白日

青空邸

白日

一、

 

 朝は昇る太陽の眩しさで目を覚ます。

 

 私の朝はまず一杯の水を飲んで、それから下の部屋で眠ったままの相棒から、そっと干し肉をひと切れくすねる。塩辛いゴムのようなそれをしゃぶりながら、釣竿を持って甲板に出ていくのだ。

 雲の一切ない一面の青空が広がっている。まだ低い位置にある太陽は浅黒くなった肌を更にジリジリと焦がす。海面を撫でる風は騒めき、潮の匂いを運んでくる。釣り糸を海に垂らし、流れのままに待ち続ける一日が、今日も始まるのである。

 

 この船上生活も早いもので一か月が経とうとしていた。

 飽きもせずに同じことを繰り返す中で、何度か熱に浮かされ諦めて逃げ還ろうと思ってしまったこともあったが、相棒がいたのでやってこれているところがある。彼は最近日光浴をやめて部屋にこもることがほとんどだが、食事を分けあい、協力して過ごしている。備蓄はまだ余裕があるし、私はぼーっとしながら釣りをするのが好きなので、一人で魚を取り続けている。ただ、あまり種類や調理法には明るくないので、毒魚なんかを釣った日には、間違いなくそれが原因で最期を迎えることになってしまうだろう。しかし、それもまた、この放浪のような生活の終わりに相応しく、致し方あるまいと思っていた。

 

 静かな大海原のど真ん中で小っ恥ずかしいラブソングを大声を上げ歌っている中、竿に当たりを感じた。誰も非難する人がいないのを良いことにハードコアを全力で叫んでいた日には、いつの間に餌だけを食われているだなんてこともあったので、今日は運が良い、と思った。なかなかの引き具合で、私は押し黙り、手の感覚を研ぎ澄ませる。静かな格闘が幕を開けるのだった。

 相手に身を任せ竿を行ったり来たりさせること、どれくらいだろうか。時計がなく、歌ってもいなかったのでよくわからないが、徐々にその正体が海面近くに確認できるようになった。

 黒い塊は、頻繁に身を翻し、銀色の閃きを見せる。もうすぐだ、と思い、そこで網を持ってきていなかったことに気付き、激しく後悔した。

「おい!」目線は海面から離すことなく、顔だけを船内へ向け、叫ぶ。「俺の部屋から網を持ってきてくれ!」

 ——しかし、それに対する返事はなかった。

 あの阿呆、未だ眠っていやがるようだ。こうやって無駄に動かずエネルギーを節約しているつもりらしい。

 私は舌打ちをして、仕方がないので一人で釣り上げることにした。決して楽ではない戦いだ。

 

 やっとの思いで釣り上げたのは、よくわからない魚だった。黒々とした背中と対照的に輝く腹。刃のような背びれからノコギリのようなトゲが鋭利な尾まで続く。丸々太った立派な体が、太鼓のような音を立てながら甲板で踊っていた。それを、私は疲れ切った体にムチを打ち、床下の蓋を上げて小さな生け簀に足で蹴落とした。

 独力でやってのけたのだ。未だ夢の中にいる怠け者の阿呆には、この獲物の骨だけをしゃぶらせてやることに決めた。

 満足した私は、汗を拭うこともなく、甲板に大の字に寝転んだ。日はそろそろ、頂点に差しかかろうとしている。

 

 

 二、

 

 太平洋沖で一隻の船が見つかった。行方不明とされ、長らく捜索されていた船だった。船内で生存が確認されたのは男が一名。それと共に発見されたのは、人体の一部。

 救助された男に目立った外傷はなかったが、まともに受け答えができない状態であり、比較的健康体であったが、すぐに病院へ搬送されることになった。

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白日 青空邸 @Sky_blu

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