39.家の違和感

「着いたわ、ここよ」

「へぇ……ここが」



 大体時間にして1時間弱。確かにガイさん達の家からは結構距離があるな、街の規模から考えればまだ近い方なんだろうけど。周囲は品の良さが感じ取れる彫刻が彩られた建物や街頭が立ち並び、俗物的に言ってしまうと地価が高そうな通りだ。なんとなく今まで歩いてきたどの地区よりも治安が良さそうに感じる。



「手、ありがとね。もう大丈夫よ」

「ああ」

「……ねぇ、あなたっていつもそんな感じなの?」

「……そんな感じとは?」



 どういうことだろうか、質問の内容が抽象的すぎて答えられない。



「それは、その。軽々しく女の子の手を握ったりとか」

「……軽々しく握ったつもりはないぞ」

「にしては急すぎたでしょ」

「そう言われてもな、そもそもそんな機会に巡り合った覚えがない。三年前も、そこまで仲のいい友人が多かったわけでもなかったし」



 女性の友人に限定すると、思い浮かぶのはなぎさくらいだ。あとは桜先輩辺りか?友人に括っていいのかは微妙なとこだけど。



「ふーん。ま、私はいいけど、相手は選びなさい。人によっては嫌がられるわよ」

「りょ、了解……それにしても、シルヴィアって一人暮らしだよな?」



 なんとなく居心地が悪くなってきたので、やや強引に話題転換を図る。


 当たり前のことだが、一人暮らしでもない限り自分の一存だけで人を、それもどこの馬の骨かもわからないような奴を家に呼んだりしないと思う。例えその人を恩人だと思っていたとしても。



「ええ、そうよ?」

「……でかくね?」



 では何故そんなことを聞いたのかというと、目の前の家がそうとは思えないサイズだったからだ。俺もまだ日本が平和だったころも男子高校生一人にはもったいなすぎるほどの家に住んでいたが、シルヴィアの家もそれに負けず劣らずな規模だ。多分ガイさん達の家よりデカイ。まぁあっちは車用のガレージがあるから、それを考えれば同じくらいかもしれないが。



「ま、ちょっと色々あってね。とりあえず入りましょうか」

「お、お邪魔します」

「なに硬くなってんのよ」

「そりゃなるだろ」



 人の家に泊まるとか何年振りかすら分からない。最後に俊の家に泊まったのいつだっけな……基本的に誰かの家で泊まるときは俺の家だった。まぁ俺は殆ど一人暮らしのようなものだったし、自然な流れだったと思う。



「ただいま~。これだけ長い間留守にすると、懐かしい気分になるわね」

「あの迷宮探索って、任務としては結構長い方なのか?」

「大規模な探索だとそれでもないかもしれないけれど、今回みたいな少数での探索だと長い部類に入るわね。今回の任務も本来は5日の予定だったのだけれど、一週間延びちゃったし」



 合計だと二週間弱の探索だったわけか。確かにそれだけの間家を離れれば、懐かしい気分にもなるかもしれない。流石に三年も離れればそんな感情通り越すだろうけど。


 リビングに入ると、やはり随分広々としている。温かみの感じられる照明や木製家具のお陰で、広い部屋特有の冷たさが感じられない。俺の元いた家とは大違いだ。



「適当にくつろいどいて、着替えてくるから」

「ああ」



 そう言われたので、ソファに腰掛けて部屋を見渡す。


 

(あれ……?)



 部屋を眺めていて、俺はある違和感に気付く。



(これ、やっぱり一人暮らしじゃなくないか?)



 ソファやらテーブルやら、あきらかにそれ以上、多分二人で暮らすことを想定しているようなサイズの家具ばかりだ。食卓のイスも二つあるし。客人用なのかもしれないが、それだと逆に一人分だけ用意するのは少ないように思う。


 少しこの違和感が気になった俺は、立ち上がってリビングを歩き回ってみる。家具なんかは日本とそこまで変わりはないように思う。流石にテレビはなかったが、代わりにラジオはあった。


 部屋を見回していると、あるものが俺の目に留まった。



「……写真か」



 棚の上には、数枚の写真が飾られていた。シルヴィアとたくさん人々の笑顔がそれらには写し出されており、中にはガイさんとカルティさんもいる。


 その中で、他より豪華な装飾の写真立てで飾られている写真が一枚。満面の笑みを浮かべるシルヴィアともう一人。



(日本人、だよな?)



 他にも日本人が写っている写真がないわけではないが、ツーショットの写真はこれだけだ。黒髪長髪の女性で、多分年齢もシルヴィアとそう変わりない。


 背中には弓を携えているから、多分【弓士アーチャー】みたいな職業だと思う。



「お待たせ……って」

「あ……その、すまん。ちょっと気になっちゃってな」



 その写真を見ながら色々と考え込んでいると、タイミング悪くシルヴィアが戻ってきてしまった。別に悪いことをしたわけではないが、気分は良くないと思うので一言謝罪する。



「別にいいわよ。エイムには話すつもりだったし」

「何をだ?」

「私の昔話、かな……聞いてもらえる?」

「……ああ、勿論」

「ありがと。じゃ、ちょっと長いから座りましょうか」



 真剣な表情で話すシルヴィアと、向かい合って座る。


 ふぅっ、と小さく息を吐いたシルヴィアは、それからぽつぽつと語り始めた。

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