8. 【地】ロールプレイングゲーム
配信から一か月。
世界中の人々から(一方的に)見られるようになったキヨカだが、評判は芳しくなかった。
それもそのはず、最初の一か月でキヨカは特に何も行動をしていなかったのだ。村人として生活し、自由気ままに訓練しながら異世界生活を満喫している。
地球では灰化により阿鼻叫喚の地獄絵図となっているにも関わらず、それを唯一なんとか出来る彼女が何もやろうとしてくれないどころか充実した毎日を送っている。叩いたら灰化するかもしれないので表には出せないけれども、大多数の人は不満に感じ、次第に見る人が減り話題に出ることも減って行った。
「キヨちゃん、今日も大猪に挑戦するの?」
『もちろんだよ。強くならないとだからね』
だが、レオナは違った。
このまま異世界で何事もなく平和に暮らして欲しいと、心から親友の幸せを願っていた。むしろ自分たちの家族もそっちに転移出来ないだろうか、と思ったことすらある。
実際、レオナは自分の生活の大部分を犠牲にしてキヨカの生活を見守ろうとしていた。授業を受けている時以外、常に配信ページにアクセスし、いつでもそばに居る。最初のころは学校をさぼってまでキヨカの傍に居ようとしたため、キヨカに怒られたくらいだ。それ以降、学校には行くものの、それ以外の全てをキヨカのために過ごしていた。
だが、キヨカへの悪印象が強まるにつれ、レオナに対する印象も悪化の一途を辿る。
キヨカにそちらの世界を救うよう厳しく言うべきだ。
何故一緒になってキャッキャウフフしてるんだ。
お前の使命はキヨカを仕事させることだろうが。
社会とは不思議なもの。誰も何も言わなくても、態度にすら出さなくても、空気が自然に熟成されて行く。
キヨカはまだ良い。異世界にいるのだからそのような雰囲気を味わうことは無い。
だがレオナは別だ。通学中に、学校で、その空気を味合わざるを得ない。
キヨカもレオナも、正体が世界中に知られているのだから。
キヨカという名前と見た目。今の世の中ではそれだけでキヨカの正体などすぐに調べがつく。そしてその交友関係を調べればレオナの正体もすぐに分かるのだ。
灰化の恐れがあるため、レオナやレオナの家族が直接何かをされたり言われたりすることは無い。だが、その社会の空気が針のむしろとなっていた。
「あれ?レオナ学校は?」
「今日から行かなくて良くなったの」
数日前。
その日は平日であるにも関わらず、授業を受けているはずの時間にウサギのアバターが出現していることにキヨカは疑問を抱いた。
「どういうこと?」
「う~んとね……キヨちゃんのサポートをするのが私の正式な仕事になったんだ」
「なにその仕事ー!」
「ほんとだよ?」
実はこの日の前日、レオナの家をある人物が訪れた。
「『灰化対策機構』の山根と申します。本日はレオナ様の保護についてお話ししたく参りました」
人類を灰化から守るために創設された組織、灰化対策機構。
灰化の条件の調査、灰化した際の対処、灰化に関する様々な情報収集など、灰化に関するあらゆる対策を行う国際組織であり、山根はその日本支部のメンバーだ。
レオナの窮状に気付いた彼らが、救いの手を差し伸べてくれたのだ。
レオナは彼らの保護を受け、一日中キヨカのサポートが出来るようになった。
――――――――
そしてモグラの邪獣が村を襲う日がやってくる。
大猪に認められ、村が襲われ、村人の手当てをして、邪気の森へと歩みを進める。
キヨカの命をかけた戦いの始まり。
レオナの平和を望む願いは、叶えられなかった。
「キヨちゃん……怪我しないでね……」
「う~ん、それは無理かな」
「そんなぁ」
「心配かけてごめんね」
「うわーん」
キヨカの性格を良く知っているレオナだからこそ、自分がどれだけ止めても意味が無いことを悟っていた。そして死地に赴くキヨカをただ眺めることしか出来ないことが悔しかった。
一方、世界中の人々は、イベントがようやく発生したことに喜び、SNSは活気づき、多くの人が各々の配信画面に釘付けになった。
そして彼らは、自らの思い違いを突き付けられることになる。
――――――――
「キヨちゃんはもっと自分の身を守ることを考えた方が良いよ」
「うぐっ……でもほら、やられるより先に倒せばダメージも少なく」
少しでも怪我をしないようにキヨカにアドバイスをしていたら、ふと画面の奥で動くものが見えた。気のせいかもしれないけど、何かあったら大事なので念のためキヨカに前方を注意するよう促した。
「キヨちゃん!」
「ごめんなさい!」
「そうじゃないの、前!」
