11話:宴会と狂気


 昨晩、仕事上がりの京介を巻き込み、まず冒険者ギルドに向かった。

 ゴブリンロード討伐に関してはゴードン達が先に報告してくれたらしいが、討伐部位の提出が出来なかった為、残念ながら減額処置となった。

 それでも護衛依頼の報酬と合わせて銀貨四十枚。

 二ヶ月食っていけるだけの大金だ。ゴードン達に感謝したい。

 

 などと思っていると、酒場で商隊護衛の連中とばったり遭遇。

 これ幸いと連中全員に酒と飯を奢った。



 いやはや、楽しかった。

 久しぶりの馬鹿騒ぎは、ゴードンと俺の飲み比べでピークを迎えた。

 あの野郎、ドワーフの血が入ってるらしく、知らずに挑んだ俺は返り討ちにあった訳だが。

 何せアイツの飲んだ酒の単位がジョッキではなく樽だ。勝てるわけがない。


 男だけのむさ苦しい宴会は、かなり盛り上がった。


 とまあ、つまり。

 翌朝の地獄絵図は俺たちの自業自得という訳だ。

 男連中が死屍累々ししるいるいと転がっており、未だに店内は酒の匂いが充満している。

 寝起きに見るには適さない光景だな。頭いてえ。


「ああ、起きたかい」


 ジョッキを洗っていたマスターに言われ、頭をかく。

 いい歳してこの体たらくだ。申し訳なさが込み上げる。


「すまん、昨日は騒ぎすぎたみたいだな」

「なに、構わんよ。冒険者なんでそんなもんだ……ほれ」


 水の入ったコップを渡され、一息に飲み干す。

 うまい。頭痛が若干引いた気がする。


「こいつらは起きたら帰らせるよ」

「ああ、世話になる。すまんな」


 マスターに代金を支払い、迷惑料代わりに食器類を洗ったり壊れた椅子を直したりしながら、痺れを切らした歌音が迎えに来るまで酒場で過ごした。


 一応、帰る前にもう一度酒場を見渡したが、やはり京介の姿は無かった。

 俺を置いて先に帰ったようだ。良い判断だと思う。



「お酒を飲むなとは言いません。飲み過ぎるのが問題なんです。お分かりですか?」

「ああ、手間をかけてすまんな」

「全くです。大体、私を誘わないとは何事ですか。信じられません」

「いや、昨日はギルドへの報告がメインだったからな。宴会はまぁ……その場の流れだったしな」

「それにしても、呼びに戻るくらいしても良いと思うのですが?」

「悪かったよ。次は声をかけるって」

「もう……絶対ですよ」


 仕方ない、と上機嫌に笑う妹に、小さくため息をついた。

 今回は突発的な宴会だったからなあ。

 次飲む時は誘ってやるか。

 二日酔いの中で次の宴会を考えるのもどうかとは思うが、まあ構わないかと割り切る。

 昔みたいに仲間内の成人組で飲むのも楽しそうだ。


「まったく……そもそもお兄様は常に私を優先する義務があるのを忘れがちです」

「いや待て、何の話だそれ」

至極当然しごくとうぜんな自然の摂理せつりですが?」


 なんだその摂理。初めて聞いたんだが。


「兄妹は常にお互いを想い求めるものです。私のように」

「お、おう。常に想われてるのか」

「当然です」

「……左様か」


 妹の愛が重すぎてヤバい。いや、知ってはいたが。


 葛城かつらぎ歌音かのん

 最硬度の対物魔障壁を生み出す『堅城アヴァロン』の加護を持ち、

 魔族との戦争で内政が壊滅状態となっていた王都を一人で復興させた才女。

 そして、異世界こちらに来て極度のお兄様偏愛主義ブラザーコンプレックスを発症した、どうにも扱いに困る実妹だ。


 それさえなければ結婚相手だって引く手数多だろうに、残念な妹である。

 兄としては、男の影が無さすぎてそろそろ心配になる所だ。


「なあ。そろそろ気になる奴とか見つからないのか?」

「何ですかいきなり。気になるとは?」

「異性として、好みの奴がいたりしないのか、って話だ」

「ああ、なるほど。それに関しては、何と言いますか…」


 女神かと思うほど美しい笑みを浮かべ。


「恋人も、夫婦も、兄妹も、友人も、親子も。

 どんな関係も、二人揃えば大抵事足りるものですから」


 だいぶ意味のわからないことを言い出した。



「……お前は何を言ってるんだ」

「私の持論です。それに異性として気になると言うのなら、お兄様以外有り得ませんので」

「おい知ってるか、兄妹は結婚出来ないからな? いや、する気もないが」

「お兄様、ご存知かと思いますが。この国の法律は私次第でどうにでもなるんですよ」


 ……おっと。急に出国したくなってきたな。


「うふふふふふ……冗談ですよ? 半分は」

「残り半分は?」

「優しさで出来ています」

「……やましさの間違いじゃないか、それ」

「あら。私の愛に恥じ入る所はありませんよ」


 にこりと、美しく微笑む実妹。

 何となくその眼が濁って見えるのが怖い。


「家族愛だけだよな? なあ?」

「……うふふふ」

「いや答えろよ」

「はい、と言っておきましょうか。逃げられても困りますし」

「………そうかい」


 口で勝つのは不可能だと諦める。

 最悪の場合を考えて、他所の国に逃げる算段だけつけておくか。

 知り合いを頼れば何とか…なればいいな。うん。


 そんな、極々普通の昼下がりを過ごした。


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