで思い出した。そういや島田のところの誰かが、灰化したんだってさ」

「あいつってソフトウェア開発の部署だろ。テレワークしやすそうじゃん。灰化するような要素ってあったっけか」

「頑なに断るやつが居たんだとさ」

「ほぇ~社畜タイプだったのかね」

「いつも遅くまで残ってるヤツって言ってたからそうじゃね?」


 テレワークが出来ない。

 その意見自体は何も問題ではない。


 家が会社から近いからテレワークする意味があまりない。

 家は家族がいるから仕事し辛いし、近くにテレワークに適した場所が無い。

 会社のサーバールームに置いてある大規模なマシンの直接操作が必要だ。


 などなど、個人の環境や業務内容によって適している適していないがあるからだ。


 だが、そんなことは無関係に特に理由がなく断り続ける人も多い。


――――――――


「うちの部署は優先してテレワークするよう指示が出てる。各人テレワークの申請書を明後日までに総務に提出してくれ。出来ない場合は俺にその理由を説明すること」


 島田が属する課の課長が朝会でメンバーにテレワークの申請指示を出す。


 ソフトウェア開発を行っているこの課は、一日中PCの前に座って睨めっこしているのがほとんどであるため、上がテレワークしやすいと判断したのだ。


「杉内も流石にテレワークするよな。テレワークだからって仕事し過ぎるなよ?」

「え?やらねーよ。つーか島田テレワークすんの?会社来いよ」

「いやいや、俺らいつもほとんど話してないじゃん。テレワークで十分だよ」

「ふざけんなよ。それじゃあ何かあったとき相談できないじゃん!」

「えぇ……テレワークなんだからチャットか電話で大丈夫だろ」

「それじゃあ分かんねーんだよ!」

「いやお前普段からチャットで聞いてくるじゃん」

「チッ……ダメだって言ってんだろ!」

「あ」

「え?」


 直接会わないと議論が出来ない。

 しかし普段から議論するような機会はほとんどなく、質問はチャットで簡単に済んでしまう。


 そのような仕事環境であるにも関わらず謎の抵抗で『会社を良くする変化を潰そうとする』杉内は、灰になってしまった。


 出来るか出来ないかなんてやってみなければ分からない。

 出来ないと主張する8割の人間は、単に変化に対応するのが面倒臭くてやりたくないだけなのである。


 そしてそのような社会のガン細胞とも言える人物は容赦なく灰化してしまう。


――――――――


「あそこただでさえ負荷が高いのに人が減って大変だろ」

「それはどこの部署も同じだろうけどな」

「確かに。しかも最近は新事業もやるように指示が来てるだろ」

「あ~あれな。うちは前から色々やってたから慣れてて大丈夫だけど、お前んとこはどんな感じ?」

「俺んとこは今やってる仕事を思い切ってバッサリ捨てようとしてる。それが済めば考える余裕が出来ると思う」

「マジか。捨てるってすげぇな」

「俺もそう思う。でも今の時代儲からない仕事はさっさと見切りつけないとヤバいからな。泥船から脱出させてくれた部長に感謝だぜ」

「新造船を俺らがちゃんと作らなきゃダメなんだけどな」

「マジそれな」


 作業の効率化や新事業創出も企業の大きなテーマだ。

 既存の作業を効率化し、空いた時間で新しい事業を創り出す。

 このサイクルを止めた企業は死を迎えるとさえ考えている人もいるくらいだ。


 だが現場は既存の業務をこなすので精一杯。

 効率化しろと言われても形だけの効果が見られない案ばかりで、残業残業また残業。

 負のスパイラルを本気で改革しようと動ける人は少ない。


 そもそも、それだけ仕事漬けになっていれば、人は仕事を沢山している気持ちになって満足してしまうのだ。大企業であれば残業代もたっぷり出るのだから尚更だ。更に良くしようと言われても心に響かないのである。


「でも気をつけろよ。新事業関連も灰化の対象だぜ」

「わーってるよ。今の仕事が忙しいから出来ません!はNGだろ?」

「そそ。後は本当に山場で忙しいのに無理やり押し付けるのもNGな」

「匙加減が難しいよな」

「そうでもないさ。要は面倒臭がらずにちゃんと考えろってことだ」


 それが至極論理的で感情的にも正しい・・・答えであるならば灰化しないのだ。

 新事業も、テレワークも、会議改革も。


 面倒臭がらずに素直に考えて答えを出して行動する。

 そして端から無理だと決めつけずに難しくてもやってみる。


 たったそれだけのことが出来ずに灰になる大人が山ほどいた。


 それが現代日本の企業が抱えている最大の病なのかもしれない。

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