9話:訓練


 振り降ろされた片手剣ブロードソードを半身になって避ける。

 すると下がりきる前に刀身が斜めに跳ね上がってきた。

 その腹を手甲で叩いて軌道を反らし、体が流れた隙を突いて裏拳。

 しかし、円盾バックラーに止められる。

 ならばと円盾を弾く為に端へフックを放つが、すぐに角度を変えて止められた。


 ふむ、なかなか。だが。


 無理をしたせいで体勢が崩れている。

 屈み込んでの足払いで綺麗に右足を刈り取った。

 そのまま回転、遠心力を活かした跳ね上げ気味の裏拳で円盾を弾き、右拳を顔面に捩じ込む。


 寸前で、腕を止めた。


 あぶねえ。一瞬本気だった。



「お疲れさん。強くなってきたな」

「むぅ……ありがとうございます」


 悔しげなリリアの手を掴んで引き上げてやる。

 武装してる割にやたらと軽いのは、革の部分鎧だからだろうか。

 華奢な割に一部分の自己主張が激しいので重さの差し引きは無しだと思うのだが。女性とは不思議なものだ。

 いつかのように胸元に目が行きそうになり、何気なく視線を反らす。


「ま、これだけやれりゃ上出来だろ」

「…今度こそはと思ったんですけど」

「まだ負けてやる訳にはいかんからなぁ」


 新米冒険者に立ち会いで負けたりした日には、京介に笑われ歌音に殺される。

 一応年長者としての意地もあるしな。


 しかし、王都に着くまで盾を使った事がないと言っていたが。

 既に先程のフックを止める程度には円盾を使いこなしている。

 適性が有ったのか、反射速度が速いのか。

 盾を持ったことで余裕が出て視野も広くなってきているし、流石は優等生と言ったところか。

 一週間後は俺もあやういかもしれない。


「円盾を上手く使っているな。だが全部を受けきらなくてもいいぞ。

 軌道を変えるように受け流す方が良い場合もある」

「なるほど……次に活かします」

「まぁ、俺はもうやらんが」

「えぇっ!?」

「勝てる勝負しかしたくないんでな」


 それに、手甲をメインに使う冒険者なんてそう居ないし、相手が魔物なら尚更だ。

 どうせ練習するなら、剣相手に慣れておいた方が良いだろう。

 一番良いのは実戦だが、しばらくの間は王都を離れる事は難しいだろうしなぁ。


「剣を教えるとなると……まぁ、隼人だな。蓮樹は特殊すぎるし教えるのが致命的に下手だからな」

「ハヤトって、シンドウハヤト様ですか?」

「おう、剣士シンドウハヤト様だ。どうせ武術大会に出るだろうし、見かけたら頼んどくか」

「……なんか最近、私の中の英雄像というか、価値観が崩れてきてます」

「いや、普通の子なんだがなぁ。まぁ癖はあるが」


 あのエセ関西弁に慣れさえすれば、他の仲間よりは付き合いやすいと思う。

 ……しかしまあ、改めて考えると濃いメンバーだな、勇者一行。


「最近、英雄様方とよくお会いしてますね……アレイさんもですけど」

「それに関しては悪かった。隠してた訳じゃないんだ。忘れてただけで」

「余計悪いです」

「……だな。すまん」


 言い訳になるが、ゴブリンの軍団さえ遭遇しなければ、俺はすぐ王都から去るつもりだった。

 王都に住んでいるリリアともそこで別れるつもりだったのだ。

 基本的にへたれの俺が身の内話なんて出来る筈もない。


「なんて。本当は気にしてません。埋め合わせもしてくれてますし」


 風に髪をなびかせてほがらかに笑うリリア美少女。眼福だ。


「そうか、助かる」

「ふふ……でもよく考えてみると私、十英雄の半分とお知り合いになってるんですね」

「そこに俺を入れるのは止めてくれ。一般人には荷が重い」

「そんなこと無いと思いますよ、『疾風迅雷』さん?」

「ぐはぁっ!?」


 いや、マジで、二十代後半の中年予備軍にその呼び名はきっついわ。

 この歳で黒歴史更新中とか、かなり辛いものがある。

 そもそも、俺は英雄なんかではないのだが。

 二つ名なんてもの、分不相応すぎる。


「勘弁してくれ……本当、柄じゃない」

「ふふ。では代わりに、もう一戦お願いします」

「……へいよ。気が済むまで付き合ってやる」

「よろしくお願いしますっ!」


 やる気十分で何よりだが、後で京介の世話になるかもしれんな、これ。



 結局、三十戦ほど付き合った後、たまたま通りかかった蓮樹暇人とバトンタッチして逃げてきた。

 騎士団長が暇してていいのか疑問は残るが、本人が暇と言っていたから構わないだろう。


 しかしまぁ、先程の立ち会いで何本か良いのをもらいそうになった。

 リリアも武術大会に参加するようだし、いよいよまずい気がする。

 俺は地力が低いからなあ、とため息を吐く。



 改めて考えるまでもなく、やはり俺は英雄なんかではない。

 敵を薙ぎ倒す力も、仲間を完全に癒す力もない。

 身体能力自体も否戦闘系の加護を貰った仲間に負けているし、彼らのように戦闘以外で役に立つ訳でもない。

 小手先の技術とつちかった知識で何とか誤魔化しているだけだ。


 戦いは怖い。死ぬのが怖い。

 根本的な所は日本に居た時のまま。

 優柔不断で勇気のない一般人だ。

 それでも。


「あ。亜礼、さん。こんにち、は」


 仲間達に格好悪い所を見せたくはない。

 ただそれだけで、頑張れる。


「楓か。今から飯か?」

「うん。そうだ、よ」

「そうか。たくさん食べて大きくなれよー」

「がんばる、ね」

「おう。たぶんリリアと蓮樹もすぐ行くと思うぞ」

「そうなん、だ。わかった」


 ばいばい、と手を振る楓を見送り、ため息。

 これだから王都は困る。

 いつ誰と遭遇するか分かったものではないので、迂闊に気が抜けない。

 ううむ……今夜辺り、憂さ晴らしに京介でも誘って飲みにでも行くか。

 どこかで吐き出さなければやってられないのは、日本あっちでも異世界こっちでも変わらない。


 ……武術大会は、無事に乗り切れるだろうか。

 心配事が多いが、それもいつもの事だ。

 まあ、なんとかなるだろう。たぶん。

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