0015:発汗

いい人でいよう


そう決めたジョルジュは二人目、ナターリアが脱出に成功するのを聞き、


「よし、六人いて三番目だったら一番角が立たないな」


と呟き、能力を使い、楽々脱出した。


「素晴らしいよジョルジュくん!君の能力じゃ一番先に脱出するかな?と思っていたけれどなかなか出てこないから使いこなせなくて苦労してるのかと思っていたよ!でもそんなことはなかったみたいだね!君は本当にいい人だ!」


と賛辞を送るリンショウの言葉の最後にジョルジュは引っかかりを感じる。なにか今の行動でいい人である点があっただろうか。まさか、教官には全てバレていてわざと3人目に脱出したと気づかれていたのか?まさかそんなことはあるまい、と返事がないのにも関わらずめげずにペーターに絡みに行くジョルジュの後ろ姿を見てリンショウは元々細い目をさらに細めた。



さて、残りはサラ、ノグチ、ウィルマの三人である。


サラは先程のキクチの授業でも酷い目に合い、今度はこれなので非常に苛立っていた。加えて彼女の能力はものを拡大させる能力。拡大させるとはなんとも曖昧である。そもそもものを対象にした能力はその内容自体は曖昧なものが多い。今ツル植物に閉じ込められているというのにそれを拡大させてどうするというのだろう。現に一回能力を行使してみたら目の前の部分がミシミシ言っただけで何も起きなかった。


しかし、不思議なことに苛立ちが募るにつれて能力をもっと使えるような気がしてくる。使えてもしょうがないというのに。手先に力がこもる。それに伴ってまたミシミシという音が聞こえる。気づかないうちに能力を使ってしまっていたようだ。手の緊張を解こうとして手をパタパタと振り、サラは異変に気づく。


先程までは手を回転させるぐらいの隙間しかなかったのに今は軽く手を振れるくらいには空間が空いている。


ここで、サラは考え込んだ。そもそもものが対象というのはどういうことだろうか。ものとはなんとも曖昧な表現である。その割に教官たちはそれを教えようとしない。もしも、ものが指すものが自分の考えている通りの定義であったら……


サラはそう考えて能力をとあるものに及ぼそうと試行錯誤し始めた。


ほぼ同刻、ノグチは思ったよりも苦戦していた。ノグチの当初の計画ではツル植物に含まれる僅かな水分を増やして内部から崩壊させるつもりであった。しかし、想定通りにことは運ばないもので何度水をイメージしても別のものが増えるかただ急速に生気を吸い取られるような感触がして急いで止めるかで一向に狙い通りにできないでいた。時間だけが無駄に過ぎて行き、徐々に苛立ちを覚えるノグチ。苛立ちの原因はもう一つあり、それは逃れようのないほど高まっていく気温であった。ほぼ密閉空間にずっと閉じ込められているせいでそろそろ耐え難いほどの気温になってきたのである。頭皮ににじみ出た汗が拭われることもないまま顎まで伝い、水滴となって落ちるその様子を肌で感じたノグチの脳裏にふととある記憶が蘇った。


今となってははるか昔のことのように感じられることだが、解雇通知が届いたのはそう前のことではない。そう、妻に、いや、妻だった女に、解雇されたことを伝えたあの日、普段ならば入ろうとも思わないチェーンのカフェに入ったのだった。そして暖房で暑すぎる店内に思わず真冬にも関わらずアイスの紅茶を頼んだのだ。あの時コップについた水滴はストローの紙袋を濡らしたが、あの水はどこから来たのだろう。答えはそう、小学生でも知っている。空気中に元々含まれているものだ。ガラスという無機物は空気中に含まれているものを奪うことをしなければ水を纏うことはできない。


しかし、とノグチは思う。我々生物は違う。悲しい時に涙を流し、嬉しくても涙を流す。運動をすれば汗をかくし、サウナで汗をわざと流すこともある。


この簡単な事実、つまり生物は生まれながらにして水という最重要の要素を内包して生まれるということにたどり着いた時、同時にノグチの頭にあったのはあの転落しかなかったあの日。思えばここにいる原因が詰まっているあの日を思うたびにノグチの中に沸き起こってきたドロドロとしたものが一気に指先に集中する気配がする。


誰に習ったわけでもないのに何から何まで無駄のないスムーズな動きでノグチはつる植物のゴワゴワとした表面に触れ、あることを念じる。


唯一つ、植物の中に潜む凄まじい量の水分が増えること、これだけを念じて触れたノグチの指先から一気につる植物は崩壊した。それまで誰が作ったのか完璧なバランスで保たれていた均衡が破られたのだ。


ノグチは四人目の脱出者となった。


さて、そろそろサラは何に能力を及ぼせばいいかわかってきたところである。さらにサラは学校でも非常に優秀な成績を収めており、頭の回転も早かったので、ただに脱出するのみならずこれを機にものを対象とする能力は一体どう活かせばいいのか学んでやろうとしていた。


ここで彼女が発見したことは本来ならな能力の使い手達が何年も自分の能力に向き合って発見するようなものである。そして、このことは必然的にノグチにも有益な情報となりうるのである。

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