【パイルバンカー】異世界召喚・あふたー〜魔王を倒した元勇者パーティーの一員だった青年が、残酷で優しい世界で二度目の旅をする物語。仲間たちはチートだが俺は大して強くもないし、英雄なんて柄じゃない〜

25話:約束

　大きめの鞄に着替えと、旅に必要な細々したものを詰め込む。

　街で買い込んだ保存食がメインで、後は水筒や雑貨類だ。

　テントも欲しいところだが、そちらは嵩張（かさば）ってしまうので諦める。

　自然物を利用した寝床の作り方は覚えているので、まぁ俺一人なら問題ないだろう。

　アガートラームで戦う以上、通常の手甲などの装備はどうせ使わないので、ナイフ以外の装備は置いていく事にした。

　さて。元々荷物も少ない身だ。これでいつでも出発できる。

　他に誰も行けないなら、俺が行くしかない。

　どれだけ怖くても、どれだけ恐ろしくても。

　それでも。前に進むしか能が無いのだから。

　後は、アイツに出発を告げておくべきか。

「……で、なぁんでアタシのところに来たのかにゃっ!?」

「悪いな。他に選択肢が無かったんだよ」

「あーなるほどっ!!　御愁傷様だねっ!!」

　止めろ、地味に辛い。

　俺がゲルニカに行くことは、子ども達には話せない。

　かと言って、京介は話を拡散させる恐れがあるし、歌音は俺を止めるだろう。

　旅立ちを話しておくなら、今はコイツ以外に適任がいない訳だだ。

　普段は適当に遊び回っているように見えるが、これでも騎士団長だ。

　実は仲間内の中でも歌音とタメをはれるくらいに頭も良い。

　それに、普段のハイテンションからは想像も出来ないほどにクールな一面を持つ。

　消去法で無くても、話をしておくにはちょうど良い相手だ。

「話は分かったよっ!!　アレイさんは世界を救いに行くんだねっ!!」

「違うわ。ただの後始末だよ」

「また一人で、世界を救いに行くんでしょっ!?」

「……いや、俺は」

「ねねねっ!!　久しぶりに再開した時にさっ!!　誰もアレイさんを責めなかったのって何でか分かるかなっ!?」

「なんでって、それは……」

「アレイさんが居なくなったのって、アイシアが理由でしょっ!?」

　……うわ。バレてるし。

　本当になんなんだろうな、コイツ。

　剣士の勘とか、そんなものが働いているのだろうか。

　或いは、野生の勘だろうか。

「……まぁ、それも理由の一つではあるな」

「あの人っ!!　アレイさんと戦うためなら王都の人間皆殺しくらいはするかもだからねっ!!

　だからわざわざ人の住んでない田舎の方まで行って、アガートラーム使うの控えて住む場所をずっと変えてたんでしょっ!?

　魔力で居場所がバレるかも知れなかったからっ!!」

　……違う。俺はただ、逃げただけだ。

　英雄と呼ばれる重圧から。

　期待を込めた眼差しから。

　親しい人達が死んでいく悲しみから。

　アイシアがまた現れるかもしれない恐怖から。

　あの麗しき魔人は、人を簡単に殺す。

　老若男女問わず、あらゆる人を、殺す。

　それも、俺と戦うためだと嘯（うそぶ）いて。

　俺はそれに耐えられなかった。ただ、それだけだ。

「ねぇ……貴方は、アタシとは違うからさ。

　平和な日本で極普通の生き方をしてきた、普通の人。

　殺し殺されるなんて有り得ない世界で生きていた人。

　だからこそ、誰よりも前に立つアレイさんを尊敬する。

　心から誇らしいと思ってるんだよ」

　普段とは違う、冷徹な、しかし優しい顔で静かに告げる。

　こいつの本来の姿。

　抜き身の刀のように、鋭く、美しい、そして静かな女性。

　普段は道化を演じ仲間を見守る、誰よりも優しい戦友。

「まあちょっとだけ、不満だけどね」

「不満？」

「あのね。あまり英雄を舐めないで。これでもアタシ、世界最強の一人なんだからね？

　もっと巻き込みなさい。仲間なんだから」

　悲しそうに目を伏せながら微笑む。

　いつもの騒がしさは何処へやら、その姿は何処か儚げで。

　小さな体躯に似つかわしく、すぐに壊れてしまいそうで。

　少しだけ、良心が傷んだ。

　何をしてるんだが、俺は。

　この優しい奴をここまで不安にさせていた事に気が付かないとは。

　我ながら、気の回らない事だ。申し訳なさに、思わず頭を搔いた。

「すまん……いやしかし、まさかお前に説教される日が来るとはなあ」

「……にひひっ!! たまーに真面目なフリしとかないとにゃっ!!」

　次に顔を上げた時には、普段の喧しい蓮樹に戻っていた。

　俺に遠慮させない為だろう。本当に、ありがたい。やはり良い女だ、こいつは。

　思わず、苦笑いが浮かんだ。

「おう、そうか。まぁ、たまには仕事もしろよ」

「それは無理な相談だねっ!!　書類仕事なんてアタシには向いてないしっ!!」

「少しはジオスさんを見習え。あの人その内ストレスで胃がやられるぞ」

「そんな事よりお土産お願いねっ!!」

「ああ、まあ期待はするなよ」

　握った拳を軽く突き出すと、こつん、と小さな拳をぶつけてきた。

　地球から来た俺達だけのサイン。

　十人しかいない仲間内だけで使う、互いを称え合う儀式。

「帰ってきてね。約束だよ」

「ああ。約束は、守るさ」

「知ってる。アレイさんは、約束だけは守るからね」

　だから、帰ってきてね。

　そんな、声にならない声を聞いた気がした。

「じゃあ、行ってらっしゃいっ!!」

「あぁ、行ってくる」

　蓮樹に背を向けて、軽く手上げる。

　さて。そろそろ支度をするか。

　気は進まないが、自分が撒いた種だ。

　仕方がないし、行くとしよう。

　こうして、見送ってもらったことだしな。