16話:勇者の目指すもの


◆視点変更:遠野司◆


 俺は、警察官の父と武術師範の祖父が自慢だった。

 幼少の頃から、遠野流古武術を習い、その力の使い方を学んだ。

 弱い者の為に、正義の為に力を振るいなさいと育てられた。

 自身も父と同じく警察官になれるよう勉学に励み、己を鍛え、高校に上がる頃には祖父から免許皆伝を貰った。


 弱き者の為に、正義の為に。

 それだけを心に、努力を重ねた。

 いつか警察官となる為に。

 父や祖父のような、正義の味方となる為に。


 そして、その努力は無駄にな異世界に召喚されたった。


 最初は訳が分からなかった。

 俺は小説やゲームなどをあまりやった事が無くて、自称女神の言っていることの半分くらい理解出来なかった。


 周りの説明のお陰で何とか理解した瞬間、ふざけるな、といきどおった。

 あの時は、今まで頑張ってきた事が否定された気になった。

 しかし怒りをあらわにしたところで、何も変わらなかった。


 幸か不幸か、幼馴染みの隼人と詠歌も同時に召喚されていて、心細い思いだけはせずに済んだ。

 ただ、どうしたら良いか分からなくなった。



 同時に召喚された人達と一緒に異世界を旅して回った。

 この世界は、戦争が行われており、死が溢れかえっていて、弱い者が泣き叫ぶ地獄だった。


 俺はもしかしたら、嬉しかったのかもしれない。

 守るべき者がいる。力を振るう理由がある。

 正義の味方として、人を助けることができるから。

 そんな、子ども地味た事を考えていたのかもしれない。


 ただ周りに言われるがままに、人外の力を行使した。

 魔族、魔物、時には森の民や人間にさえ。

 それが正しい事だと信じて疑わなかった。


 そんなある時、森の中で。

 弱い筈の、守るべき対象であるはずの弱い人間に、殺されかけた。

 毒を盛られ、罠を仕掛けられ、入念な準備と殺意を持って。

 彼ら曰く、人外の力を自分達に向けられるのが怖かったらしい。

 そんな事、絶対しないのにと思ったけど。

 今までの自分の行いを振り返って、そう思われても仕方がないのかも知れないと思った。


 女神から加護を受けていた俺に毒は効かず、罠も何もかも、特に問題なく退けた。

 そんな俺を見て、彼らは言った。

「化け物」と。



 俺は、分からなくなってしまった。

 正義とは何なのか。

 弱者とは、誰なのか。

 守るべきものは何処に居るのか。


 俺は仲間に聞いてみることにした。

 九人しかいない仲間たちに、俺の迷いを打ち明けた。

 どうしたらいいのか、その答えを知りたくて。


 ある人は言った。


「正義など、人それぞれですよ。私にとっての正義と司君にとっての正義は違うと思います」


 ある人は言った。


「正義? アタシにはよく分からないかな。ただ敵を斬るだけだよ」


 ある人は言った。


「正義ですか。少なくとも、僕ではありませんね」



 そして、ある人は言った。


「それが分かるまで、俺を見ててくれ。

 それで、間違っていると思ったら、お前が俺を止めてくれ」



 それは、光輝いて見えた。

 父や祖父のように強くはない。

 殴りあえばきっと自分の方が強いだろう。

 それどころか仲間内で一番身体能力が低いように思うし、戦う技術も無い。

 守るべき弱者の一人だと、ずっと思い込んでいた。


 それでも。

 あの人はどんな時でも自分達の前にいた。

 決して退かず、常に前を向いている。

 どんな敵が相手でも意思を貫く心の強さ。

 ただそれだけが、それだけで、これほど眩しいのかと。

 俺はそう思った。



 遠野司最強は、葛城亜礼最弱に憧れた。



 それから俺は、旅のなかで。

 たくさんの物を見た。

 たくさんの者と話した。

 たくさんの夢を聞いた。

 たくさんの願いを、託された。


 変わっていくものと、

 変わらないものを見た。



 やがて、旅が終わり。

 俺はみんなから『勇者』と呼ばれるようになった。

 最も素晴らしい英雄だと。

 誰よりも強い希望の光だと。

 そう言われていた。


 それでも俺は、あの時見た輝きを見失わなかった。

 だからこそ、道を踏み外さずに済んだんだと思う。


 ただ一つの道標だったそれは、ただ一つの目標となった。



 葛城亜礼あの人のように、強く在りたい。



 本当に勇気がある人間は自分ではない。

 魔王を倒したのだって、自分ではないというのに。


 あの人は誇らない、あの人は語らない。

 ただ物陰に隠れて、こちらを見てで幸せそうに小さく笑うだけだ。

 誰かに担ぎあげられるのは柄じゃないと言いながら。

 そして、自分を省みることも無く、よくやったなと、褒めてくれる。

 あの人は、そういう人だった。



 それでも俺達だけは知っている。

 本当の強さとは何なのかを。

 本当の誇り高さとは何なのかを。

 そして、本当の『勇者』が誰なのかを。


 いまでも。そして多分、これからも。

 俺はこの道を歩んでいきたい。

 あの日憧れたもの。

 先の見えない闇の中で、ただ一つの輝く光。


 あの英雄の背中を、ずっと見続けていたい。

 いつか、俺も胸を張って英雄なんだと、言えるようになる為に。

 誰よりも強いあの人に追いつく為に。

 

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