【間章】キールの反省会+α
【キールside】
『わ、わかりましたわ。殿下にエスコートをお願いいたします』
そう言ったアンナの手は、ぎゅっと握られ、震えていた。
相当怖かったんだなと、キールは己の行動を反省する。
男達に囲まれ、目の前で自分を選べと迫られ、挙げ句の果てには乱闘一歩手前だった。おそらく、アンナは男に免疫がないのだろう。トニーに抱きしめられていたときの拒否反応からしても、常々キールに対して動揺している様子(本人は隠しているのだろうが)をみても分かる。
王子という自分に遠慮して、他の男子生徒がアンナに声をかけてないと知り、急がなくても取られることはないのだとキールは安堵していた。でも逆に、そのせいでいつでも良いということになり、いつ誘おうかタイミングを逃し続けていたのだ。
だが、それじゃいけないと、気力を奮い立たせて二年のクラスに行くと……
『そうだ、今年はナターリアをわたくしがエスコートするのはどうかしら?』
と、楽しげに言い放つアンナが居た。
冗談じゃない、と思った。冷静に考えれば、きっと冗談だったのだろう。アンナだって、本気でナターリア先輩をエスコートしようとは思ってはいなかったはず……だと思いたいけど、アンナって常識が通じないところがあったりするから、言い切れないというかなんというか……。
だから、ヤバいと思って、焦って言ってしまったのだ。
本当は、あんなに人の多いところで誘うつもりなんて無かった。いつもの図書準備室で誘うつもりだった。けれど、きっかけが欲しくて、「今日は話がある」ってことを事前に言っておけば、誘えると思ったのだ。
でも、焦りのあまりその場で誘ったら、喧嘩沙汰の一歩手前の状況になってしまった。
すべては、自分のせいだとキールは落ち込む。
「でも、エスコートが出来る」
復活の呪文のように、キールはつぶやく。
そうだ、反省すべきところはして、今後に生かせば良いのだ。アンナのエスコートの権利は勝ち取れたのだから。
気分を上げながら、キールは通いなれた図書準備室への廊下を駆ける。
そして、その後ろ姿を死角から見送る人物が一人…………キールの姿が見えなくなると、彼もその場を去って行った。
***
【???side】
「探したんですよ! どこに居たんですか」
脂汗を滲ませた中年男性が、とある生徒に駆け寄る。
「どこって、あいつに挨拶でもしとこうかと思っただけだよ」
生徒の方は、ハエでも払うように手をふった。
「ま、まさか会われたんですか?」
「いや、姿を見ただけ。なんかすげえ落ち込んでそうだから、からかってやろうかと思ったんだけど、急にニヤニヤして走り出したから、キモくて止めた」
「な、なるほど。とにかく、大事にならずにすんで良かったです」
中年男性は、心底ほっとしたとばかりに椅子に座り込んでしまった。
「お前さ、俺が座ってもないのに座るとか、何考えてんだよ」
そういうが早いか、中年男性の座った椅子の足を思い切り蹴り上げた。バランスを崩した男性は見事にすっ転んでしまう。
「も、申し訳ございませんでした」
酷いことをされたというのに、男性は生徒に向かって床に手をつき頭を下げた。いわゆる土下座だ。
「分かれば良いんだよ。じゃあさっさと案内しろよ。もちろん、あいつより良い部屋なんだろうな」
「当然でございます。そもそもあの方は、通常の部屋を使っておりますので」
「通常の部屋? ちっ、真面目気取りやがって。そういうところとか、マジ嫌いだわ」
生徒が舌打ちをすると、中年男性はびくっと肩をすくませる。
「いちいちビクついてんじゃねえよ、うぜえな」
「はい、申し訳ございません!」
中年男性の謝罪を響かせながら、二人は男子寮に向かって歩き始めた。
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