83.一番信用しているもの

 精霊がここまで興味を示していることも理由の一つだけど、何よりエイムがどんな戦いをするのか、純粋に気になる。あの試験では後衛同士で組み合わせられたみたいだし、あの戦い方は本来の戦法ではないはず。



(どうみても後衛の練度じゃなかったけど)



 私を除けば、近接戦闘でレベルはあの中でトップクラスだった。私が森の中で研鑽を積んだように、彼もどこか過酷な環境で生きていたのかもしれない。



「───」

「うん、お願い」



 精霊も快く承諾してくれた。多分こっそり見ることになるだろうけど……まいっか、多分怒らないでしょ。





♢ ♢ ♢



「───」

「うん?どうしたの?」



 突然精霊が止まって欲しいとこちらにメッセージを送り出した。これは、



(精霊が、怯えてる)



 それ自体は別に珍しいことじゃない。精霊は基本的に臆病な存在、人の多いところとか、生物の死が色濃く残った場所でも怯えたような反応を示す。でも、これはちょっと普通じゃない。



「……仕方ないか」



送眼ストレン

 使用者の視覚を遠く離れた位置に転送する。



 目を瞑り、恐らくエイムがいる方向に視覚を移動させる。スキルの有効範囲的には微妙な所だけど……いた。



(……何これ)



 目の前に見えるのは、死体の大地。おびただしい数のゴブリンの死体が、エイムともう一人の女性?の周りに転がっている。



(これを、たった二人で?)



 周りにそれ以外の二人は見えないし、人間の死体も見当たらない。普通じゃないとはなんとなく思ってたけど、ここまでとは思ってなかったな。この惨状なら精霊がここまで怯えるのも頷ける、これは私でもちょっとツライ。



(……あ)



 女性がすごいスピードでエイムに抱き着いていった。これは見ない方が良かったかもしれない。


 二人はそれから何やら言葉を交わしているようだけど、『送眼ストレン』はあくまで視覚を移動させるスキル。会話の内容までは聞き取れない。



「……よし」



 一旦『送眼ストレン』を解除して視覚を自分の体に戻し、今度は別のスキルを起動させる。



送耳ストロン

 使用者の聴覚を遠く離れた位置に転送する。



 もしこれが同時に使えたらなぁ、と何度思ったか分からないスキル。残念ながらこのスキルはどちらもかなりの集中力を要するから絶対に併用は無理。できる人は多分脳が二つある。



 『送耳ストロン』は『送眼ストレン』と違って、場所の指定が中々難しい。普通に移動させても聞こえるのは精々風の音だからね。でも、長年このスキルを使ってきた私なら。



『────そう』



(捉えた)



 思ってた場所とちょっと違ったから、多分だけどさっきの場所から移動してると思う。



『ふーん、【死神リーパー】ねぇ』

『どういう扱いを受けるか分からなかったからな。それが分かるまでは話さないでおこうと思ってたんだ』



(死神……あの『勇者の冒険』の?)



 あの物語なら私の里にも置いてあった、子供の頃は寝る前によく読んでもらっていた気がする。百年くらい前の話だから記憶は曖昧だけど。


 あの勇者でさえ敗れ、最終的に神々によって倒された最悪の存在。それがエイム?いやでも、今の声色からして相手の女性が怯えた様子はない。



(それに……)



 言葉を交わした時間は本当に僅かだけど、その会話からしてもエイムがそんな存在だとは到底思えない。確かにちょっと口調は強かったけれど、言葉の端々から彼自身の人柄が滲み出ていた。



『ま、私も協力するし、うまくやっていきましょ。もしバレちゃったときは……』

『ときは?』

『……どこかに逃げましょう。こうなった世界なら、人の住んでいない場所なんてたくさんあるでしょ』



 やっぱり、この人もエイムのことは信用してるみたい。もしエイムがあの話通りの存在なら、世界を敵に回すような行為なのに。



(……ん、決めた)



 そのままスキルを解除して、私はその場を去った。






♢ ♢ ♢



──side Aim──



「……」



 これは完全に俺のミスだな。これだけ様々なスキルがあるんだ、諜報系のスキルが存在するのも想定しておくべきだった。



「エイムが警戒するのも納得できる。だけど、私はエイムのことを信用してる。エイムはそんな存在じゃないって。だから私のことも信用してほしい」

「……何故そこまで信じられる。また精霊か?」

「ううん、違うよ。これは私の勘」

「……今度は冗談じゃなさそうだな」

「ん。でもエイムなら理解できるんじゃない?直感の重要性」



 ……確かに。迷宮でも直感のお陰で命を助けられた場面は少なくない。



「明確な根拠があるわけじゃない。でもこれは、私が生きてきた中で一番信用しているもの。だからここに来た時も、一度は引き返した」

「……」

「お願い、私を信用して」

「…三円エイム」



 シルヴィアが心配そうに俺とリーゼを交互に見つめる。



「……はぁ、分かったよ」



 俺はラルをホルスターへと戻す。シルヴィアは安堵の息を吐くが、残念ながら俺の行動はこれで終わりじゃない。俺はリーゼの額に向かって──



──パチンッ



「いたっ」

「分かったけど、盗み聞きを許す気はないからな」



一撃デコピンを放った。



「……私もいいかしら?空気を読んで黙っていたけれど、エイムに抱き着いた瞬間を見られたのはちょっと許せないのだけど」

「……そんなシーンあった?」

「いいんじゃないか?俺の貧弱なデコピンじゃ、痛くも痒くもないみたいだし」



 こうして、リーゼの額が少し赤くなった状態で、巨大樹の攻略は始まった。

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