おうち時間
江戸川台ルーペ
メイドとしての務め
私はメイドである。名前はない。
日々ご主人様の為に尽くしている。多忙なご主人様の生活を豊かにする為だけに、私は存在している。
その使命は、身寄りのない私の生きる理由として立派に機能している。今私がネズミの小便くさい裏路地ではなく、日当たりのいい大きな庭と、古き良き時代を思い出させる二階建ての立派なお屋敷に住み込みで働く事ができるのは、私の存在意義を認めてくれるご主人様があってこそなのだ。
ご主人様が出勤された後、私がする事と言えば、朝食の片付けと、掃除、洗濯。一つずつ、丁寧にこなしていく。深い流し台に私の身長は届かないから、踏み台に載って洗い物をする。食器の一つひとつが良く使い込まれ、歴史が感じられる。お湯はでないから冬は冷たく手がかじかむ。
干したシャツやハンカチには一つずつ、しっかりとアイロンを掛けていく。辛うじて電気は通じているから、熱く湯気を立てるアイロンに全体重を掛け、線と線を合わせるようにしっかりと掛ける。アイロンの熱を帯びた上質な布の匂いが私は好きだ。それは私に正しい生活というものを呼び覚まさせてくれる。
ご主人様の丁寧な暮らしを守る上で、買い物も大切な業務のひとつだ。夕食の献立に合わせたワインを買い求める事ができるようになったのも、つい最近の事だ。懇意にしている酒屋のおじさんは、私にとても親切にしてくれる。
ところで、私のように身寄りのない女の子をメイドとして取り立ててくれたご主人様の評判はというと、とても、大変良い。
市内のロースクールからハイスクール、学校と名のつくあらゆる全てを統括する委員会の特別顧問という立場についていて、なぜ特別顧問なのかというと、会社経営の傍に教育という大切な事を片手間にするには申し訳ない、と委員長の座を固辞したからだという噂だ。委員長より特別顧問の方が偉そうな気はするけど、世間の事はよく分からない。私は単なるメイドに過ぎないから。
ご主人様が帰宅すると、私は多忙を極める事になる。
精魂込めて作った食事をご主人様にサーブする時は、未だに足が震える。
勘違いしないでいただきたいのだけど、ご主人様は多少のミスをしたところで怒りに打ち震え、乗馬用の鞭をふるって私を折檻する、というような事は決してない。大勢の人がそのような事があるのではないか、と、私が置かれている事情を説明した時にする人の目が不躾に探ってくる事があるが、ご主人様は温厚そのもので、ミスを叱るという事はけっしてない。
なら、何故私の足が震えるかと言うと、楽しみにしている食後の時間が近付いてくるからだ。
ご主人様は食後、私を膝の上に載せて感謝の言葉を雨あられのように浴びせてくれる。生まれてきてくれてありがとう、私に尽くしてくれてありがとう、今日という一日を快適に過ごせたのはお前のお陰だと。
それからあの時間がやってくる。
ご主人様は猛獣を躾ける太くて長い鞭をどこからか持ち出してきて、私はずっと咬まされ続けている口枷をキツく噛み締める。これから起こる、悦楽の時間に胸が踊る。
ご主人様が言う。
「生きる事に感謝しよう」
嗚呼……ご主人様……
「さぁ、これからが我々のお打ち時間だ」
(了)
おうち時間 江戸川台ルーペ @cosmo0912
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