27.人の温もり

「それじゃ、せっかく狩ってきてくれたんだ。私が腕を振るわせてもらうよ。あんた、準備しとくから血抜きと解体を頼むよ」

「おう!」

「自分も手伝います」

「じゃ、私もカルティさんの方を手伝おうかしら」



 ゆっくりしといてもいいと言われたが、単純に血抜きの練習をしたいと言って納得してもらった。迷宮の中では見よう見まね、というかほとんど手探り状態で行っていたので、この機会にプロの知識を吸収しておきたい。


 といっても、どうやらこのラピッドボアに限って言えば首の頸動脈を切ればあとは適当な場所に吊るしておけばそれでいいらしい。首に関しては俺が仕留めるときに切断してしまったので後はもう吊るすだけだ。


 一見すると簡単に見えるが、それはこのラピッドボアが純粋な獣型だからだと言われた。中には異形とした表現できないような魔獣もいるから、そういうときは相応の知識と技術がいるらしい。



「ま、そういうのを一々考えるのはめんどくさいから、食料を現地で調達するときにはコイツみたいな純粋な獣型を狙うのが無難だな」

「なるほど」

「うし、血抜きはこんなもんにして、解体してくか」



 血抜きも程々に、次は解体の工程に移る。今までは適当な大きさに切るだけで、部位とか一切気にしていなかったからな。俺の浅い知識じゃ実際に見てもどの部分がどの部位とか全然分からなかったし。


 完全にガイさんに介護されながら、解体をしていく。多分、というか絶対全てをガイさんに任せた方が速かったと思うが、ガイさんは文句も言わず俺の解体練習に付き合ってくれた。



「……飲み込みがはやいな」

「そうですか?」

「ああ、以前に日本人に解体の指導をしたことがあるが、それはもう大変だったよ。血を見ただけで顔を青くしやがるし、一々死体に触るときにビビリやがるし」

「あはは……」



 日本に住んでいたら流れ出る大量の血を見る機会なんてそうないし、そんな反応をしてしまうのも理解できなくはない。俺の場合はもう慣れてるからな。もしこれが初めての解体だったら、俺もビビリながらやっていたかもしれない。



「おし、そっからは俺がやろう。次の工程からははちょっと初見だと厳しいからな」

「お願いします……すいません、付き合ってもらっちゃって」

「構わねーよ、この部分はまた今度な」

「……」



 また今度、か。本当に優しい人達だ。ガイさんもカルティさんも、それにシルヴィアも。迷宮で出会った人が、迷宮から出た場所で出会った人達がこの人達でも本当に良かったと思う。






♢ ♢ ♢






「できたよ、たんと召し上がりな」

「おう!うまそうだ!」

「いただきます」



 解体も完了し、そこからカルティさんとシルヴィアの女性陣にバトンタッチして調理してもらった。


 今日のディナーはラピッドボアのステーキにパンが一個。間違いなくこの三年間で一番豪華な食事だ。……そうか、パンを食べるのも三年ぶりなんだな、俺。


 あまりの懐かしさにパンを見ただけで涙が込み上げてきたが、流石にこの状況で泣き出すのは意味不明すぎるので堪える。


 合掌して、まずは一口。



 ──うまい。



 味付けは塩コショウだけの非常にシンプルなものだが、それがむしろ肉本来のおいしさを引き立てている。肉ってこんなにうまいものなんだな。三年間食っていたのに分からなかったよ。


 中毒の危険性があるからか、肉にはしっかりと火が通されていたが、それなのにもかかわらず肉は非常に柔らかい。これはカルティさんの腕がいいからか、それともラピッドボアの肉が特別なのか。多分前者だろう、ガイさんの反応は俺ほど驚いていないし。



「うまい!!」

「やっぱりこの味には敵いませんね」

「シルヴィアちゃんもこのくらいならすぐさ……どうだい、エイムの舌にはあったかい?」

「ええ、とっても。思わず言葉を失ってしまいましたよ」

「あっはっは!エイムは褒め上手だねぇ、ステーキはおかわりもあるから、思う存分食べると良い」



 その言葉を皮切りに、大量に焼かれたステーキの山はみるみる高さを低くしていった。ガイさんは体格から考えてその食欲は理解できるんだが……。



「……何よ」

「いや?」



 シルヴィアも負けず劣らずの食欲だ。一体その華奢な体のどこにそれだけの量の肉が入るんだろうか。不思議だ。



「「「ごちそうさまでした」」」

「はいよ、お粗末様」



 どうやらいただきますとごちそうさまの文化はシルヴィア達の国にもあったらしい。正確にはちょっと違ったらしいが、こっちの方が簡単だから真似しているそうだ。


 食後はカルティさんがお茶を出してくれた。ちょっと濃いと思ったが、多分俺の舌が麻痺しているだけだと思う。水しか飲んでなかったし。


 焚火を囲みながら、しばし他愛な話に興ずる。


「坊主、なんか俺達について聞きたいこととかあるか?」

「聞きたいこと、ですか?」

「そうだ。車の中で坊主のことは色々と教えてもらったが、俺達のことはほとんど話してないからな」

「シルヴィアちゃんとは多少話したと思うけど、私達もエイムと仲良くなりたいからねぇ、なんでも聞いておくれよ」



 なるほど。親睦を深めるために、お互いのことを知ろうって感じか。



「じゃあ、みんなの職業を教えてもらえませんか?」

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