33話:リベンジ
翌朝、日が昇る頃には雨はすっかり止んでいた。
眠気覚ましに顔を洗い、夜営の片付けを行う。
石を積み上げて作った釜戸は、他の人が使うかもしれないのでそのままにしておく事にした。
濡れた簡易テントは布で軽く拭き上げ、皺にならないよう折り畳んで収納する。
馬に倉を着け、馬車に繋ぎ直していると、他の小物はリリアが片付けてくれていた。
さて。今日も頑張るとするか。
しばらく
警戒を強めて馬車を停めると、確認するまでもなく向こうから出てきてくれた。
ゴブリンが三匹。いつかのように錆びた剣やこん棒で武装している。
目を逸らさずに周りを確認するが、他に仲間はいないようだ。
これくらいなら、と足が出掛けたところで、思い立って足を止めた。
「リリア、いつかのリベンジだ。やれるか?」
「はいっ!!」
既に幌から出て敵と向き合っている。気後れはしていないようだ。
実力的には問題ないと思うが、さて。
トラウマがあるかもしれないし、いつでもフォロー出来るようにはしておくか。
片手剣と円盾を構えたリリアは、一番手前のゴブリンに駆け寄り、片手剣を斜めに降り下ろした。
狙い通り右腕に当たり、怯んだ所を円盾で殴り付け、一匹目を撃破。
その隙を突いて飛びかかろうとした二匹目に刃先を向けて牽制、体勢が整った所で首を突くが、踏み込みが足りずこん棒に弾かれる。
下がり際、腰辺りの高さに火球を設置、追ってきてゴブリンに当たり、驚いて動きが止まった所に改めて突き。
刃先が首に刺さり、そのまま振り払うとゴブリンの首からドス黒い血が吹き出て、そのままぐらりと倒れた。
三匹目、とリリアが目を向けると、怖じ気づいたのか、ゴブリンは背を向けて走り去って行った。
上手い。十分な動きだった。
ゴブリンは単体なら村の成人男性でも倒せるレベルの魔物だが、今回のように連携されると中々厳しい相手だ。
それを危なげも無く、余裕がある動きで冷静に対処出来ていた。
何より、怯えが無かった。
一度殺されかけた相手に対して怯えず立ち向かうのは中々に難しい話なのだが。
やはり意志が強い娘だと改めて思う。
このまま行けば、やはり冒険者として大成するだろう。
自分の成果を眺める彼女を後目に、ゴブリンの牙を切り折る。
遺骸を道の端に寄せた後、リリアにそれを渡してやった。
「ほらよ。討伐証明だ」
「……あ、はい。ありがとうございます…」
感慨深い顔で掌に乗せた二つの牙をじっと眺めて。
リリアは、ほう、と小さなため息をついた。
「アレイさん。私、戦えました」
「ああ、そうだな」
「少しは、成長してるんですね」
「ああ。良い成長だ。誇ってもいいと思うが、油断はするなよ」
「はいっ!!」
花が咲くように笑う。
本当は手放しで褒めてやりたい所なのだが、小さな油断で人は死ぬ。
旅の間はある程度気を引き締める必要があるから、中々難しいものだ。
とは言え、今回は二人旅だ。
彼女が浮かれている分、俺がその分警戒に当たればいい話ではある。
喜びに水を差すのも悪いと思い、御者台に登った。
再度馬を歩かせながら思う。
やはりリリアは自分が足手纏いであると感じていたようだ。
それは、俺にも責任があるのではないだろうか。
二人旅になってからも、護衛をしている気で過ごしてしまっていた。
魔物や獣が出た際は俺が率先して狩ってしまう為、自身の成長を感じる事が無かったのだろう。
リリアは守られるだけの子どもでは無い。冒険者だ。
危険を承知で色々とやらせた方が良いのかもしれない。
ただ、どうしても彼女の父親の顔が浮かんでしまう。
リリアが怪我をしたり、最悪命を落とした場合、彼はどんな顔をするのだろうかと。
自己責任ではあるのだろう。だが、余計な危険は避けたい。
避けたいのだが、ずっと守ってばかりでは本人の成長を
改めて、難しいものだと思う。
人と旅をするのも、人と接するのも。
そんな風に悩んでいたのだが。
「アレイさん」
「おう、どうした?」
「決めました。私、ゲルニカに着いて行きます」
楽しそうに御者台に身を乗り出しながら言う。
先程の戦闘で自信が着いたのか、彼女の中で何かが割り切れたらしい。
俺の迷いなど、なんの意味も無かったようだ。
だがまぁ。それならそれで、俺は後押しをしてやるべきだろう。
経験を積ませ、より生存率を上げる為に知識を蓄えさせる。
それくらいしかしてやれないが、何もしないよりはマシだ。
「……そうか。分かった」
「是非お供させてください」
「あぁ、宜しく頼む」
「はいっ!!」
明るい笑顔。やはりこの娘には、笑顔が似合う。
それに釣られて、俺も笑みを浮かべた。
ふと視線を上に向けると、雨上がりの青空が広がっている。
今朝までの雲は何処へやら、だ。
全くもって、俺如きでは分からないことが多すぎる。
だからこそ、この世界は美しいと感じるのだろうが。
やはり、未だに元の世界に戻りたいは思うものの。
この生活も悪くはないかもしれないと、そう思った。
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