41話:水無月楓との会話


 海の上は暇だ。

 いや、考える事はある。旅の行程、夜営の不寝番の順番、料理番や隊列など、様々だ。


 だがまぁ、正直な話。一人で考えるのに飽きた。

 大体の行動指針が固まってきた、という事もあり、ちょっと息抜きに他の連中が何をしてるのか見に行く事にした。


 甲板に出てみたところ、司が釣竿を持って空を眺めていた。

 何と言うか、その姿がとても似合っている。

 海鳥たちに囲まれながらも微動だにしない姿は、どこかシュールだ。

 無表情ながらもどこか楽しそうだったので、とりあえずそのままにしておいた。


 次、隼人。

 部屋の中で何やら本を読んでいた。

 聞いてみるとこの世界、アースフィアの歴史書だそうだ。

 これまた懐かしい。俺も昔、王城にあった物を読み漁った覚えがある。

 王城に保管されている書物を片っ端から読んでは、知識を頭に詰め込んだもんだ。

 ……俺の場合、教養と言うよりは少しでも生存確率を上げるためだったが。

 何にせよ邪魔をするのも悪いので、早々に退散する事にした。


 食堂に行くと、リリアと詠歌を発見。

 どうやら談笑しているようだ。珍しい組み合わせである。

 何を話しているかまでは分からないが、盛り上がっているようだ。

 女の子達の会話に混ざるのも気が引けるので、こちらも早々に退散するか。


 で、ある意味本命と言うか、一番暇を持て余していそうな楓だが。

 自室におらず、船中を探し回った挙げ句、俺の部屋で発見した。

 どうやら、同じように俺を探していたらしい。


 ふむ。とりあえずチェスでも指すとしようか。暇だしな。

 船内に簡易的なチェス盤があったし、借りてこよう。



 カツン……カツン……


「と言う感じでな」

「司君は釣り、似合いそうだ、ね」

「ああ。まるでどこかの仙人みたいだったな」

「仙人…ちょっと分かるか、も」


 カツン……カツン……


「あ、隼人君の本、私も読んだ、よ」

「おお、そうか。案外勉強してるんだな」

「お城の本は、大体読んだ、よ」

「そりゃ凄い。かなり頑張ったな」

「えへへ……うん」


 カツン……カツン……


「そうなん、だ。あの二人って、仲良いのか、な」

「どうなんだろうな。同じ趣味でもあるんじゃないか? 詠歌が司以外に興味を持ってるのは初めて見たが」

「共通の趣味……なんだ、ろ。今度聞いてみようか、な」

「趣味と言えば、最近も小説を書いてるのか?」


 ガツッ!


「え……なんで、知って……」

「いや、京介から聞いたんだが。書いてたんだろ?」

「あぅぁ……えっと、それは……」

「……すまん。聞いたら不味いヤツだったか?」


 顔を赤くして、俯いてしまった。

 なんと言うか、苛めているような気がしてきて居心地が悪い。


「……最近も、書いてる、けど」

「おお、そうなのか」


 どうやら話題的にはセーフだったようだ。

 少し間が空いたが、普通に答えてくれた。

 こういうところが分からないから、俺はモテないんだろうな。


 カツン……カツン……


「そうだ、今度機会があれば読ませてくれ」


 ガツンッ!!


「だめ」


 俯いたまま、しかしハッキリとした拒絶。

 表情は見えないが、この子にしては珍しい反応だ。

 まずい。地雷をふんだか。


「ぜったい、だめ」

「……そうか。わかった」

「京介さんにも、言っておく、から」

「あぁ……ま、程々にな」


 カツン……カツン……


「……これで、チェック」

「あー……参った。強いな、楓」

「ふふ。勝った」

「この間も誠に負け越したが……やっぱ俺、弱いのかね」


 こういった遊びは昔からあまり得意では無い。

 本を読んだりゲームをしたり、そういったインドアな趣味は多かったが、相手が必要なボードゲームは全くと言って良いほどやって来なかったからな。


「私は隼人君と、いっぱい打ったか、ら」

「おお。隼人とやりあえるのか。そりゃ勝てない訳だ」

「今のところ、良い勝負」

「あー……こりゃ、俺と蓮樹で最弱争いだな」


 しかし、まぁ。時の流れは早いものだ。

 あれだけ幼かった楓が、今やチェスで俺を負かすレベルになっているとは。

 顔立ちや所作も、何処と無く大人びて来ている気がするし。

 これで中二病アレさえ無ければ同年代にモテるだろうになあ。


「そう言えば、なんだが。お前ら、付き合ってる奴とかいないのか?」

「……え。な、なんで?」

「いや、年齢的にな。別に深い意味はないんだが」

「……私はいない。隼人君もいないと思う。けど、司君と詠歌ちゃんはよく分からないか、な」

「ああ確かに。あいつらはよく分からないな」


 正義馬鹿詠歌司至上主義だからな。

 少しは進展があったんだろうか。

 今度司……に聞いても意味がなさそうだから、詠歌に聞いてみるか。

 しかし、進展か。まあ、見た感じ、変わりはない気はするが。

 あれは、司が鈍すぎるというか。恋愛に全く興味がないのが理由だろうな。


「亜礼さん、は?」

「俺か? 残念ながら特定の相手はいないな」

「そ、そっか……えっと、リリアさんは?」

「あー。意識した事も無いが。どちらかと言うと妹に近い、か?」

「……そっかぁ」

「まあ、しばらくは独り身だろうな。アイシアの事もあるし」


 アレをどうにかしない限り、恋愛だの結婚だのは考えられないからな。

 まあ、それ以前に子持ちの感覚になってる自分が居るが。

 自称ではあるが子ども達の保護者代わりだからな。

 結婚なんてものは、コイツらが大人になってからで良いだろう。


「ん……頑張る」

「あぁ。怪我しない程度に頑張ろうか」


 小さくガッツポーズを取る楓が微笑ましく、思わず笑みが浮かぶ。

 まあ、出来る事から一つずつ。

 とりあえず、チェスの再戦でも申し込むとしようか。

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