31話:朝の訓練風景


 早朝、宿屋の裏庭にて。

 王都では日課だった朝の訓練を行う。


 降り下ろされる片手剣を斜めに踏み込んで避け、慌てて打ち出してきた円盾の縁を横殴りして体勢を崩す。

 がら空きになった顎に左掌を添え、終了。



「とまあ、こんな具合だ」

「……すみません、何故負けたのか理解が出来ないです」

「もっかい、やるか?」

「お願いします!!」



 言いながらの横薙ぎ、半歩下がってやり過ごした後、接近。

 浮いた円盾を脚で跳ね上げ、踏み込みながら空いた胴に触れる。


「はい、一本」

「うぅぅ……当たらない……」

「そりゃまあ、避けてるからなあ」

「何でそんなに避けられるんですか?」

「そうだな……見てるからかな」

「見るって、何をですか?」

「相手と周囲、後は魔力の流れだ。観察して動きを読む、相手に反応して咄嗟に動く。

 剣ってのは基本的に九通りにしか攻撃出来ないから、まだ読みやすいしな」


 縦、横、ナナメ、それに突き。

 来る方向が分かっていれば回避するのも難しい事ではない。

 それに、リリアの剣はまだまだ単調すぎる。

 魔物相手ならまだしも、今のリリアのレベルでは対人戦では俺に当たらない。


「……それって、人間業では無い気がしますけど」

「これは弱いものが強いものと戦うために作られた技術だ。練習すれば誰でも出来る……多分」


 言ってた奴が一番人間離れしてるから何とも言えない感じだが。

 遠野流古武術。体格や力に恵まれない者が自身の身を守るために身に付ける、護身の技。

 如何に効率よく力を使い、敵の攻撃を受けずに倒すか。

 その事を念頭に置かれた技術は、地力の無い俺と相性が良い。

 特に、不足しがちな攻撃力をアガートラームで補える分、意識を回避する事に割けるのが大きい。


「まぁ、リリアは目がいいからな。一点じゃなくて全体を見るようにしたらすぐ慣れるさ」

「うぅ……頑張ります」

「じゃ、もう一回やるか」


 たん、と地面を蹴り離れる。

 ほぼ毎朝続いている鍛練だが、最近はアガートラームを装着した状態で組手の相手をしている。

 素の俺だと中々ヒヤリとする場面が増えてきた為、仕方なしに身体強化状態で立ち会っている状態だ。

 教えている側があっさり倒されては不味いしな。


 こちらが考えている隙にリリアが小さく踏み込み、片手剣が浅く振られる。

 上半身を反らして避けると、追撃の蹴りか飛んできた。

 後ろに倒れ、地に手を着いて後転、間合いを離す。

 すぐに追ってきて今度は円盾での打撃、手を添えて逸らすと、追うように体を回転させての横薙ぎ。

 屈み込み躱すと、追撃の円盾。勢いに乗る前に拳を合わせて外側に弾く。


 あぁほら。がら空きだ。

 回転、脚払いで両足を刈り取り、後頭部を抑えてやると、そのまま尻餅を着いた。


「今みたいに、速度と柔軟さを活かす動きを心掛けるといい。力任せはリリアに合わない」

「そう、ですか……分かりました」

「そろそろ終わりにするか。観客が来てるし」


 リリアを起こしてやると後ろから拍手。

 先程から気配には気付いていたので、そちらを一睨みしてやる。


「ニヤニヤと。趣味が悪いぞ、ファシリカ」

「あら。続けてくれていいのに。格好いいところ見せてよ」

「終わりだ。今日出発だからな。疲れを残すのも良くない」


 俺が訓練している所も、人に教えている所も珍しいのだろう。

 悪気が無いのは分かっているが、だからこそ余計たちが悪い。

 意識して、大きくため息を吐いた。


「リリア、戻ろうか。朝飯を取ろう」

「はい。ありがとうございました」

「どう致しまして、だ」


 適当に返事を返し、先に宿に向かう。

 どうにも、この堅苦しいやり取りだけは未だに慣れない。



 朝食は、木の実のパンに森猿とハーブの揚げ焼きに、サラダを出してくれた。

 この森では貴重な香辛料を使ってくれていて、非常に美味い。


 焼きたてのパンは甘く、木の実の軽快な歯触りが食欲をそそる。

 揚げ焼きの方は臭みをハーブで消していて、肉の旨みが十分に引き出されている。

 噛むと、カリッとした歯ごたえの後、じゅわぁと肉汁が溢れてきた。

 辛めの味付けと合わせて、王都の店にも負けない味わい深い料理になっている。


 更には、生野菜のサラダだ。

 旅の途中では味わえない新鮮な野菜をふんだんに盛り入れてあり、歯を入れるとシャキシャキと音を立てる。

 ゴマのような風味のソースがかけられていて、仄かな甘みが野菜の旨さを引き立てている。


 いや、本当にありがたい。

 俺たちが森を出ると知って、餞別代わりに作ってくれたのだろう。

 旅の途中ではどうしても粗食になってしまうし、生野菜なんて食べられないからな。

 その心使いは嬉しい限りだ。


「アレイさん、この後すぐに出るんですか?」

「ああ、族長に礼を言ってから出発の予定だ。天気が崩れそうだから早めに移動しておきたい」


 雨の中で進むのはかなり大変だからな。

 地面はぬかるむし視界は悪いし、雨音で敵の接近に気付けない可能性が出てくる。

 あまり無理はしたくないところだ。


「分かりました。荷物は纏めてあるのですぐに行けます」

「おう。とりあえず、飯を食ってからな。せっかくのご馳走だ」

「そうですね。こんなに美味しい料理、久しぶりに食べました」

「ここの宿は昔から美味い飯を出してくれていたが……今日は格別だな。今までで一番美味い」


 もしかしたらリリア美少女がいるから張り切っているのかもしれない。何にしても嬉しいことだ。

 しばらく食えないし、よく味わっておこう。


 この森を出たら港町のアスーラまで、途中に寄れる場所はない。

 強行軍になるから体力をつけておかないとな。


「てな訳で、お代わり貰えるか?」

「あ、私もお願いします」

「……お前ら、よく食うな」


 俺は二杯、リリアは一杯追加で食べ、親父さんに呆れたような苦笑いをされてしまった。

 ここの飯が美味いのだから、仕方ないだろう。

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