37.身支度

「ちょ、ちょっとガイさん!どこへ行くんですか?ってか離してくださいよ!」



 一番最後の宿からガイさんに強引に連れ出され、かれこれ10分くらいは経っている。いい加減もう諦めもついたから離してほしい、なんか目立ってるし。



「まぁまぁ、もう着くからよ」

「突然どうしたんですかホントに……」

「……坊主、俺が昨日離したこと、覚えてるか?」



 ガイさんが今までのいつもの雰囲気を一転させ、真面目な雰囲気へと変わる。



「……シルヴィアの事ですか?」

「そうだ。他人との関わりを持つことを恐れていたお嬢が折角踏み出した一歩だ、この機会を無駄には出来ねぇ」

「俺を巻き込んでるんですけど」

「ガッハッハ!ま、どのみちこのままじゃ坊主もどうしようもなかっただろ?」



 それを言われては反論できない。確かにガイさんの言う通り、シルヴィアが名乗り出てくれなければ今日の寝床に困るところだった。



「坊主にも利益はあるんだ。まぁいいじゃねぇか。と、着いたぜ」

「ここ……ですか?」



 建物を見て一瞬言葉が止まってしまった。連れてこられたのはハサミとくしをクロスさせた看板の店……床屋?なんか外観が周りの建物より煌びやかで、高級感がすごい。



「おーす」

「お客様、申し訳ありませんが今日は既に……と、ガイ様でしたか」

「一々様付けなんて止めてくれよ、恥ずかしい」

「ガイ様はうちのお得意様ですから、そういうわけにも」



 ここの常連か何かか?……ガイさんと面識がない人、この街にいないんじゃないだろうか。



「こんな時間に悪いな」

「ガイ様なら構いませんが、本日はどのようなご用件で?まさか社交界にでも呼ばれましたか?」

「そんなわけあるか、コイツを頼みたいんだ」

「隣の彼を?これはこれは、また随分と……」



 この店のオーナーらしき人物は、俺を一瞥して表情を微妙なものに変える。なんとなく嫌そうな感じだ。



「そんな顔するなって。この坊主は三年間、カミラの迷宮で一人生きてたんだ。お前がみすぼらしい姿を見るのが心底嫌いなのは知ってるが、流石にそれはかわいそうだぜ」



 ……ああなるほど、そういうことか。確かに今の俺はみすぼらしいと言われても仕方ない見た目をしている。髪の毛は三年間伸び放題だし、服装もボロボロのローブ一枚だけだ。こんな店を営んでいるくらいだし、そういうとこには気になってしまう人なんだろう。



「……はい?まさか、生存者ですか?」

「そういうことだ」

「なるほど、まぁそれなら仕方ないですね」



 それでも「仕方ない」なのか。余程みすぼらしい姿を見るのが嫌らしい。何か嫌な過去でもあるんだろうか。



「話を戻すが、この坊主を任せてもいいか?今夜女の家に行くから、身綺麗にさせてやりたいんだよ」

「誤解を招きかねない発言はやめてもらっていいですか」



 絶対わざとやってるだろこの人。言ってる内容に間違いはないんだが、人聞きが悪すぎる。



「畏まりました、方向性は私が決めてしまっても?」

「ああ、頼んだぜ」

「えっと……俺、多分ここの料金払えるほど持ってないんですけど」



 相場はよく分からないが、日本の価値観だと銀貨10枚で足りるような店ではない気がする。



「今回は俺の貸しにしといてやる。軍に入って稼いだら返してくれればいいさ」

「……」



 親切を装っているが、俺を軍に入隊させるために、外堀を埋めに来ているに違いない。色々抜けていそうなのに、意外と抜け目のない人だ。まぁ、正直髪の毛は鬱陶しく感じていたし、折角料金も出してくれるというのだからここは大人しくしておこう。


 イスに座り、三年ぶりの散髪を体験する。前髪は邪魔で時々雑に切ったりしていたが、やっていたことと言えばそれくらいだ。



「ん?坊主、黒髪じゃなかったのか」

「へ?……ああ、この青いとこですか?」



 全然気にしていなかったが、確かに髪の毛がグチャグチャの状態だとわかりにくかったかもしれない。



「ほう、青髪ですか。これは珍しい」

「ああ、それにしても”青髪の銃士”か。とんだ偶然もあったもんだ」

「何かあるんですか?」



 何やら意味深な発言をするガイさん。何が偶然なんだ?



「坊主が囚われたカミラの迷宮はな、カミラっていう女性が最後を迎えたとされることからその名前が付けられたんだが……」

「そのカミラも君と同じく”青髪の銃士”だったのですよ。まぁ、彼女は髪の毛全てが青色で染まっていたらしいですが」

「へぇ……」



 確かにそれはすごい偶然だ。この街に来てから結構色々な髪色を見ているが、そういえば青色は一人も見ていない気がする。



「はい、こんな感じでいかがでしょうか。折角ですから、青髪も活かしてみました」

「……はやくないですか?」



 まだ十分も経っていないはずなんだが、完璧に仕上がっている。シャンプーやフェイスケアまでしてもらってこの速度、ここまで来ると怖い。



「ふふ、これでも一流の【理髪師バーバー】を自称していますから。このくらいはお手ものもですよ」



 一流とかそんな次元ではない気がするが、何か散髪のためのスキルでもあるのか?



「助かったぜ。じゃ、次に行くぞ!」

「へ、まだどこか……って、もう掴まなくていいですから!」

「あんまりお嬢たちを待たせるわけにもいかねぇからな、急ぐぜ」



 それからも俺は、しばらくの間ガイさんに連れ回され続け、終わってガイさん達の家に戻る頃にはヘトヘトになるのであった。





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