VTuber(ビューチューバー)一家の戦い

因幡寧

第1話

 時は今よりはるか未来、或いは全く別の世界。

 地球は人間の業により汚染され、人々は日々を移動式の自宅で過ごしていた。


「父さん! 見えたよ!」


 そんな中、ある一家が砂漠化したかつての都市の中を進む。


「おお! 噂は本当だった!」


 砂塵を上げながら四脚の家が進むその先には、微かに緑が見える。朽ちかけたビルにかこまれて、何かが光を反射しているのも見えた。


 ーーオアシスだ。


「遠くからでもわかる。あれはよい景色が見れるぞ! 今回の動画は再生数がすごいことになりそうだなぁ! はっはっはぁ!」


 高笑いをあげる彼とその家族の職業はVTuberビューチューバー。頻繁に地殻変動の起こる世界を巡り、すばらしい景色を投稿。そしてそれによって広告収入を得るというものだった。


 外出という言葉が死語となったこの世界では、おうち時間を充実させるため世界中の景色を自宅の窓に映し出すことはよく行われていた。生の空気感にはかなわないものの、一般的な家庭にはそれで十分だったのだ。


「……あら、先客がいるみたいよ?」

「なにぃ!?」


 一家の母が指をさす先、壊れかけのビルの隙間から太陽の光が降り注ぎ、水面に反射するそのさらに向こう。そこに、その家はあった。


 黒を基調としたシックな外壁。大きめの窓が大胆に光を取り込み、内側で優雅に座る男を引き立てている。その男のかけているサングラスのせいで、詳しい表情は読み取れない。


「同業者かな」

「……いや、違うな。奴の家には撮影設備が載せられていない」


 双眼鏡を覗き込んだまま父親はそう息子に告げる。


「一般人がこんな所までくる?」

「昨日からゴールデンウイークよ? あり得ない話じゃないんじゃない?」

「……あー、そっか」


 母親の言葉に納得した息子は、階段を駆け上がりながら判断を仰いだ。


「それで、どうするのさ」

「決まってるだろう? ホームバトルを申し込む!」

「だよね!」


 父の答えをすでに予期していた彼はもうすでに二階の操縦席に座っている。目の前のパネルにはオアシスに居座る家の情報がすでに映し出されており、景色の所有権がまだ保留段階であることを告知していた。


 ――ホームバトルとは、景色の所有権を掛けたバトルである。

 景色を所有するには一週間その場にとどまる必要があり、その間に他の家から挑戦されることでホームバトルは発生する。

 ホームバトルはどの家も必ず所有するバリア、通称HPホームポイントを一定まで削ることで勝利となる単純なものだ。なお、HPは本来その他災害から家を守るための物なので、必要以上に相手のHPを削る行為は犯罪行為となり、処罰される。


「おやおや、よもやこんなところにまで来る輩がいようとは」


 対戦が承認されカウントダウンが始まる中、唐突に敵の家主の声が響いた。同時に操縦席の画面に男の姿が映る。


「……もしやお前は、ギルド赤夜景の構成員か」


 息子に続き操縦席へ座った父親がその男の胸元に光るバッチを見て半ば確信をもって問いかけた。男は薄く笑い、頷く。


「貴様ら! 噂には聞いているぞ。集団で美しい景色を独占し、その所有権を富裕層に高値で売りつけることで大きな利益を上げているとなあ!」

「ふっ、それの何が悪いのですか。これはビジネスですよ」

「いいか、美しい景色はみんなのものだ! 私たちは貴様らなんぞには負けない。絶対にだ!」


 対戦開始が迫る。家の中のものが次々と固定されていく音が響き、カウントダウンが残り三秒にまでなったころさっきまでの喧騒が嘘だったかのような静寂が訪れ――ブザーが鳴った。


「行くぞ、今回は特に負けられない戦いだ!」

「うん、わかったよ父さん!」


 開始とともにオアシスを迂回するようにして敵が近づいてくる。敵の脚部はキャタピラだ。砂漠という地形においてこれほど適切なものはない。


 先に仕掛けたのは赤夜景のほうだった。後ずさる一家の脚部は四脚であり、砂漠においては足がとられやすくスピードが出せない。そのことがわかっているのか赤夜景はマシンガンを連射しながら接近戦を挑んできた。格納されていたロボットアームが展開し、その先に装備されたチェーンソーブレードが振り上げられる。VTuber一家も即座に反応し、同じようにロボットアームを展開しようとしたが間に合わない。


