KAC2021参加短編集 前半戦

小木 一了

センチメンタルステイホーム

 ミーハーな人間は嫌いだ。


 未知の感染症が流行し、ステイホーム、ステイホーム、と声高に叫ばれた頃、爆発的に売れたゲームがある。

 主人公が無人島へと移住し、島を開拓したり、自宅のインテリアを集めてみたり、住民と交流をしたり、釣りや虫捕りをしたり、ガーデニングをしてみたり……。そういった、のんびりライフを楽しむゲームだ。

 このゲームが売れた特徴の一つに、通信プレイにより、友達の島へ遊びに行くことができる点がある。これが、普段ゲームをしない様々な層にもウケた。以前のように、友人と実際に集まることも気軽にできなくなった今、お互いステイホームしたままで無人島に集い、会話を楽しむのが、人気になったのだ。


 この時の俺の正直な気持ちは、「少し前までゲームをする奴をバカにしてたくせに。手のひらを返しやがって」である。

 自分でも分かっている。俺の心が狭い。大人げない。

 でも、今までゲームとは無縁だったであろうリア充たちが、楽しそうに遊んでいるのを見ると、なんだかモヤモヤする。イライラする。


 だから、俺の数少ない友人の一人(しかも俺の友人には珍しく、リア充)から、『あのゲームやってる?』とメッセージが来たとき、俺は、「ブルータス、お前もか……」と、盛大なため息をついた。


「持ってない」

『マジかよ。あんなにたくさんゲームを持っておきながら』

 やれやれ、というスタンプが添えられていた。

「あんなんリア充専用ゲームだろ」

『偏見がスゴイワー。まあ、お前友達全然いないもんな』

 猫のキャラクターが殺気を放っているスタンプだけを送った。

『俺この間買ったんよ。手に入れるの大変だったんだぜ。お前も買えよ。俺の島に遊びにカモン』

「買わん。行かん」

『まったく、頭の固いおじいちゃんでちゅね~』

「他のやつを誘えば良いだろ。……あっ、もしかして、俺以外には……ごめん、嫌なこと聞いちゃって……」

『ととととと友達おるわ!』


 やいのやいのとメッセージを送りあう。


『まあ、まだあんまり開拓も進んでないし、家具とかも全然集まってないし、大して見せられるもんもないんだけどな。進めてるうちに早く買えよ』

「だから買わんて」

『島に行くにはパスワードが必要なんよ。今度送るな』

「だからいらんて」

『楽しみだな~』

「日本語が読めないのかな???」

 猫のキャラクターが、バーカ、と言っているスタンプを送る。

『バカって言う方がバカなんです~』

「日本語読めんじゃねえか」


 もう寝るからな、と、メッセージを送ってから、布団にもぐりこんだ。


*****


 それから1週間ほど経った頃。その友人からメッセージが入り、どうせまた勧誘だろ、と思ってメッセージを開いた俺は、 丁寧な語尾や、珍しく長文のメッセージにすぐに違和感に覚えて、ん?、と小さな声を漏らした。


 メッセージを読んで、息が止まった。


 メッセージの送り主は、正確には友人のお姉さんだった。弟が、つまりは俺の友人が亡くなったので、そのことを親しい友人に伝えるため、弟のスマホを使って連絡を取っている、とのことだった。

 聞くと、自殺でした、と簡易な説明をしてくれた。

 あいつが? いつも明るかったのに? 悩み事なんて一つもなさそうな、俺よりもずっと交友関係も広くて、リア充なあいつが?

 混乱して、頭の中が疑問符でいっぱいになって、収拾がつかない。


 お姉さんは、告別式は友人の故郷で、家族のみで静かにやるつもりだと、教えてくれた。感染症のこともあるから、申し訳ないが来訪は控えてほしい、とも。

 震える指で、連絡へのお礼と、感染症が落ち着いたら、線香を上げに行かせてください、とだけ返した。

 すると、『そういえば』と、お姉さんから返信が入った。


『あなたにメッセージを送ろうと、このトークルームを開いたら、メッセージ欄にすでにこれが書いてあったんです。弟があなたに送ろうとしていたものだから、一応、送りますね。』

 8桁の、アルファベットと数字の羅列。

『なにかのパスワードかな、と思ったんだけど』


 お姉さんにお礼を送ると、部屋を飛び出し、ゲームショップへ向けて走った。


*****


 友人の島は、ほとんど開拓は進んでいなかった。俺をゲームに誘ってからの1週間、あまりやりこんではいなかったのだろう、と考えた。

 友人の家に辿り着く。中には、初期でもらえる簡素な家具と、島の住人からイベントか何かで貰ったのだろう、系統もバラバラで何一つまとまりのない家具が、並んでいた。何故か冷蔵庫が2つ並んでいた。片方売れば良いのに、と呆れてしまう。


 よくこんな状態で人を招待する気になったよな……と思いながら、家を出た。

 家の裏手に回ったところで、はたと手を止める。

 花が植えてある。花で文字が形作られている。


 「バーカ」と、書いてあった。


 思わず声を出して笑ってしまう。同時にゲーム画面がにじんだ。なんだこれ、と思ってから、自分が思いっきり泣いていることに気がついた。


 服の袖で乱暴に目元をこすって、何とか視界を取り戻してから、花へとゆっくりと近づいた。寸前のところで、落とし穴に落ちた。

 落とし穴はこのゲーム内のいたずらアイテムの一つで、埋められていることに気づかずに踏んでしまうと落とし穴に落ちてしまう。抜け出すには、ボタンを結構な回数連打しないといけない。

 花の種と落とし穴は、ゲーム初期でも入手しやすい、安価なアイテムだ。あいつは、俺の反応を楽しみにしながら、ニヤニヤしながらこれをセッティングしたんだろうな、と考えた。

 笑いながらボタンを連打して、あいつに向かって「ムカつく!」と言った。


*****


 しばらく島の中を散策する。島の住人に話しかけると、時々、あいつの話をしてくれて面白かった。と同時に、もうあいつと会うことはないことを、知らないんだろうなと思って、少しだけ切なくなる。

 どれだけ歩き回っても、あいつが動かすべきキャラクターはいなかった。当然だ。同時プレイ出ない場合は、島の主人のキャラクターはお出かけ中、という設定になっている。


 現実時間に合わせて、島も夕方になり、綺麗な夕焼けになる。

 そろそろ帰るか、と思って、もう一度、友人の家の方へと向かう。

 「バーカ」と並んだ花の、「ー」部分を収穫した。自分の島へと持ち帰り、部屋の花瓶にさすことにする。そうすると、ゲームだから、その花はずっと枯れることがない。

 俺ってこんなにセンチメンタルなやつだったんだ、と、その時に初めて知った。


 友人の家を離れる際に、一度立ち止まり、振り向く。「バ カ」と並んだ花が見える。


 バカはお前だ、と笑ってやろうとして、震える息が漏れただけだった。

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