金曜日の夜は

空都 真

第1話


「ふぁあうぃふぁ~」


 帰宅の挨拶に、応える声はもちろんないのだけれど、今日ばかりはそれも気にならない。なぜなら、今日は――



「よっしゃ、速攻で食べよ!」



 ――あっつあつのハンバーガーとポテト、そしてダッツ様があたしを待ってる!


 ドアの鍵を開けるためにくわえていた茶色の紙袋を鍵入れの棚に置き、慌ただしくパンプスを脱ぎ捨てながら、右手に握っていたキーケースを定位置に放る。


 再び紙袋を引っ掴み、丸テーブルの上に安置した後、ゴミ箱にマスクを突っ込み、その流れで手洗いうがいまで済ませる。これで準備は整った――と弾む足取りでテーブルに戻ったところで、はたと唇に指を当てる。


「あー、どうしよ……ダッツ様を、冷凍庫に収めておくべき!?」


 あたしは断然、アイスはふにゃふにゃ派だ。モナカは中身のバニラアイスが浸み出てくるくらいが好きだし、ダッツ様も周りがとろとろになってからいただく。


 ――ただ、駅前のコンビニで買ってから自宅まで十分弱! これではまだ、やや硬め! ……でも、ハンバーガーを食べ終わるまで待ってたら、絶対どろどろになる!


 逡巡したのは一瞬で、あたしはダッツ様をそっと手に取り、しばしお待ちを、と恭しく告げてから冷凍庫の扉を閉めた。あたしは昔から決断が早い。……即断即決でなければ、同人誌おたからの争奪戦は生き残れなかったからだ。


 ふっふっふ、と満面に笑みを浮かべ、茶色い紙袋から白い包みを取り出す。お、まだぬくぬくじゃん! とにんまりしながら、顔を覗かせたハンバーガーに勢いよくかぶりつく。



「――あっつ! すご、てかまだ意外と熱いし!」



 熱々注意のシールは伊達じゃなかった! と嬉しい悲鳴を上げながら、はふはふとカロリーの塊に食らいつく。チーズと絡み合うほくほくのコロッケと、隠し味のぴりりとしたソースがたまらない。濃厚な味なので、これ一個だけでも「食べたぜ!」って感じがするから、ついつい何度もリピート買いしてしまう。


 それにしても、おいしい食べ物ってどうしてことごとくカロリーが高いんだろう? ……まあ仕事頑張ったしいっか! いいよね! と自分に言い聞かせ、合間に粒たっぷりのコーンスープを飲み干す。少しだけどろっとしたこの喉越しも、たまらなく好きだった。


「玉ねぎ……うまぁ」


 ――玉ねぎを揚げただけのはずなのに! ……いや、スパイスとか衣の力なのかもしれないけど! どうしてこうも、おいしいのか!

 ふかふかの少し太めのポテトを口に運びつつ、数個しかないオニオンフライを名残惜し気に見つめる。オールオニオンでもいいのにな、と思いつつ、でもやっぱりポテトも食べたいんだよねー、としみじみ頷く。


 ぺろりと舐めた指先を、付属のお手拭きでさっと拭った後、さて、と放り出していた鞄から携帯を取り出す。

 床のクッションに腰かけたまま、だらしなくベッドの縁に寄りかかってのんびりとネットの海を漂うこの瞬間に、あー、家に帰って来たなぁ、と実感する。

 ようやく深い息を吐いた心地で、液晶をスクロールさせていると、鷹のように光らせていた眼に、とある画像が飛び込んできた。



「……えっマジ!? 新しい立ち絵出てるじゃん!」



 だらけていた背筋をしゃんと伸ばし、画面を素早く切り替える。暗証番号の四桁の数字を入れるのももどかしく、スクショした画像を友人のトーク画面に投下した。


『ちょ、マナの推し、神絵師さんが描いてくださってる件!!!』


 右上の時刻表示をちらりと見る。時刻は七時半を少し回ったところ。さて見れるだろうか――と思った瞬間、メッセージがぱっと既読になった。……はや。


『!?!?!!??』


 既読とほぼ同時に、大量のスタンプが連続して送られてくる。想像通りの反応と鳴りやまぬ着信音に、思わずにやりと笑みが零れた。……いやーあたし、いい仕事したわ。



『全然知らなかった、ありがとう! ミキ、まじで神! まだ仕事してたんだけど、超元気出た! 速攻で切り上げて帰るわ!』

『しれっとあたしまで神になってる(笑)うん、帰って早く大画面で見て!』



 十年来の親友は、今日も相変わらず元気だ。

 ふふふ、と一つ伸びをして、再びベッドの縁にもたれかかろうとして――ふと、冷凍庫の中の輝く存在を思い出す。



「あ、ダッツ様……忘れてた」



 よいしょ、と弾みをつけて立ち上がり、冷凍庫へと歩き出しながら、みきはくふふと微笑んだ。



 楽しい金曜日の夜は――まだ、始まったばかりだ。




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