 ガリガリとHPが削られる音が家の中まで響き、振動する。


「さっきまでの威勢はどうしたんですか? このままでは負けてしまいますよ!」


 ぶんと振り切られたブレードが砂を巻き上げ、そのすきにVTuber一家は後退する。


「くっ、やはりこの足では厳しいか」

「ほら! だから換装しようって言ったのに! 父さんが渋るから!」

「ええいうるさい! 今はこれでやるしかないのだ! ミサイル!」


 ガシャコンと家の側面が盛り上がり、そこからミサイルが射出される。しかしとっさの後退を余儀なくされ、体勢を崩された状態ではあたるものも当たらない。……すべてをよけられたわけではないものの、多くは地面や朽ちかけたビルに吸い込まれていった。


 だが、そのおかげで広範囲の砂が煙幕のような働きをする。


「突撃するぞ!」


 改めて展開したロボットアームの先に取り付けられているのは腕一体型のハンマー。一撃の破壊力がチェーンソーブレードの比ではないそれで短期決戦を狙っていた。


「見えた! いくよ!」


 煙幕の向こう側にかすかに見えた影。そこに向かって息子が操縦するハンマーが振り下ろされる。だが、その直前父親は妙な違和感に襲われていた。

 ……影の位置、それは先ほどまで敵のいた場所からほとんど変わっていない。普通煙幕が張られれば後退するか前進するか……少なくともその場にとどまるようなことなど……。


「しまった、罠だ!」


 ハンマーが振り下ろされたその場所が風圧によってあらわになる。そこには衝撃によって空気が抜けたであろうバルーンが押しつぶされて存在していた。


「そんな!」

「防御態勢だ! 早く!」


 父親がそう叫ぶが時すでに遅い。ハンマーという重量のあるものを振り下ろした直後、回避行動などとれるはずもない。

 右側からの衝撃。粉塵をかき分けながら現れた赤夜景の家はVTuber一家の家を確実にとらえていた。

 先ほどと似たような展開。半ば吹き飛ばされるような形で後退したVTuber一家のHPはもう残り少ない。レッドゾーン。もうあと一撃で受ければおしまいだった。


「やばいよ父さん。父さん?」


 父親は目をつむっていた。そして少しの逡巡の後カッと目を見開く。


「あれを使うしかない」

「あれ? あれってなにさ」

「俺を信じろ。もう一度突撃するんだ!」

「えぇ!?」

「行け!」


 父親の覚悟を決めたような顔に息子は戸惑いながらも家を最大出力で前進させる。


「はっ! 自棄になりましたか」

「自棄じゃないさ」

「はあ?」


 男の疑問の声も聞かず父親はあるボタンを押し込んだ。瞬間ガコンという重苦しい音が響きその後に家全体が振動する。


「ば、ばかな! 家だぞ! そ、そんな、そんな、飛ぶなんて!」


 驚愕の声。家は飛ばない。そう、ふつうは。


「知り合いに特別に譲ってもらった試作ロケットエンジンだ! 一回限りしか使えないがな! ――行け、息子よ!」

「うおおおお!」


 即座に反応した息子が四脚の足に装備されたブレードでかかと落としを食らわせる。本来乗るはずもない家全体の重量も加わってその威力はハンマーのそれを超えていた。

 接触。その瞬間いやな音とともに四脚の一部が破損し、そのまま倒れこむように着地する。


「敵のHPは!」

「……規定値に到達。やった、勝ったあ!」


 戦闘終了を告げるアナウンスを前に、赤夜景の男は崩れ落ちていた。


「……なんだそれは。認めない、認めないぞ!」

「格好の悪いやつだな。この勝負、私たちの勝ちだ」

「くそっ、くそお」


 男の悔しがる声とともに通信が切断される。後には少しの静寂が残った。


「さて、四脚をナノマシンで補修しないとな」


 そうして父親が戦闘の跡片付けをしようとしたところ、誰かに肩をつかまれた。父親が振り返ると、そこには戦闘中別室に避難していた母親の姿がある。


「あなた? あの最後の装備、いったいいくらしたのかしら?」

「え? あはは、そんなにはしないよ、うん」


 冷や汗をかく父親を横目に息子は一人納得していた。


「……だから脚部の換装を渋ったんだね。……お金がなかったから」


 ――これからも彼らは美しい景色のために戦い続ける。それは、よきおうち時間のために!

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