そこに居たのは翼の生えた大きなねずみ。
ねずみの表情が見えるわけでもなく、ただ離れたところで宙に浮いている姿が見えるだけ。それなのに、画面越しでもねずみからとてつもない禍々しさを感じられ、鳥肌が立った。
「(直接見ているキヨちゃんは、一体どれだけの恐怖を感じているんだろう……)」
また一つ悲しみの理由を見つけて涙を流しそうになるレオナだったが、突如配信画面が大きく変わり、驚きに目を見開いた。
HP 323
WP 0
Lv 1
画面上部に数値が書かれた枠が出現し、
たたかう
技
防御
アイテム
逃げる
画面の右下には、これまたコマンドが書かれた枠が表示されている。
そのコマンドの左には大きな枠があり、
「そらとびねずみがあらわれた」
と表示されている。
今ではもう古くなりつつあるゲームシステム、ターン制コマンドバトルの画面だ。
異世界モノが好きな日本人オタクは、ゲーム的な要素が用意されている可能性を想定していた。だがそれは、現実世界での行動にスキルなどの要素が足されたものであり、行動がゲームシステムにより制限されたものであるとは思っていなかった。
この違い、実は非常に重要なことである。
例えば、今の日本で突然剣士スキルが使えるようになり、目の前にゴブリンが現れたとする。ゴブリンはゴツゴツしたこん棒を持っていて殴られたら骨が折れてしまうかもしれない。そのため、多くの人はゴブリンからの攻撃を避けながら、ちまちまと剣士スキルで攻撃してノーダメージで倒そうとするのではないだろうか。いっそのこと戦わなくて逃げてしまっても構わない。
これは、現実世界での行動が制限されていないからこそ出来る芸当だ。
だが、ゲーム的な制限がかけられていたらどうだろうか。逃げようとしても確率で逃げ切れず、連続攻撃でたたみ掛けようとしても、『お前の番じゃないから』と体が動かない。
これがまだMMORPG的な制限だったらマシだったかもしれない。だが、キヨカが挑む世界は最悪なことにターン制コマンドバトルの世界。
キヨカが攻撃することすなわち、相手の攻撃を必ず受けることになるのだ。
そして敵の攻撃による数値上では無い実際のダメージが、あまりにも大きかった。
そらとびねずみの一撃を受けたキヨカは左腕と脇腹の痛みに顔を顰め、足はプルプルと震え、立っているのもやっとの様子だった。
「そんな……これだけのダメージでもこんなに痛がるなら、この先一体……」
「レオナちゃん?」
323だったHPが、290に減っている。
あの一撃で33のダメージ。
たったそれだけのダメージで、キヨカはとても苦しんでいる。それなら100、200と減った時、キヨカの体はどうなっているのか……
その事実をレオナはキヨカに伝えることが出来なかった。
痛みをこらえて邪気の森の奥深くを目指して進むキヨカ。
敵の数が増え、被弾する回数が増え、HPが大きく減って行くが、弱音を吐かず突き進むキヨカを、レオナは祈りながら見守る事しか出来なかった。
キヨカのHPが減り、100を切る。
ふと、レオナは気付いた。
今のペースでこのまま進んで次に複数の敵と出会ったら、HPがゼロになるのではないか。そうなったらキヨカは一体どうなってしまうのか、と。
「キヨちゃん!このままじゃHPが無くなっちゃうよ!」
だがこのアドバイスをキヨカはスルーした。
「キヨちゃん!聞いて!HPが無くなっちゃうからポーション飲んで!」
まるでキヨカの言葉が聞こえてないようだ。
「(なんでっ……サポートできるんじゃなかったの!?)」
焦るレオナ。このままでは親友がまた死んでしまう。でも自分には伝えることしか出来ないのだ。
「キヨちゃん、ポーションを使って!」
「……うん」
ここでようやくキヨカにレオナの言葉が伝わり、辛うじて敵と出会う前に回復してもらうことができた。
その後、レオナが色々と試した結果、ゲーム的な説明は伝わらないことが判明する。言い回しを回避すればキヨカをサポートすることが分かったが、ここで困ったことがある。
レオナはゲームはやるが、みんなで一緒に遊ぶパーティーゲームが多く、ロールプレイングゲームに関する知識が乏しかった。キヨカも同じで、何も知らないのは辛いはず。そのため、ゲーム世界への異世界転生モノを調べ、サポートできるように色々と情報を集めていた。
でも現実は予想外のターン制コマンドバトル。そのタイプのゲームを知らないレオナは、ほとんどサポートが出来ないと分かり焦っていた。
「そうだ、誰かに教えてもらわないとっ!」
