【パイルバンカー】異世界召喚・あふたー〜魔王を倒した元勇者パーティーの一員だった青年が、残酷で優しい世界で二度目の旅をする物語。仲間たちはチートだが俺は大して強くもないし、英雄なんて柄じゃない〜

34話:港町アスーラ

　あれから何度か魔物と遭遇し、その全てを二人で討伐した。

　討伐証明部位を入れる袋も大分嵩（かさ）んできている。

　今の時間は夕暮れ時。普段なら夜営の準備を完了させておくべき時間だが、今日はまだ馬車を走らせていた。

　夕日に照らされオレンジ色に輝く海。

　その手前に展開された異国情緒溢（あふ）れる町。

　王都に一番近い港町、アスーラ。

　久しぶりの町並に、肩の力が少し抜けた気がする。

　ああ、色々あって、疲れたな。

「リリア。見えたぞ、アスーラだ」

「あぁ、着いたんですね」

　小さく、お風呂と呟いたのが聞こえてしまい、それが何とも可笑しく、口の端が上がってしまった。

　まあ、気持ちは分かるが、町の宿に風呂は無い。

　あるとすれば大衆浴場だが、さて、この時間でもやっていただろうか。

　前回来た時は仲間たちと皆で何度も通ったものだが、そこそこ年月が経っているし、イマイチ覚えていない。

　何にせよまずは宿だな、と思い、町の入り口にある検問を抜ける。

　冒険者である事を告げ、ついでに酒の美味い宿屋と風呂の有無を聞いておいた。

　馬を門前の馬宿に預け、荷物を背負い町中に入る。喧騒が凄い。

　王都より人は少ないはずだが、騒がしさはこちらの方が上だ。

　人間より亜人が多く、獣の亜人がその大半を占（し）めている。

　猫、犬、熊に獅子、たまに蛇や鳥なんかもいる。

　亜人がここまで多いのは港町だからだろう。

　慣れたつもりだったが、そのファンタジーな光景に妙にテンションが上がる。

　建造物もカラフルで、そのほとんどが二階建てになっており、それも町が騒がしい理由の一つになっている。

　王都よりも一区画に住んでいる人口が多いのだ。

　中には日本風の建物があったりと、見ているだけでも中々に飽きが来ない。

　住むとなると勘弁してほしいが、旅の途中に寄るにはこのくらい喧しい方がちょうど良いと思う。

　町の魅力に流されてうっかり通り過ぎそうになるリリアを呼び止め、二人で宿へ入る。

　ありがたいことに個室が二部屋空いていたので、それぞれの部屋を借りる事が出来た。

　一旦荷物だけ置いて鍵を掛けると、カウンターの前で落ち合った。

「さて。俺はギルドに行くが、どうする？」

「私は少し宿で休みたいです」

「そうか。近くに公衆浴場があるみたいだから寄ってみるといい」

「……はい」

　じとっとした目で見られた。

　少しデリカシーに欠けたか、と頭をかき、また後でと手を振って別れた。

　冒険者ギルドは宿の近くにあり、すぐに見つける事が出来た。

　この町のギルドも建物自体は大きいものの、やはりボロい。

　小汚い入口を抜けて中に入ると、当たり前だが冒険者達がそこかしこで立ち話をしていた。

　小さな喧騒の中、受付へ向かう。

　カウンターに座る女性に討伐報酬を渡すと、そこそこの金額を貰えた。今日は豪華な飯にありつけそうだ。

　だが、ちらりと見えた掲示板に、若干面倒な張り紙がしてあった。

　内容自体はミスリルの手甲を求めるものだが、依頼者の欄に見慣れた名前。

　リュウゲジ・マコト。

　日本語表記だと立花寺 誠。

　十英雄の一人、『万物を司る指先（パンドラ）』の加護を持つ、俺達の仲間だ。

　これは、あれか。俺が来るのを分かっていて連絡用に貼ってるのか。しかし、それにしては紙が古いように見えるが。

　だがアイツがミスリル製の手甲なんて求める訳がない。欲しければ作るだろうし。

