22話:次の旅の目的地


 死ぬかと思った。

 と言うか、死んだと思った。

 割と本気で、何で生きてるのか不思議なレベルの衝突事故だったんだが。

 いやまあ、生き残れたのは咄嗟にガードが間に合ったのと、何より近くに京介が居たおかげだろうけど。

 性格は悪いが治療に関しては最高レベルだからな。性格は悪いが。


「……で、詠歌。何か分かったか?」


 クマの核を手のひらで弄ぶ詠歌に尋ねる

 裏表を確認しているようだが、非常に面倒くさそうな顔だ。

 一刻も早く司の元に行きたいのだろう。そこは申し訳ないとは思う。


「ひとまず、お疲れ様でした。おかげで司君の格好いいところが見れました」

「お、おう……アイツ、雑魚相手に無双しすぎだろ」

「さすが司君です」


 こういった物を見せるなら楓でも良かったが、生憎と見当たらなかった。

 そこで司を応援に来ていた詠歌を捕まえ、解析らしきものを頼んでみた次第だ。

 魔力の流れに敏感だから、俺よりは何か分かる可能性がある。


 と言うか、司に応援なんて必要だったんだろうか。

 何せ、ワンパンである。

 まあ、一般人勇者の格差なんてそんなものだ。

 そもそも蓮樹に一矢報いたのだって、あの場にあの条件でしか出来ない裏技のようなものだし。

 通常なら手甲ごと斬られて即死だからな。


「いつだって司君は最強ですからね」

「まぁ、違いないが……それで、どうなんだ?」

「はい。これ、魔族の使う魔方陣が刻まれてますね」

「やっぱり魔族謹製きんせいか」

「それも四天王の……誰さんでしたっけ。マイスターの」


 顎に人差し指を当てて小首を傾げる。さらりと長い黒髪が流れた。


「マイスター……イグニスか」

「それです。イグニスレベルの職人芸です、この魔方陣。とても精密に刻まれていますね」


 あぁ……そう言えばアイツ、生きてたな。

 と言うか、本人と遭遇したこともないが。

 四天王全体で見ても、一人としか戦ってないからなぁ。


 しかし、何かやるとしても、今更すぎる気もするんだが。

 一年前ならともかく、時期がおかしくないか。


「……ふむ。魔族って言うなら、魔王国だが」

「国交断絶してるので情報はあまりないです」

「だよなあ。調べるとなると直接行ってみるしかないか」

「ですね。頑張ってください」

「……いや待て。俺が行くと決まった訳じゃないからな?」

「え、行くんでしょう?」

「あー……どうだろうなあ。行きたくはないが」


 行きたくはないが、他に適任がいない気もする。

 他の奴らは何だかんだで忙しいからな。


 ゲルニカ王国。通称魔王国。

 ユークリア王国から見て北の大陸にある、魔族の国。

 ユークリアに比べ魔法学が発展している国。

 魔王が統治していた国。


 出来れば行きたくない。

 あちらからすると俺達は王を殺した異族であり、恨まれているのは確定だからな。



 魔王討伐の旅。

 それは、絵本のような勧善懲悪かんぜんちょうあくの物語ではない。

 あんなもの、ただの戦争だ。

 聞こえが良いように救国の英雄だの勇者だの呼んでいるが、殺し殺される日常を終わらせる為に、相手の国の王を殺した。

 実際は、ただそれだけの話だ。


 ユークリア王国の人間もかなりの数が死んでいる。

 前騎士団長だって、あの戦争で命を落とした。

 他にも、名前を知る者から知らない誰かまで、大勢の命が散っていった。


 結局は、お互い様なのだろう。

 俺がアイツらを赦せないように、アイツらも俺を憎んでいる。

 至極当たり前の話だ。


 付け加えるなら、魔王国に行きたくない理由として、もう一つ。

 魔王国にはアイツがいる。

 四天王の一人、アイシア。俺に消えないトラウマを植え付けた女。


 ーーくふふ。愛しい人、もっと遊びましょう?


 ……あぁ、くそ。思い出しただけで体が強張こわばる。


「とりあえず、歌音と話して決めるか。流石に単独行動は怖いしな」

「はい。旅の準備はしておきます」

「いや、お前らは学校行けよ。魔法学校に入学して一週間で逃げやがって」

「嫌ですよ、面倒くさい」

「お前な……まあ、気持ちは分かるが」


 異世界に来てまで学校に通えって言われても、俺なら断るしな。

 こいつらにとってもそれは同じことなんだろう。


 それに、何にせよ戦争していた国に子ども達を連れていくのは抵抗がある。

 怨嗟えんさの声を聞かせたくない、と言うのは、エゴだろうか。

 だが、エゴだろうと構わない。

 悲惨な戦争は終わったのだ。子ども達には平和な日々を過ごしてほしい。

 裏方の汚い仕事は大人の役目だろう。


「まぁいい。引き留めて悪かったな。司の祝勝会、行ってこい」

「はい。また後で」

「ああ、またな」


 小走りで去って行く詠歌を見送る。

 あぁしていると普通の女の子なんだがなぁ。


 しかし、どうしたものか。

 今さら魔王国、なあ。

 どうにも胡散臭いと言うか、罠の予感がするんだが。


 武術大会中に魔方陣が起動したのは偶然か、狙ってやったのか。

 どちらにせよ、蓮樹がいる王都を攻撃するには手が弱い。

 実際一人で完封していたし。


 となれば、何も考えてないか、違う何かを考えていたか。

 餌を撒いて、狙っているのは俺だろうか。

 司辺りも本命だが、さて。


 何にしても、非常に面倒くさい事には変わりないか。

 あー……怖いし、行きたくねぇな、ゲルニカ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る