贈り物


 交流会が一週間後に近づき、学園内は全体的にそわそわとした空気に包まれている。そして、そんな空気に飲まれている人物がアンナの目の前にも一人。


「なぁ明日、授業が終わったらドレスを仕立てに行かないか?」


 放課後の勉強会、課題を解ききった殿下が誘ってきた。


「だから、何度も申し上げておりますが、改めて仕立てる必要はありません。お借りしたもので十分ですわ」


 そう、キール殿下がアンナのドレスを作りたがるのだ。断る度にむくれる殿下に、きゅん!としてしまう心を必死で押し殺しながら、表向きは平然と勉強を続けるアンナだった。


「でもさ、パートナーのドレスと同じ生地でスカーフ作ったりとか、するんだろ? 借りたものじゃ同じ生地は無理じゃん」


「それは決まり事ではありませんので、気になさらなくて大丈夫かと」


「そういうことが言いたいんじゃなくて」


 キール殿下の言いたいことは分かる。おそらく、殿下がお揃いのスカーフを自分の胸ポケットに飾りたいのだ。だが、言ってくれるな、というのがアンナの正直な気持ちだった。

 ただでさえ、殿下とアンナの仲は婚約一歩手前だという噂が流れているのだ。そんなお揃いアピールなんかしてしまったら、噂が余計に信憑性を増してしまう。


「キール殿下。交流会はあくまで学園の行事であり、将来参加する舞踏会の予行演習という位置づけです。つまり、ただの練習、わたくしも殿下の練習相手に過ぎません。ですから、わたくしに無用な散財は不要ですし、わたくしもそれは求めておりませんわ」


 ちょっと言いすぎかなと思いつつも、アンナははっきりとドレスが不要だと伝えた。浮かれている年下ワンコにはこれくらい厳しめに言わないと伝わらないかと思ったのだ。


 ていうか、そもそも、どういうつもりで自分を誘ったのだろうか。アンナは今さらになって、その疑問に辿り着く。そのへんの女子生徒よりは確かに気安い関係なのだろうけど、かといって、好意を寄せられるような行動はしていないはず。校長に頼まれて、ただ勉強を教えているだけだ。

 キール殿下のイケメンぶりに心の中は暴走しているときがあるけれど、表情には出していない。だから殿下にしてみれば、淡々と勉強を教えてくれる上級生、くらいの立ち位置だと思うのだけれど……とアンナは分析する。


「練習相手には不要な散財はするなと……」


 キール殿下はアンナの言葉を繰り返した。

 うん、そうそう、そうですよ。さぁその不満げな可愛らしいお顔を、納得したイケメン顔になさってくださいなとアンナは念じる。


 しかし、殿下はにやりと何かを含んだような笑みを浮かべた。


 えっ、何その悪そうな微笑み! 新たな一面に、こっちも新たな性癖の扉が……って、もともとM気質あったわとアンナは落ち着く。 




 結局、キール殿下は納得してくれたのかどうか不明だったが、それ以上ドレスに固執することはなかった。だから、安心していたのだけれど、交流会の前日にそれは起こった。


 図書準備室での勉強会を終え、寮までの道のりでのことだった。


「明日は交流会ですので、勉強会はお休みです。明後日までに、渡した課題に目を通してくださいね」


「分かってる。それより、交流会のことなんだけど、ちょっと渡したいものがあるから、ここで待ってて」


 キール殿下はそう言うと、男子寮の方へと走って行ってしまった。そして、なにやら大きな箱を抱えてすぐに戻ってくる。


「大荷物ですわね。どうなさったのですか?」


「これ? アンナに渡したくて。とりあえず、これをアンナに運ばせるのは申し訳ないから、寮の部屋まで運んで良い?」


「女子寮は男子禁制ですわ」


 ぎょっとして、アンナが言うと、涼しい顔でキール殿下が言い返してくる。


「大丈夫。寮館の先生には事前に許可をもらってるから」


 事前に許可って、だからって女性の部屋に入るだなんて……え、いいの? 学園的にそんな簡単に許されるの?

 アンナが戸惑っているうちに、殿下はさっさと女子寮に入っていってしまう。


「お、お待ちください。勝手に部屋に入るのだけは――」


 アンナはふと部屋の中の様子を思いだし、顔面蒼白になりながら慌てて殿下を追うのだった。


 部屋にはクロがいる。アンナ以外の人間にはただの猫にしか見えないとはいえ、鉢合わせるのは嫌だった。何故かって? それはクロがキール殿下を見て、神様に余計なことを告げ口したら困るからだ。

 クロは気付かれていないと思っているようだが、アンナの夢を通して神様と連絡を取っていることを実は知っている。夢の断片に、その様子がうっすら残っているからだ。

 あの適当な神様のことだ。クロがキール殿下のことを報告しようものなら悪ノリして、変な干渉をしてくる可能性はある。てか、絶対にしてきそう。


 殿下は誰かに場所を聞いたのか、アンナの部屋の前ですでに待っていた。さすがにレディーの部屋を断りもなく開けるような無礼はしないらしい。

 アンナはとりあえず先に一人で部屋に入り、クロを探す。しかし、散歩にでも行っているようで不在だった。ほっと胸をなで下ろしながら、殿下を招き入れる。


「へー、作りは男子寮の部屋とさほど変わりはないんだ」


 キール殿下はきょろきょろしていたかと思うと、ちょっと顔を赤らめて動きを止めた。もしや下着でも落ちてた?!と慌てるも、そんなものは落ちていない。いつも部屋の中は片付けているから、散らかっているわけでもないし。不思議に思いつつも、殿下が荷物を持ちっぱなしなのに気が付いた。


「殿下、荷物が重いでしょうから、そうですわね……ベッドの上にひとまず置いてください」


 中身が分からない以上、床に置いて良いのかも分からずそう伝えたのだが、殿下は余計に顔を赤くしてしまった。

 あれ、なんだろ、この反応。ま、まさか……思春期男子らしく、なんか想像しちゃってる?

 キール殿下が射貫くベッドをアンナも見つめる。なんだかアンナも恥ずかしくなってきた。


 ぎこちない動作で、キール殿下が荷物をベッドに置いた。


「え、えーと、箱の中身をお伺いしても?」


 気まずい空気を振り払おうと、箱に意識をもっていく。


「中身は俺が帰ったあとに確認してくれ」


「わ、わかりましたわ」


 目の前で確認しちゃダメって、いったい何が入っているのだろうか? 怪しい。


「じゃあ、明日。図書準備室の前で待ち合わせだからな。遅れるなよ」


 殿下は念押しすると、そそくさと部屋を去って行った。


「変なの。まぁ殿下の考えていることは、いつも分かんないけど」


 アンナは独り言をいいつつ、箱の前に立つ。

 さぁ、何が入っているのだろうか。


 緊張しつつ、箱を留めていたリボンを解く。そして、ゆっくりと箱を開けると、そこには淡いブルーの綺麗な布地が波打っていた。


「これ……まさか、ドレス?」

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