　相変わらず行動パターンの読めない奴だ。

　て言うかこれ、見付けなかったり他の奴がミスリルの手甲を持ってきたらどうなってたんだろうか。

　そこまで計算してる気もするし、何も考えてない気もする。

　アイツの考えだけはよく分からん。

　まあ、直接聞いてみるか。

　宿で湯を貰い身を清めた後。

　リリアはまだ戻っていなかったので、宿のオヤジに出掛けてくる旨を伝えてくれるよう頼んだ。

　再度ギルドに向かって例の依頼を受領した後、誠の家の場所を尋ねてみた。

　案外近くに居を構えているようだ。

　と言うか、来る途中に見かけた和風家屋らしい。

　道理で純和風なはずだ。

　家に向かう途中で土産の林檎酒を買い、ついでにツマミになるものを幾つか揃え、この世界に不似合いなインターホンのチャイムを鳴らす。

「はいはーい……て、あれ、亜礼？　何、ボクに会いに来たの？」

　ガラリと引き戸を開けて出てきた懐かしい顔。

　立花寺誠（りゅうげじ まこと）。

『最強の鎧』を願い、あらゆる道具を作成する加護を得た天才。

　小柄な体型に、耳が隠れるほどの長さの黒髪。

　かなり可愛らしい顔立ちをしている。

　ちなみに、その性別は俺たちでも未だにどちらか分かっていない。

　俺は男として扱っているが。

「おう、久しぶり。ギルドの張り紙を見て来たんだが」

「あーはいはい。一年前から貼ってるヤツか。意味があってよかった」

「そんなに古いやつだったのかアレ」

「亜礼が行方不明になってた頃、歌音に脅されて貼ったヤツだよアレ」

　なるほど。道理で紙が古い訳だ。

「……何と言うか、すまなかったな」

「実害ないからいいけどさ、あのクレイジーサイコブラコン早くどうにかした方がいいと思う」

　クレイジーサイコブラコンか。

　言い得て妙だが、凄いこと言い出すなこいつ。

「お前、相変わらずだな」

「ボクは変わらないよ。昔も今もただの天才さ」

「まあ、そうだな。お前はお前か」

「……受け入れる辺り、ずるいよね。ま、入って入って」

「おう、お邪魔する」

　玄関で靴を脱ぎ、何故か置かれていたスリッパに履き替える。

　緑色の、旅館なんかによく置かれていたヤツだ。

　学生の頃、修学旅行先でこれで卓球とかしたな、と懐かしく思う。

　他にも、天井に白熱灯があるわ洗面台に水道があるわロボット掃除機が徘徊してるわ、この家だけ文化レベルがおかしい。

「なんだこの異世界。自重しろ」

「やだよ。ストレス溜まるじゃん」

「……ほんっと自由だなお前」

「いつでもボクがジャスティスだからね」

　適当な事を言って笑う。

　相変わらずフリーダムなヤツめ。

「あぁそうだ、土産と頼みがあるんだが」

「ん？　お土産はともかく、頼み？」

「アガートラームの魔力光に黒が混じってる」

　簡潔に伝えると、誠の目がすうっと鋭くなった。

「……へぇ。なるほど？　ちょっと見せてよ」

「あぁ。起きろ、アガートラーム」

　蒼の魔力光を撒き散らし顕現する。

　最近はよく使っているが、それでも違和感が拭えない。

「ほうほう。濁った蒼、ってかこれ、魔王の魔力混じってるね」

「ふむ。やっぱりか」

　元の魔力光が空のような青色だったのに対して、今は夜のような深い海のような蒼。

　魔王の魔力光は黒だった。今の蒼は、その色に近い。

「どうだ？　何か問題はありそうか？」

「ふぅむ。亜礼さ、体に違和感はない？　固くなったとか、力が増したとか」

「ああ、身体強化が強くなってるな」

「あーそっか。なるほど。ちょっとまずいかな」

　アガートラームをぺしぺし叩きながら、笑う

「亜礼、キミ、魔王になりかけてる」

「……はぁ？」

　思いがけない言葉に思考がフリーズした。