第32話先輩との通話

『チサ姉って、男視る目が無かった……』

通話相手は、故人を悪く言う。

「……そう、なんだ。クズ、なの……そのひと?」

『チサ姉は違う』

心外そうに怒気がこもった力強い声で返す羽風。

智沙兎ちさとさん、じゃなくて。その……陽菜ちゃんの父——」

『ああ……そうだね、金瀬父親ひとはそういうのに該当するね。チサ姉とはおしどり夫婦ってわけでもなかったから』

吐き捨てるかのような冷淡な声が耳に残る。

「その口ぶりからすると、全容……を知ってるようですね、羽風先輩は」

『まあ、それはね……チサ姉とは険悪ってわけでもなかったしね。陽菜さんが産まれても、金瀬父親ひとは煩わしそうにしたってくらいだよ。アイツがチサ姉をっ——チッ。わ、忘れてくれ、海音』

金瀬の父親のことを口にする際に忌々しげに吐き捨て、取り乱すように声を張り上げ、舌打ちした彼女。

彼女は我に返り、取り乱した息を整え、忘れるように言う。

「憎んでることはわかったよ。いや、わかりましたよ……でもそのひとに従って、陽菜ちゃんを取り戻しに来たのは——」

『弱みを握られてなんてないよ。ただ、チサ姉の——だからね、陽菜さんは。海音はさ——』

と、訊ねて羽風は通話を切った。


はぁー、と深く吐息を吐いて、蛍光灯の照明が点灯してない黒い天井を仰いだ。

寝室の外でも物音ひとつ聞こえない。

カーテンの僅かな隙間から漏れる淡い青白い光が室内に射し込む。

それに当たる床をじっと見つめた。


……」

と、静まり返る寝室に一人ごちる俺だった。


夜風にあたりたいと、ふと思いはしたが、狭いベランダに出ることはなくベッドに身体を沈めて眠りに就く。



その夜、夢をみた。

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