告白


 ワルツを終えると、キールは少し緊張した面持ちになった。両手を取られ、正面で向き合う。踊っている最中ならまだしも、止まった状態でのイケメンの直視は心臓に悪い。

 どうしよう、手汗が出てきた。キール殿下に気付かれないかな。心臓もバカみたいにドクドクしてくるし、ちょっと気が遠くなりそうなんですけど!


 キール殿下が大きく息を吸ったと思ったら、アンナに向かって叫ぶ。顔を真っ赤にして。


「アンナ。俺は、あんたのことが、そ、その、好きだ。だから、結婚してくれ!」





 殿下の渾身の告白が響いた。アンナの頭の中は一瞬、真っ白になる。



 何言われたんだっけ……そうだ、結婚。い、いきなり結婚?!

 いやでもでも、王子殿下たるもの、遊びで女性と付き合うのは危険だ。うん。それは分かる。でも付き合おうでもなく、結婚? 前世だったら飛びついたであろうプロポーズではないか。

 って、そんな驚きよりも、重大なことを忘れていた! これって神様ボーナスだよね。


 神様がアンナの幸せを願って決めた、イケメンとの玉の輿結婚というボーナス内容。だけれど、アンナは結婚という不確かなものより、一人で生き抜くための力が欲しかった。だから、神様になりたい職業での成功を願ったのだ。神様はあくまで玉の輿を推してきたけど、むりやり玉の輿となりたい職業との二択をアンナはもぎ取った。期限はこの世界の成人になる日だ。そこまでに誘惑に負けることなく玉の輿から逃げ切ったら、なりたい職業での成功が待っているのだ。


 アンナは拳に力をぐっと入れる。ついに時は来たのだ。神様は今までも散々イケメンをアンナの前に登場させてきたが、近寄らないようにして自衛してきた。だけれど、キール殿下は避けようがなく、親しく話す仲になってしまった。これを神様が好機とみなし、攻勢を掛けてきたに違いない。


「受けて立とうじゃないの、神様」


「はっ、神様?」


 アンナの独り言を聞き取ったキールが、不服そうにじーっと見てきた。告白の返事をくれと、瞳が語っている。


「なんでもありませんわ。それより、申し訳ございません。わたくしは、誰とも結婚する気はないのです。夢を、叶えるために」


 キール殿下には申し訳ないと思っている。殿下は神様に踊らされて、こんなプロポーズをしてしまったのだから。そして(断るんだけれど)求婚されたという事実をくれてありがとう。


「夢? いや、別に結婚したってアンナは好きなことやればいいじゃん。俺は邪魔しな…………ゴホン、ちなみになんだけど、アンナの夢って何?」


 キールは途中で我に返ったように、おずおずとアンナの夢を聞いてくる。


「今のわたくしの夢は聖女となり、この国のために我が身を捧げることです。ずっと、今よりもずっと前からの夢だったんです。男の方に頼らず、自分の力で生き、人々の役に立つこと。聖女という役目は、まさにわたくしの理想です」


「聖女……それは……無理じゃ、聖女になったら一緒にいられないし、そもそも危ないし、許可できな……、いや、でも、なんとか道があるはずだ。うん、そうだ。何事もやってみなけりゃ分からない」


 キールは考え込んだ後、ぶつぶつと言い始めた。詳細は聞き取れないが、自分で自分を鼓舞する姿に、哀れみが漂っている気がする。ホント、ごめん。キール殿下ならいくらでも結婚相手いるだろうし、諦めてくれ。


「とにかく、キール殿下。わたくしは結婚いたしません。せっかくプロポーズしてくださったのに、申し訳ございません」


「ま、待て。これは、予行演習だから。本番までに、絶対にアンナに好きになってもらうからな!」


 キール殿下が大慌てで変な理論をひねり出してきた。その頭の回転は流石だ。国の行く末を担う人物として安心できるけれど……


「えっ、それは往生際が悪いのでは」


 思わず王子に向かってツッコミを入れてしまう。


「うっさい! 俺はアンナと結婚するんだって決めてんだよ。覚悟しとけ!」


 キールは甘い字面を捨て台詞のように吐いて、走り去っていったのだった。


 ちゃんと断ったのに、断り切れなかった。し、しぶとい。やはり神様が絡んでいるからだろうか、それとも、キール殿下の執念なのだろうか。どちらにしろ、アンナにとっては困ったことになってしまった。


 神様ボーナス、正式な付与は一年後。

 アンナが18歳になるとき、運命が決まる。


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