ロスト マイ
ユラカモマ
ロスト マイ
目を覚ますと私は椅子に座っていて目の前には飲食店のメニューのような冊子が広げてあった。部屋の布団で寝たはず、ときょとんとしていると冊子の向こうに見たことのない女の顔が現れる。いや、その言い方は語弊があるかも知れない。彼女は冊子を広げて持っている。きっと私が気づく前からそこに居たのだ。
「驚かれるかもしれませんがあなたたちは虐待を受けていたのです。今日からはここで保護します」
(え、でも私は別にそんなこと…)
「あなたが気づかなかっただけ、さぁ、授業を始めますよ」
(え)
周りを見るとそこは教室のようだった。同じ位の年の子が複数見える。ただ大きめの机にとびとびに座っているせいで普通の教室より人は少なくて遠い。
「さあ、漢字ドリルをやりましょう。」
(これは、夢?)
私はとっくに漢字ドリルをやるような年齢は越えているはずだ。ふっと気づいて顔を上げるとスーツを着て教壇に立つ先程の女と目があった。ぶわっと全身から冷や汗が出る。気分はまさしく悪いことをして先生に見つかったときのあれだ。顔を下げて目を
(なにこれ怖い怖い怖い、帰りたいけど目覚め方が分からない)
早くしないと先生が見ている。顔を上げたらきっとまたーーー
「先生、うるさい子がいます」
ここに来て初めてあの女以外の声を聞いた。声の方を盗んで見るとニ列向こうの手を上げて話す男の子がいる。先生の視線もそちらに逸れた。
「あぁ、彼女はまだ来たところだから落ち着かないみたいね。許してあげてちょうだい。」
「彼女、夢遊病の気があるみたいですよ。それに無呼吸症でもあるみたい……
一心不乱に意味不明なことを訴えていた彼がふと夢から覚めたように私の方を見た。彼は小学生のころ同級生だった。
「
「あ?」
高梨君はいよいよ目をまん丸にして間抜けな肥を上げた。けれど彼が口を開いたのはそれが最後だった。なぜなら驚きに開いた唇がただれてドロッと形を失ったから。そこからさらに広がるように顔が体が手足がどんどん茶色と紫の混ざった変な色に変わり手足や指の骨がへし折れて人の形を失っていく。そしてそれまで人形のように静観していた回りの生徒たちにも高梨君から円を描くように感染していく。見知らぬ彼らの言葉は分からない。
「躑薇望醤躅永厩櫺眠厨鰒」
「榴幄望蕾覬墜萬慟獄篤轢」
(私、も…?)
手を見ると茶色と紫の混じった色、"死ぬ"と思った。
(あれ、待って私前にもこんなことが…)
体に迫るヘッドライトと身を凍らせるエンジン音、風が不自然に吹き付けて。
(私死んだの?)
「違う」
(あの時車に
「違う!! 死んだのはあんたじゃない! 名前を書いて!! 早く!!」
どこからか聞こえてくる懐かしい声、
“まつやまこずえ"
さぁっと朝日が差し込むように世界が白くなる。
(そうだ…死んだのは…
あの日、おねえちゃんと二人で遊びに行ったら車が歩道に飛び込んで来た。もうダメだと思ったらおねえちゃんが身を
幾日か経ってまた同じ夢を見ている。教室の椅子に座り漢字ドリルに向き合っている。そしてまた「名前を書いて」と声がする。
(名前を書いたら夢は覚める)
分かっている。今日は全て覚えている。今日の鉛筆は赤鉛筆、白いページに名前を書いた。
"まつやまさちこ"
お母さんの名前。
(私はもう目覚めたくないと思ったんだ)
さぁっと夕日が沈むように世界が暗くなる。そして場面が切り替わる。
私はネズミになっていた。天井裏から下の部家を覗いている。下の部家には大人の大きさの
「どこが欲しい?」
「今日はいい天気」
「隣のコロが転がったってさ」
「いいよいいよ、おいしいよ」
「虹の果てには夢の国」
「とけいすいかきつつきりん」
子どもたちは好き勝手に良いながら好き勝手なことをしている。私は震えながら隠れて見ていた。そして棺が跡形もなくなって今度こそ夜が終わった。
清々しい朝だ。体がどこも痛くなくて夢のように軽い。起き上がって一番に目に入ったのは在りし日の家族の写真だった。
ロスト マイ ユラカモマ @yura8812
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