引きこもりニート桃太郎

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

桃(から生まれて中で死ぬまで過ごしたい)太郎

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいたことくらい皆さんご存知でしょうから細かいところはカッ飛ばしますね。

 ドンブラコッコ、スッコッコと流れてきたちょっと引くくらいにクソデカい桃を、おばあさんは背負って帰りました。桃はあまりに重く、家に着いたおばあさんはばったりと倒れてしまいました。

「おばあさん! 何もこんなになるまで桃なんぞ持って帰らなくても」

「おじいさんに、どうしても食べてもらいたくてねえ……」

 おじいさんは急いでナタを持ち出し、桃を切ろうとしました。しかし、ひとりでに桃がぱっくりと開いたのです。

「あぶねえだろ! 殺す気か!」

 それだけ言うと、また桃は閉じてしまいました。

 もう皆さんご存知でしょうが、桃の中には桃太郎がおりました。しかし、この桃の中は空調設備、ネット環境、もろもろすべてを完備しており、おうち時間を過ごすにはぴったりだったのです。しかしあまりにも快適すぎたせいで、桃太郎は桃の外に出る気を失っていました。

「あれだろ、これから俺に団子だけ持たせて鬼退治に行かせるんだろ? ググったからもう知ってんだよ! 悪いけどお断りだね。俺に鬼退治してほしけりゃこのまま運びな。鬼ヶ島に着くまでは絶対に開けんじゃねえぞ。俺はソシャゲの周回とかガチマッチで忙しいんだからな!」

 鬼ヶ島。おじいさんはその言葉を聞いて思い出しました。遠く離れた鬼ヶ島には、鬼どもが集めた金銀財宝が眠っていると。

「うちには、倒れたおばあさんを医者に診せてやれるほどの金も無い。ならば……」

 おじいさんは桃を背負って立ち上がりました。桃太郎を鬼ヶ島へと運ぶ覚悟を決めたのです。




 そうして旅に出て数日が経ったころ。おじいさんは疲労困憊で倒れてしまいました。まだ猿や雉どころか犬とも出会っていません。

「お、おい大丈夫か爺さん。あんま無茶すんなよ」

 連日連夜おじいさんに桃を担がせた桃太郎も、これには流石に心配してしまいます。

「辛いんなら桃を少しだけかじってみな。俺は毎日食べてるけど、飽きないくらい美味いぜ。食って休めば疲れも取れるだろ」

 言われるがまま、おじいさんは桃をひとかじりしました。すると、枯れ木のようだったおじいさんの身体がたちまちふくれあがり、肌ツヤがよみがえったのです。というのも、この桃には原作通り若返りの効果があったのでした。詳しくは「回春型」で検索してくださいね。

 若返ったおじいさんは、筋骨隆々で毛むくじゃらの大男と化していました。

「ハッハー! オレ様最強ォォオオオ!」

「爺さん、なんかキャラ変わってね? っていうか俺じゃなくて爺さんが鬼退治行けばよくね? こんなん俺より絶対強いだろ」

 皆さんご存知でしょうから説明するようなことでもないとは思いますが、おじいさんは蒙古襲来の際に神風を吹かせた張本人であり、自らも元寇と戦った鎌倉武士だったのです。

「クソが、オレ様がなんで桃なんざ担いでんだ? こんなもん、こうすりゃ一発だろうが!」

 なんと、おじいさんは桃を鬼ヶ島までぶん投げてしまいました。風の力に乗った桃は音速を超え、あっという間に鬼ヶ島へ到着。そしてそのまま、鬼の頭領の頭にクリーンヒットしました。

「お頭ぁぁぁ!?」

 鬼たちは慌てふためきました。しかしもっとも慌てていたのは他ならぬ桃太郎でしょう。桃の中は激しいGがかかっており、桃太郎は泡を吹いて気を失っていたのです。




 桃太郎が目を覚ますと、すぐさま異変に気付きました。ちなみに桃はマジックミラーと同じような原理でできているため、内側から外の様子を見ることができるのです。

「救世主だ!」「桃の神様だ!」「桃神さまばんざい!」

 鬼たちは、こぞって桃を崇め奉っていました。というのも、鬼たちはみな頭領の敷いた恐怖政治におびえていたのです。金銀財宝を奪い、人々に乱暴を働いていたのも、すべて頭領の指示によるものでした。しかし突如として飛来した桃により頭領は即死し、鬼たちは支配から開放されたのです。