適当に探した掲示板に、自分がレオナだと明かして協力を依頼する。どうにか信じてもらえたレオナは、スレの住人から得た情報を元に、キヨカに指示を出す。
「この先に進む前に、少し戻ってもう少しだけ邪獣との戦いに慣れない?」
「どうして?」
「えっと……その……多分その方が良いから!」
移動中にキヨカのステータスが見られて、そこには次のレベルが上がるまでの経験値が記されていることを掲示板の住人に教えてもらった。そして、もう少しでレベルが上がるため、上げておくべきだという意見を参考にした。
この世界ではレベルが上がってもパラメータは伸びない。実際、すでに道中でレベルが2に上がったが、何もステータスに変化はなかった。個人の能力は邪獣が落とすブルークリスタルを使って上昇させるのだが、キヨカはまだそれが出来るようになっていない。
ただ、掲示板ではレベルが上がれば技を覚えるのではないかという予想があり、それが当たった。
そしてボス戦。
これこそが、世界中がキヨカの立場を見直さざるを得ない出来事になった。
ここまでは、まだキヨカの戦いを軽く見ている人が多かった。
確かにこれまで敵から攻撃を受けるキヨカの姿は辛く苦しそうだ。だけどその苦しみを真に理解する気が起きなかったのだ。
自分たちは苦しんでいて、キヨカは楽しんでいる。
一旦こう思ってしまったがゆえに、その間違いを認めることは簡単には出来ないからだ。ここでキヨカが自分たちよりも辛いだなんて思ったら、これまでの自分が愚かだったと認めざるを得ない。そして愚かな人間は灰になる。自分が灰化の対象であるなど、考えたくも無かった。
ゆえに、自分の都合の良いように置き換えられる。
ゲーム的な補正がかかっていて実は大して痛くないだろう。
HPという形で命が保証されているのだからまだマシだ。
この程度なら灰化に怯える自分たちの方が辛い。
だが、そんな逃げ道は、邪獣の攻撃で潰される。
尋常ではない距離を吹き飛ばされ地面をバウンドし、頭から血を流す。
骨が見える程、足の肉がえぐれてしまう。
キヨカの表情からは、それがもたらす激痛が現実のものと変わりないのだということを物語っている。
ゲーム的な痛みの軽減などない。
HPは命の保証などでは無く、死亡へのカウントダウン。
灰化よりも死闘の方がマシだなんて言えない。
この惨状を見て、自分たちの方がまだマシだ、などと考える人は消え去った。キヨカがある意味自分達よりも辛い使命を強制的に背負わされているのだと、理解させられてしまった。
もちろん、レオナにとってはそんな世界中の人々の葛藤などどうでも良いことだ。
目の前で親友が壮絶な死闘を繰り広げているが、目を背けたくなるような惨状から、彼女は目を逸らさなかった。涙で画面が見えないことも無い。
キヨカはゲーム的な数値を見ることができない。
一撃でどれだけのダメージを喰らって、後何発耐えられるのか正確な予測が出来ないのだ。それをフォローできるのはレオナだけ。ここで悲しみに打ちのめされて行動しなかったら、親友が死んでしまう。
そんなことは、何よりも自分が許せない。
レオナは、愚かでは無い強い心を持っていた。
「ポーション使って回復して!」
「まだ……耐えられる!」
「ダメ!相手が連続で攻撃してこないとは限らないから!」
キヨカが持っているポーションは特別製だ。
スールポーション。
スール村独自の製法で作られたポーション。最大HPの八割を回復する。
このポーションが特別性であるということや、具体的なポーションの効果は地球側でしか分からない。レオナは掲示板の住民の力を借りて、最適なタイミングでポーションを使うよう指示を出す。
「(そろそろWPが枯渇するっ……まだ倒せないの!)」
キヨカが『はじまりの技:断』を使うたびに減少するWPがついに0になる。
ポーションも使い切った。
ここに来て初めて親友の顔に浮かんだ死の気配。
どれだけ苦しくても果敢に立ち向かっていたキヨカの心が、折れかけていた。
その姿を見て、レオナの脳裏に、葬式での、通夜での想いが蘇る。
冷静にサポートする気力が途切れ、思わず感情のままに叫んでしまう。
「……キヨちゃんっ……死んじゃやだぁっ!」
「レ……オナ……ちゃ」
「もうあんな思いをするのはやだよぉっ!」
「……!!」
そして、この叫びこそが最高のサポートとなり、キヨカは邪獣を打ち倒した。
「キヨちゃん!」
「ぶいっ!」
笑顔を浮かべながら地面に倒れるキヨカの姿を見て、レオナは堪えていた涙を流す。
物語の始まりの刻だ。
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