76.ダークエルフの里へ 後編

 鬱葱と生い茂る草木、その高い木々達を見ていると、森というよりはジャングルという表現の方が近しいように思えてくる。そしてその背の高い木々を優に超える…



「あれが……魔獣だってのか?」

「……ん」



 まるで森全体を覆い隠す傘のように木々の頭上にそびえ立つ、巨大という言葉でも足りないのではとさえ思ってしまうような大木。呆れるくらい太い枝は、その気になれば家の一件でも建てられそうなサイズ感で、木の上に一つの街、下手をすれば小国が作れそうだ。確かにあのサイズなら、中に迷宮が入っているというのも頷ける。



「デカイなんてレベルじゃないぞ」

「あいつのせいで、森の木々も少しずつだけど元気を無くし始めてる」



 確かに、あんな巨大な大木に覆いかぶされちゃ、太陽光を浴びることなんてできやしない。森の中心部は死に始めていそうだな。



「……ここから先は私から離れないようにして。迷いやすいのは勿論だけど、警戒に出てる里の人もピリついてるから、ちょっと攻撃的になってる」

「了解だ」



 こんな非常識な状況下だ、誰であってもそういう状態になるだろう。


 木の根がこれでもか主張していて、さらに視界もかなり遮られているため足元の状況は最悪のはずなんだが、キーペはなんの弊害にも感じてないかのようにスルスルと進んでいく。こんなに跳ねているのに、上に乗っている俺達はほとんど揺れを感じていない。迷宮で何度も思ったことだが、スキルってのは不思議なもんだな。



「……だめね」

「ん?どうした?」

「『気配察知』で辺りを探ろうとしたんだけど、反応してる数が多すぎて把握しきれないわ。多分、そこかしこに小動物が潜んでいるのでしょうね。本当に小さい虫なんかは、かなり意識しないと反応しないし」

「へぇ……」



 言われてみれば、こんな深い森は生命の宝庫だよな。俺も迷宮で気配や敵意というものには相当敏感になったと自負しているが、流石にスキルには敵わないか。



「……」



 改めて考えてみると、この「スキル」というものの正体はよく分からない。職業に就いた後、自身の成長に合わせて取得されるもの、ということは分かるが、逆を言えばそれ以外は謎に包まれているということだ。取得時に流れる謎のアナウンスも、誰の声なんだって話だし。



(確か図書館の資料だと、神の声だとか書いてあったよな)



 だがあれは、実態の分からないものを「神」という不確定で漠然としたものに置き換えているだけだと思う。まさかアナウンスしている人物が、自身が神であることを公言したわけでもないだろうしな。


 それに、この世界ではその「神」すら職業の一種となっている可能性すらある。なんせ【死神リーパー】も立派な神だからな。ちょっと他の神とは毛色が違うかもしれないが。



「……PIPI!PIPI!」

「そう。一旦降りて」

「どうした?」



 森に入ってからは静観を保っていたキーペが、何かに気付いた様子で慌てだし、それをリーゼに伝えたようだ。ひとまず言われた通り、キーペから飛び降りる。



「魔獣。キーペが近づいても逃げないってことは、多分フォレシャスタイガー」

「フォレシャスタイガー……確か、森林に棲息するとんでもなく獰猛な虎よね?」

「ん。相手がどれだけ格上でも、一度は襲い掛かってくる。『威圧』も効かないよ」

「マジか」



 誤ってキーペが怯えても困ると思い、道中での使用は控えていた『死圧』。『威圧』とは今の所違いが感じられないスキルだが、もしかしたら『威圧』の効かない相手にも通じる、みたいな効果があるのかもな。少し試してみたい。



「流石に人が乗っている状況だとキーペも攻撃を避けにくいからね。ここは任せて」



 ……と思ったが、リーゼが妙にやる気だ。もう準備運動を始めてるし。



「シルヴィに実力を見せるいい機会」



 なるほど、確かにここまでの道中は、キーペのお陰で一度も戦闘をしていない。だからシルヴィアにとって、リーゼの実力は俺からの話でしか知れていないということになる。俺との戦闘もかなり手加減していたようだし、俺も少し気になるところだな。



「そういうことなら、私も参加しましょうか?」

「いや、シルヴィは次の機会にお願い」

「了解よ」



「……来るぞ!」



 危機察知に反応が出るとほぼ同時に、木々の上から黒い大きな影が飛び出して来た。俺達三人+一匹は、それぞれの方向に散るようにそれを躱す。


 影は最初一番体の大きなキーペに狙いを付けたようだが、その狙いは、まるで強引に顔の向きを変えられたかのような動きをしながらリーゼへと変わる。



(多分、『挑発』だよな)



 【魔術師マジシャン】系統の職業が取得しているとは珍しい。もしかしたら厳密には【精霊術師ソーサラー】は【魔術師】系統ではないのかもな。



「GARURURU……」



 一旦動きを止めてその姿を現したのは、キーペと同じくらいのサイズの虎。目はギラギラと血走り、口からはダラダラと涎を垂らしている。元々虎には恐ろしいイメージがあるが、目の前の魔獣にはそれを超える迫力があるな。『挑発』により意識はリーゼへと集中しているため、今なら余裕で殺せそうだが、今回は大人しくしておくか。



「おいで」

「GARUAA!!」



 こうして、フォレシャスタイガーとリーゼの戦闘が始まった。

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