「えーっと。超展開過ぎて頭が追いついてねえんだけど……。つまり、俺はまだまだ引きこもったままでいいってことか?」

「桃神さま! 貴方は私達の救い主であらせられる! どうぞこのまま、永久にこの地でお過ごしなさいませ!」

 桃太郎は鬼たちの言葉に気を良くし、このまま鬼ヶ島に定住することを決めました。




 そうして十年以上の時が流れました。

 桃太郎はあいも変わらず、桃の中でおうち時間を満喫しています。鬼たちも争うことなく、のんびりと毎日を過ごしていました。

 しかし、異変とは何の前触れもなく訪れるのが常というもの。

 鬼ヶ島に、クレオパトラが現れたのです。

「父と母より、この地に不老長寿の秘薬があると聞きました。さあ、早くお出しなさいな」

 このような常識を皆さんに説明するのは逆に失礼かとは思いますが、念のためにお伝えしましょう。クレオパトラの両親とはおじいさんとおばあさんのことです。神風を吹かせ鎌倉武士として戦ったおじいさんですが、若かりし頃はバルカン半島に住んでいました。そこではボレアスという名の風神として名を馳せており、なんやかんやあっておばあさんを壁ドンして即結婚、後にクレオパトラーという娘を授かったのです。詳しくはウィキペディアを読んでくださいね。

「あれ、でもクレオパトラって確か紀元前の人だろ。爺さんは鎌倉武士だったんだから時代にズレが」「おだまりなさい! 私がクレオパトラと言っているのだからクレオパトラなのです!」

 おじいさんの娘ということは、若く見積もっても四十代。歳のせいでイライラが募ってしまいがちなのです。

「久々に実家へ帰ってみれば、父と母が若返っていて何事かと思いましたよ。何でも、その桃をかじって食べたら全盛期の力がよみがえったというお話でしたね。床に臥せっていた母も、桃の欠片を一口食べただけでかつての美貌を取り戻したというのだから驚きです」

 クレオパトラはずんずんと桃の方へと近づいて行きました。

「さあ、一口食べさせてちょうだい」

「や、やめろ!」

「あら、どうしてかしら。これだけ大きな桃なのだから、少しくらい分けてくれたってバチは当たらないでしょう?」

 しかし、桃太郎はひとかじりもさせられない理由がありました。実はこの桃、中身がほとんどスカスカになっていたのです。桃太郎が長年に渡って内部から桃の果実を食べていた結果、今ではどこをかじられても中身が貫通してしまうほどのハリボテ状態でした。

 ひとたび桃が貫通してしまえば、外からの光を浴びる羽目になってしまう。引きこもりニート桃太郎としては死活問題なのです。

「嫌と言っても無理やり食べますけどねっ!」

 クレオパトラは桃に爪を突き立てようとしました。しかし、傷一つ付きません。

「痛いわね! どういうこと!?」

 有事の際に限り、桃は青生生魂と同じ強度を持つように設計されているのです。青生生魂の読み方とか設定くらい皆さんご存知でしょうから説明は省きますね。

「危なかった……。しかし、これで一安心だな」

 その後もクレオパトラは幾度も桃をかじろうとしましたが叶わず、その日はすごすごと帰っていきました。


「今日こそ、貴方の桃をいただきに参りましたわ」

「諦めの悪い奴だな。歳の割には美人なんだからそれで満足したらどうだ?」

「実家に帰ったら私よりも若くてキレイな母親が居るのよ!? 諦められるもんですか!」

 やれやれと桃太郎は首を振りました。

 クレオパトラが来るようになって三年は経ちました。もはや腐れ縁といってもいい仲です。

「けれど、今回は父からいい話を聞きました。父親が出演したイソップ童話にならって、今回はアプローチを変えてみますわ」

 クレオパトラは、桃の中の桃太郎に向かって、そっとつぶやきました。

「貴方が言うところの『年の割には美人』な私が、桃を食べて若返ったらどれだけ美しくなるか、お分かりかしら?」

「……ふむ」

 まんざらでもない様子の桃太郎。

「私が桃をかじって風穴が空いてしまっても。私が貴方の心の隙間を埋めてあげます」

「……そっか、ありがとう」

 クレオパトラは軽く頬を染めていました。いつからでしょうか、二人は恋仲となっていたのです。


 こうして、桃をかじったクレオパトラは絶世の美女として生まれ変わりました。

 文字通り日の目を浴びた桃太郎は、クレオパトラの姿を見てあまりの美しさに失明しかけましたが、なんとか耐えたそうです。

 ふたりは末永く幸せに暮らしましたとさ。

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