おうちの中に潜むもの

嬌乃湾子

第1話

俺は売れない元ミュージシャン。ハタチの男でRAIJIと呼ばせてくれ。バンドのギターをやっている。


ぼちぼち小さいライブハウスで音楽活動をしていて、今のところライブハウスに来てくれる女の子は十数人。客席の前を陣取る本気のファンは二人。しかも二人ともボーカルのSYOUZOUの追っかけだ。俺は自分のファンにチケットやグッズを売ることもできずバイトで生計を立てている。


しかしコロナという見えない悪魔が日本に上陸してからバンド活動は苦境に立たされた。外食や大声のおしゃべりはダメでソーシャルディスタンスと電子決済がメイン。バンド活動は自然消滅し、俺は毎日ドラッグストアのバイトに明け暮れる。マスクやテイクアウト、食料品と消耗品が重宝される時代になった。店に来る客は開店前から駐車場に待機し、開店になると次々と殺到して激安の目当ての物を買い漁っていく。




夜、アパートの部屋に戻った俺は疲れ切っていた。電気を付け誰もいない1DKの部屋に一入、入った。


シャワーを浴びた後コンビニで買ったチューハイを片手に唐揚げ弁当を食いながらタバコを吸う。

俺は家に帰って、飯を食いながら酒とタバコを飲むのが楽しみだ。最近の店は禁煙なのでこの醍醐味は家でしか味わえない。


ほろ酔い気分で部屋に置いてあったギターをかき鳴らしてみる。俺はこれで食べていくという夢は、まだ心の中では捨ててはいなかった。


作曲してユーチューブに動画を上げようか、いろいろ考え作曲活動に入る。しかし、勉強すると眠くなっていく‥‥‥



もうダメだ。ギターを床に置き俺は電気を消して、寝落ちする‥‥




「‥‥ボォン」



暗闇の部屋の中、俺は微かな音と共に僅かに意識が戻った。


「ボンボォン」


この音はギターの一弦の音?その後も「ボォン、ピィンビロォン」と一弦から五弦まで弱く掻き鳴らしていく。




暫く経ってもまだギターの音は続いている。誰だ。俺の部屋でギターを弾いている奴は!灯りをつければすぐ解る。でも怖い、怖くて出来ない‥‥‥





タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ誰かタスケテ!!!!





俺は、恐怖心を必死で抑え、首だけ後ろを振り向いた‥‥





そこにいたのはゴキブリ。ゴキブリが暗闇の中、ギターのネックの弦の上に立って弦をかき鳴らしていたのだった。




俺は目を見開いたまま心の中で叫んだ。お前だったのか!と。何故ゴキブリが沸いたんだ?昨日の弁当の残りを置きっぱなしにして家を出たからか?


でも今、あいつを追い出す勇気が無い。半寝状態の俺に奴を仕留めるメンタルが無い。明日、バイト先の店でホウ酸団子を買ってこよう。そうしよう‥‥



早朝、奴は気が済んだらしくギターの弦から離れた。ギターを弾き鳴らすゴキブリと一夜を共にした俺の朝は憂鬱だった。


バイトに行く俺は部屋から出るその時、床に置いたままの一本のギターを見た。



俺は、アイツがまたギターをいつでも弾けるようにと、そのままにして部屋を出たー




終わり

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おうちの中に潜むもの 嬌乃湾子 @mira_3300

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