41.アイナとシルヴィア 中編

「これが今回の報酬ね」

「また結構溜まってきたね~」



 念願のマイホームを手に入れてから約一か月、家とその他家具の購入によって一時期深刻な資金不足になっていたけど、それも大分解消されてきたわ。


 以前の日本にはローン?とかいう借金制度があったみたいだけど、今のこの世の中にそんな大量の資金を貸してくれる人間なんて存在しない。王都の貴族や王族なら今も大量の資金を抱えていそうだけど、そんな人たちとコンタクトをとる手段は……ないわけじゃないけど、できれば遠慮したいところね。


 それで今ではどの街でも、家なんかの高額品は一括での購入が主流になりつつある。そのせいで家の購入は日本より敷居が高いみたいだけど、基本的には宿暮らしでも不便しないから、あまり問題にはなっていないみたい。



「今日はどうする?まだ時間も早いし、もう一件受けとく?」

「そうね……今日は止めておきましょう。明日から遠征任務だったでしょ?明日に疲労を溜めるのは良くないわ」

「あ~、そうだったっけ。じゃ、帰ろっか」



 明日からは一週間の遠征任務だ。私もアイナも経験はあるけど、二人だけでの遠征は始めてだから、なるべくコンディションは万全にしておきたい。


 帰り道の途中で、明日の遠征のための物資を買い込む。食料なんかは軍の方から支給してもらうこともできたけど、正直言って食欲が失せるほどの味なので丁重にお断りしておいた。多分軍の食料担当は味覚が死んでると思うわ。


 しばらく任務に追われる生活が続いていたから、昼間に仕事を終えるのは久しぶりね。



「おい、あいつ……」

「あ?あ〜あいつか。まーた日本人を連れてるよ」

「今回は随分長生きしてるじゃねーの」

「あの女、意外と逸材なんじゃねぇか?」

「勧誘するか?」

「流石にかわいそうだろ笑」

「それもそうだな!ははっ!!」



 昼間から暇してる同業者からの、遠慮のない罵倒が耳に届く。暇なら仕事すればいいのに。最近は減っていたけど、まだ懲りてない奴もいるみたいね。私にも非がないわけじゃないから反論できないけど。



「……シルヴィ、早くかーえろ!」

「ええ、そうね」



 気分が沈んだ私を知ってか知らずか、アイナはいつも以上に大きな声で先を急かす。こういう時のアイナの底なしの明るさは、私をいつも救ってくれる。



「……にしても、なんであいつはあんなに日本人ばっかと組むんだ?」

「そりゃお前、あの娘と自分から組もうなんて考える奴は日本人しかいねーだろ。俺はごめんだぞ、どんな目に遭うかわかったもんじゃねぇ」

「確かにな。それで”和人殺し”なんて異名なんて付けられて、あいつの人生お先真っ暗じゃね?そう思うとちょっとかわいそうだな」

「”和人殺し”は自業自得だろ」

「ガハハ!そりゃねぇぜお前!!」






♢ ♢ ♢






「ただいま~!」

「私達以外は誰もいないわよ」

「じゃ、シルヴィおかえり~!」



 なんでそうなるのかしら。この家に帰るようになってから一か月。ようやくこの玄関も見慣れたものになってきた。遠征の前に軽く掃除でもしておこうかしら……いや、帰ってからでいいわね。どうせ一週間いないんだし。



「……ねぇ」

「ん~?」

「アイナは知ってるの?私の”和人殺し”の噂」



 ”和人殺し”


 私はアイナの前にも、たくさんの日本人とパーティーを組んできた。だけどその誰もが、もうこの世にいない……私が死なせてしまったから。私が、見捨ててしまったから。


 その結果として、いつしか私は”和人殺し”なんて名前で呼ばれるようになってしまっていた。今では尾ひれがついて、日本人を肉壁にするだとか、近くの日本人が死ぬ呪いにかかってるだとか、噂がひどいことになっている。



「……勿論知ってるよ」

「!!」

「でも、あんな噂嘘だってことも、私は知ってるよ」



 アイナは私と向き合って、瞳を見つめたまま話を続ける。



「そもそも日本人を肉壁にするなら、私みたいな後衛職じゃなくて、前衛職の人を選ぶでしょ?それに呪いの話も嘘、私死んでないもん」

「……アイナにしては意外と合理的な理由ね」

「それすごいバカにしてない!?折角いいこと言ったのにさ~!」



 本気で残念がる様子を見せるアイナに、思わず笑みがこぼれてしまう。



「……まぁ、なんでそんな噂が付いた後でも私と組んだのかは分かんないけどさ」

「……」

「少なくとも私は知ってるよ。シルヴィが非力だった私のために、色々尽力してくれたことを。そして露頭に迷っていた私に差し伸べてくれた、この手の温もりを」

「……ありがとう、アイナ」

「ふふっ、どういたしまして。さ、こんな話は終わりにして、早くご飯食べようよ!私お腹空いちゃった」

「そうね、私もよ」



 この笑顔を守るために、私は戦い続けよう。



 私はこの時、そう誓った。誓ったはずだった。


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