44話:紅い月の魔人
砦より内陸側に広がる
この辺りは危険な魔物が多く、森を切り開くのが困難だと騎士団員や冒険者から聞かされた覚えがある。
実際、森に入って十分としない間に三匹のスケルトンと遭遇した。
食えもしない
放っておいて砦まで寄ってきても面倒だし、何より今回は隼人がいるので楽に狩れる。
「おー。スケルトンなんて久々に見るわー」
「この辺りだとよく見かけるらしいな」
「あー。最前線やからなー」
人が死んだ後、焼かずに放置された死体は希にアンデット化する事がある。
肉が残っていればゾンビに、骨しか無ければスケルトンに、といった具合だ。
これに関して理由は定かではない。
死者の怨念が死体を動かしているとか、邪精霊が取り憑いているとか言われているが、正直な所あまり興味がない。
頭を潰せば倒せる。冒険者に取って、それだけ分かっていれば良い話だ。
「隼人、任せた」
「あいあいさー。ほい、よっ」
言うが速いか即座に片手剣を一閃。
一匹のスケルトンの首を斬り飛ばし、そのまま刀身を伸ばした剣で残りの二匹の首を
相変わらず見事な腕前だ。また少し、速くなったように見える。
それ自体は構わないんだが。
「ほい、終わり」
「いや、お前……リリアに手本とか見せる気ないのか?」
「あ。せや、忘れとった。また次回やなー」
「……あの。すみません、今、剣が伸びた気がするのですが」
「ん? ああ、リリアは初めて見たのか。今のが隼人の加護だ」
『
『困難を断ち切る力』を願い、与えられた隼人の加護。
その内容は『形が自在に変わる魔剣』だ。
片手剣での一閃目の後、そのまま刀身を伸ばして残りの二匹を斬ったという訳だ。
本人は地味な加護だと不服そうにしているが、使い勝手が良い所は気に入っているらしい。
俺としては、どちらかと言えば剣の扱いを僅か三日で覚えたという方がチートなのではないかと思っているが。
なんでただの男子高校生がいきなり、人類最強だった元騎士団長と互角に立ち会ってんだよ。
いやまぁ、互角どころか余裕で打ち倒した化け物が二人いるけど。
「何て言うか……皆さん凄いですね」
「こいつらこれで英雄だからな。そういう物だと割りきった方がいいぞ」
「うわぁ。亜礼さんにだけは言われとうないわー」
「いや、俺自身は一般人だからな?」
俺自身はただの一般人にすぎないからな。
実際、加護を発動していても、一発もらっただけで簡単には死にかける程度でしかない。
頼むから素手で石を割ったりする奴らと並べないでくれ。
「まだ言うとるんかいそれ」
「事実だからな……ん?」
不意に、日が陰る。
何気なく上を向くと、墜ちてくる黒い何かと、銀の煌めき。
「うおっ!?」
咄嗟にリリアを掴んで後ろに飛ぶ。
視界の端で隼人が片手剣を構えるのが見えた。
銀の煌めきが横薙ぎに伸び、ガリガリと木々や地面を抉る。
おい、これ、まさか。
辺りに破壊を撒き散らしながら着地する、胸元の開いた扇情的なゴスロリ衣装の女性。
紅い髪。白い肌、血のように赤い口元。
まるで紅い月を具現化したような、麗しい魔人。
にい、と裂けんばかりの笑みを浮かべる。
暗い赤色の瞳と、視線が絡み合った。
「くふ。お久しぶりね、アレイ。元気だった?」
四天王の一人、アイシア。
最悪の魔人がそこに居た。
まずい。元々アイシアを誘き寄せるつもりではあったが、このタイミングで来るとは。
アイシアの攻撃を唯一真正面から受けられる司も、援護が可能な詠歌や楓もいない。
何よりもこちらにはリリアが居る。そこを狙われたらひとたまりも無い。
隼人は自分で何とか出来るだろうが、リリアを守りながらだとさすがに無理がある。
何とか退きたいところだが……コイツがそれを許すとは思えない。
ならば。ここでやるしかないか。
戦うための力があり、守りたいものがある。
引けない理由が、出来てしまった。
右腕のアガートラームに魔力を廻す。予備動作無しにブースター最大噴射。低空を舞い、アイシアに近接。
顔面を狙うも、手元に戻した蛇腹剣で軌道を逸らされた。即座に膝を突き出すも、空いた左手で受け止められる。
拮抗。ブースターの推進力があるにも関わらず、力が同等ってのは笑えない話だ。
「隼人! リリアを連れて行け! 楓に伝えて京介を呼べ!」
「分かった! 死なんといてな!」
「亜礼さん!? そんな、一人だけ置いていくなんて! 私も残ります!」
「あかん! アイシアが相手やと
「え!? それってどういう……」
「よう見とれ!」
片手剣を伸ばし、木々を切り払う。少しの抵抗もなく森が断ち切られる中、その軌道上に居たアイシアの体を刃が
くそったれ。やっぱりそこは変わってないか。
「見たか!
