24話:蒼い魔力


 魔王国ゲルニカのある魔族の大陸に向かうとなると、船に乗る必要がある。

 王都ユークリアから森人の住む恵みの森を抜け、港町アスーラから船で魔族の大陸に渡る。

 アスーラまで馬車を乗り継いだとしてもかなりの日数がかかる。


 無論、危険も多い。のだが。

 今回は事が事だけに、大袈裟に出来ない。

 下手に動くと国民が不安に駆られ、暴動が起こる可能性すらある。

 よって、勇者蓮樹騎士団長は連れていけない。

 まあ、それがなくても子ども達を連れて行く気は無いが。


 さらに今回は目的地が分からない。

 ゲルニカに着けば向こうから接触してくるとは思うが、確証が無いため、どれだけの期間拘束されるかも不明だ。


 そうなると再開した仲間達全員がアウトになってしまう。

 誰もが国に必要とされている身だ。長期間の拘束を行うべきではないだろう。

 途中で誠や遥を初めとした知り合い連中と合流できても、それまでは俺一人での旅になる訳だ。



 行きたくない。

 魔物は怖いし、長い旅路は面倒だし、魔族の目が怖いし、何よりもアイシアが怖い。

 魔王国なんて、行かなくて良いなら一生近寄りもしなかっただろう。

 今から逃げようかとも考えたが、結局は同じ事だ。


 アイシアを倒して魔王を終わらせる事が出来るのは神造鉄杭アガートラームだけ。

 他の加護チートでも勇者でもそれは成し遂げなれない。

 ならば、幾ら逃げたところで魔王と戦う事からは逃げられない。

 結局、殺し合う事になる。


 あぁ、ちくしょう。俺は平穏だけを望んでいるのに。

 これもあの女神の思惑なんだろうか。



 時間は早朝。まだ城の人達も起きていないような時間に、王城の庭に向かう。

 普段はリリアが隼人と訓練しているのを眺めながら軽く運動するだけなのだが、まだリリアは来ていないようだ。

 隼人だけが気楽な調子で準備運動を行っている。


「丁度いい。隼人、悪いが少し付き合ってくれ」

「お、なんや珍しい。ええでー」

「すまんな……起きろ、アガートラーム」


 魔力を右腕に循環まわし、相棒を装着する。

 自身のスイッチが切り替わる感触。


「うっげ。マジモードやん……」

「見ててくれるだけでいい」

「なんやねん。別にええけど」

「ちょっとな。すぐ終わる」


 背中のバーニアに魔力を集中、空に飛び上がる。

 無理矢理体勢を整え、加速、眼前に迫る柱を手甲で受け流し、壁に激突する寸前で上に方向転換。すぐにバーニアを切る。

 蒼い魔力光を撒き散らしながら上昇、自由落下が始まる前に自ら地面に向けて加速。

 右腕を地面に突き立て、轟音と共に止まる。


 砂埃が舞う中、アガートラームを魔力に戻した。

 やはり、違う。


「……こっわ。え、なんか、動きが良うなってない?」

「あぁ、やっぱそうだよなあ」


 前回も違和感が酷かった。

 そのせいで大怪我を負ってしまい、京介の世話になってしまった訳だが。


 あの時は一年ぶりに使ったからとばかり思っていたが、改めて試してみて理解した。

 出力が以前より上がっている。

 以前の三割増程度だろうか。明らかに加速度が増えている。


 心当たりは、まあ、無いこともない。

 魔力の塊である魔王を撃ち抜いた。

 その時に、アレの魔力を幾らか吸収したのだろう。

 以前は青かった魔力光が、黒が混じったような蒼に変わっていたのがその証拠だ。

 長らく使ってなかったから気が付かなかったが、こうやって試してみると、明らかに差異がある。



 これは、どうなんだろうか。

 単純に強化されたとは言い難いんだが。

 アレを取り込んだとなると、若干使用を躊躇ためらう。


 一度、専門家に見せるべきだろう。

 となるとやはり、ゲルニカに渡る前に誠に会っておく必要があるな。

 今は確かアスーラに住んでいるはずだし、丁度いい。

 

 そんな感じで、ぼんやりと今後の予定を組み立てる。


「……あぁ、すまん。時間を取らせて悪かったな」

「ええんやけど……何かあったん?」

「いいや。少し気になっただけだ」

「ふぅん。ま、ええけどなー」

「……さて。砂埃まみれだし、朝風呂でも入ってくる。また後でな」

「ほなまたー」


 無理矢理話を変え、その場から逃げる。

 隼人は勘がいい。恐らく、俺が旅に出ることに気付いている。

 だが、連れて行けない以上、俺から話す訳にもいくまい。

 まあ実際、全身砂だらけだしな。本当にこのまま風呂に行くとしよう。

 その方が考えも纏まるだろうし。



「…あれ、阿礼さん。おはよう」


 風呂場に行くと、ちょうど風呂上がりの司が髪をタオルで吹いていた。

 風呂上がりだと言うのに、いつも通り眠そうな顔をしている。

 そのせいで目付きが悪く見えるのだが、これがこいつの素の顔だから仕方ない。

 愛想の良い司なんて想像も出来ないしな。


「おう、おはよう。早いな」

「…なんか、詠歌に起こされた。街に遊びに行くらしい」

「そうか。まあ、楽しんでこい」

「…阿礼さんも一緒に行く?」

「いや、詠歌に狙撃されそうだから辞めとくわ」


 デートの邪魔なんぞ、頼まれてもしたくない。

 司がどう思ってるかは知らんが、詠歌は司に惚れてるからな。

 詠歌曰く、恋する乙女の邪魔をする奴は、なにをされても仕方がないらしいし。


「…そっか。じゃあお土産買ってくる」

「おう。詠歌と二人で選んでくれ」

「…分かった」

「久しぶりの王都だろ。楽しんでこい」

「…俺は訓練してた方が楽しいんだけどね」

「……お前、それ絶対詠歌の前で言うなよ」

「…? うん、分かった」


 本当に分かってるんだろうか、こいつ。

 自分に向けられる好意に極端に鈍いと言うか、ぶっちゃけ「正義」以外に興味がない奴だからな。

 まぁ、なんだ。頑張れ、詠歌恋する乙女


「んじゃ俺も風呂入ってくるか」

「…うん。またね」

「おう。じゃあな」


 犬も食わないような人様の恋愛話は置いといて、俺はとりあえず砂埃を落とすとしようか。

 しかし、朝から風呂なんて、なんとなく贅沢な気分だな。

 少しだけ得をした気分だ。

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