75.ダークエルフの里へ 前編

翌日。



「こっち、ついてきて」



 現在俺達二人専属の受付となっている由美子さんにしばらく街を留守にする旨を告げ、街を出て郊外までやってきた。


 なんでもリーゼの住むダークエルフの里は、ここから徒歩となると二週間程かかってしまうらしい。流石にそんな時間をかけてると向こうの被害が広がりそうだし、俺達も現状の懐事情から考えるとそこまで軍の任務を放置するわけにもいかない。


 どうしようかと頭を悩ませていたが、どうやらリーゼの方で移動手段を用意しているとのことなので、今は言われるがままに付いて行っている最中だ。



「……出ておいで、キーペ」

「PIPI?」

「元気してた?」

「PI!」



 背の高い草むらから姿を現したのは、カミラの迷宮に出てきてもおかしくない程巨大な体躯を持つ鹿、パッと見ガイさんの魔力駆動車と同じくらいのサイズ感だ。


 鹿と聞くと草食で大人しいイメージを抱きがちだが、二本の立派なツノとボコボコと筋肉質であることを象徴している強靭な足を見て、そんなイメージを持つ者は誰一人として存在しないだろう。



「紹介するね、フォートディアのキーペ。彼女に乗ってここまで来たんだ」

「メスなのか……えーと、よろしくな」

「よろしく」

「PIPI!」



 調教した魔獣がいることは知っていたが、間近で魔獣をまじまじと見つめる機会なんてなかったから少し警戒してしまうな。あの足で蹴られでもしたらひとたまりもないだろうし、しばらく『危機察知』を解除するのは無理そうだ。


 どうやら簡単な言葉ならしっかりと理解しているらしく、キーペは元気な声で挨拶を返してくれた。鹿の鳴き声って聞いたことが無いんだが、普通の鹿もあんな感じで鳴くのかな。



「三人だと流石に窮屈かもしれないけど、歩くよりましでしょ?」

「それはそうだけど……この子に負担がかからない?」

「PIPIー!」

「大丈夫だって。全身金属鎧の人とかは結構嫌がるけど、二人は問題ないみたい」



 良かった。とはいえ、全身鎧を嫌がるってことは重い人はやっぱきついんだな。俺は布製のローブだし、シルヴィアもスピードを生かすスタイルのため防具に使われている金属は最低限だ。お互い紙装甲なのが幸いしたな、ガイさんとかならアウトだろう。あの人は自前の移動手段があるから、そんなことを気にする必要はないだろうけど。



「じゃ、私の後ろに乗って」

「……シルヴィアが真ん中で頼む」

「ま、そうなるわよね」



 もしかしたらリーゼは気にしないかもしれないが、流石にまだ知り合って間もない女性の腰に手を回すのは気が引ける。いや、シルヴィア相手でも多少はそうなんだけどな、リーゼよりかは幾らかましだ。



「変なとこ触らないでよ」

「分かってる」



 だけど緊急時は勘弁してほしい。



「……じゃ、行くよ。しっかり掴まってて」

「りょうか……うお!?」

「きゃ!?」



 は、速い……!


 目立たないように、整備された道ではなく少し外れた悪路を進んでいるはずなんだが、キーペはそれを意にも介さずズンズンと先を走る。体感だとラピッドボアと同等かそれ以上のスピードだ。



「休憩を考えても、多分2日あれば着くと思う」

「あ、歩いて二週間の距離を2日か……」

「この速さなら納得ね」



 まるで景色の方が前方からコマ送りで後ろに流れているかのようなスピード感だが、不思議と揺れは少ない。馬に乗る初心者は舌を噛まないように注意しないといけないとどこかで聞いた気がするが、今の所その心配は無さそうだ。



「フォートディアは、『悪路走行』っていう種族スキルがある」

「……どんなスキルだ?」

「言葉通り、今見たいな悪路でスムーズに走行できるスキルよ。これのお陰で体の上に乗せた餌なんかを落とさず巣まで持ち帰れるし、上に誰か乗っていてもその人は揺れをほとんど感じずに済むってわけね」

「へぇ……すげぇんだな」

「PIPI!!」



 三人を乗せているにもかかわらず、余裕の声をあげるフォートディアのキーペ。恐らくダークエルフの里がある森に棲息する魔獣だろうし、深い森の中では今以上に有効なスキルなんだろうな。もし天敵が近づいてきても、この脚力と合わせて素早く逃げることが出来そうだ……コイツに天敵がいるのか知らないけど。



「これ、多分他の魔獣も追いつけないよな」

「そうね。仮に追いつけるような速度を持つ魔獣でも、わざわざ襲いに来るような好戦的な魔獣はこの辺りには棲息していなかったはずよ、マーティンに来るときも快適だったんじゃない?」

「ん、魔獣に襲われることは一度もなかったよ」



 今日のために色々と昨日のうちに用意を進めていたんだが、どうやらその半分以上は無駄になりそうだ。まぁ、とんでもなく移動が楽になっているんだから喜ぶべきなんだけどな。


 途中にキーペの休憩を挟みつつも、とんでもないスピードで道なき道を進んでゆく。




 そして、さらに翌日。



「──着いたよ、ここが私達の住む森」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る