虚ろの魔人。紅い月の化身。
女神曰く、この世界において不確定な存在。
あらゆる干渉を受けず、あちらからのみ干渉できるという、魔王と同等の世界のバグ。
それを打ち倒せるのが、女神の作り出した『
悪い冗談だ。最弱にしかクリア出来ない問題なんて、出題者は余程意地が悪いに違いない。
「くふ。さぁアレイ、踊りましょう?」
アガートラームごと俺を弾き飛ばし、鞭のように伸ばした蛇腹剣の横薙ぎ。上に跳び上がって躱し、更に跳ね上がってきた追撃の剣先を殴り落とした。そのままブーストで加速し腹の真中を狙う。しかし、横に跳ばれ躱された。そのまま突き進み、大木を蹴ってブレーキをかけつつ、舌打ちが漏れる。
アイシアはアガートラームの性質をよく知っている。
爆発推進による突撃。防御を貫通する鉄杭。
大まかに分ければこの二つしか出来ることが無い。
俺を相手にする際、それさえ対処できれば問題ない。
融通の効かなさ。それがアガートラームの最大の欠点だ。
視線を巡らせると、アイシア越しに隼人とリリアが走っていくのが見えた。
一先ず、これでいい。
後は京介が来るまでの時間稼ぎだ。仮に俺がやられても、あいつが居れば問題は無い。
死にさえしなければ大丈夫だよ、という考えは好きではないが……代償無しにコイツに勝てる未来が思い浮かばない。
何せ、何度も殺り合っているのに一度も勝ったことが無い相手だ。
割と本気で勘弁してほしい。
「あらぁ? アレイ、少し速くなってるわね」
「気のせいだろ」
「くふ。私がアレイの事を間違える訳ないでしょう?」
このヤンデレストーカーが。相変わらず笑い方が怖いんだよ。
足が震えそうになるだろうが。
しかし、大分まずい。
先の不意打ちで一撃入るかと思ったんだが、あっさりと対処されてしまった。
以前よりアイシアの動きが良いように見える。
「お前こそ、動きが良いな。悪いもんでも食ったか」
「くふふ。気付いた?魔王の欠片をね」
「……おい。まさかとは思うが」
「ええ。アレイが砕いてくれた魔道具のカケラ。
アレイの愛の証は今は私の中にあるわ」
「おいおい。マジかお前……!」
魔王の欠片を取り込んだと言ったか、コイツ。
歴代魔王の魔力と記憶の結晶を。
自我がある以上、継承した訳ではないようだが、それでも魔力の塊だ。
言ってる事が事実ならアイシアの保有する魔力が大幅に上がっている筈だ。
これはもう、本格的にヤバいかもしれない。
いくら何でも魔王の欠片を取り込むなんて予想外だった。
魔王というシステムではなく、魔王と同等の力を持つ存在の発生。
あの化け物に比べると感じる魔力の圧が低いのは、まだ馴染んでいないからか、全てを吸収は出来ないからか。
後者ならまだしも、前者なら時間をかければその分強化される。
逃げるだけなら隙を突けばいけるかもしれないが、駄目だ。
コイツは今、ここで倒すべきだ。
「毎度毎度、面倒くさいんだよお前は!!」
ブースターに全魔力を込め、爆発的な推進力を得て上昇。再度、今度は下向きにブースト、一瞬で臨界速度へ到達する。
俺の出せる最高速度。それを突破力に変えて。その勢いのまま、アガートラームを突き立てる。
「――おおおぉぉっ!!」
意図せず漏れる雄叫び。
鼓動が煩い。心臓が耳元に来たような錯覚を覚える。
知ったことか。俺に出来ることなんてたかが知れている。
ただ、撃ち貫くのみ。
「くふ。ステキね、アレイ。でも……」
引き戻され、再び振るわれた蛇腹剣。
その先端が俺の左腕を捉え、ゴキリと嫌な音を立てる。
軌道が、逸らされた。
「まぁだ……足りないわねぇ」
すれ違い様、引き戻した切っ先を叩き込まれ、凄まじい衝撃に吹き飛ばされた。
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